第40話 封印の地
国中を馬車で回り、二十七の地脈を癒すことに成功した。秋は過ぎ、冷たい風が冬の空気を運んでくる。
馬車の隙間を布で塞いで、寒さが入ってこないようにしても馬車自体が冷えているので床から寒い。
「カズハ様、寒くありませんか?」
「大丈夫よ。ユーエンは寒くない?」
最近は厚い布で作られた上着を重ねなければ寒いのに、ユーエンは女性用の深衣に薄い上着を重ねただけの姿。
少しでもユーエンを温めたくて寄り添う。目の前に座るセイランが目を通していた手紙から顔を上げた。手紙は王宮内の宰相代理からのもので、毎日の報告が馬で届けられている。ネットの無い異世界では、メール一つで連絡なんて便利なことはできない。
魔法で通信できないのかと聞いてみると、膨大な魔力が必要なので毎日だと疲弊してしまうと言われた。
「おや。私の心配はして下さらないのですか?」
わざとらしいセイランの声に、舌を出す。
「お酒臭いのは却下よ。却下」
お昼ご飯を村の食堂で食べた時に、セイランはキツイ匂いのするお酒を飲んでいた。村の名物だと言っていたけど、鼻が曲がりそうなくらいの匂いだった。
セイランが庶民の店でお酒を飲む姿は意外と自然。周囲から浮いてしまうこともなく、酔っ払いが絡んできても、スマートに返答して周囲を笑いへと誘う。
ユーエンは職務中だからと言って、お酒を一切口にしようとはしない。私はどちらかというとお酒に弱いので、積極的に飲もうとは思わない。
「名物は楽しまないと。人生一度きりですからね」
微笑む美形は三十代初めに見えても、実際は先代皇帝と同じ四十五歳と知って内心引いている。ため口を止めて敬語にしたら、そのままでいいと言われてしまった。
「気のせいかもしれないけど、何か嫌な空気の方に行ってない?」
『最後の場所だ』
セイランの替わりに〝華蝶の簪〟が答えてくれた。疲れているのか言葉が少ない。
「あ、二十八箇所で終わるんだ」
やっと終わると軽く手を打つ。
『地脈点ではないのだ。皆に頼みがある』
「やはり、最終目的は別にありましたか」
セイランが優しい笑みを浮かべ、溜息にも似た安堵の息を吐く。
「どういうこと?」
「この先には、私も訪れたことがあります。その際には強力な結界が施されており、中心部を目にすることはできませんでした。今、その結界の気配が全く感じられません」
「結界が無くなっているってこと?」
一気に馬車の中の緊張感が高まる。
「おそらくそうでしょう。私が着いてきたのも、何かあると思ったからです」
魔術師の勘は結構当たる。セイランが軽口を叩くと、ユーエンが眉尻を下げる。
「……昔から、セイランは難しいと思うと口調が軽くなります」
「ってことは難しいこと?」
「ええ」
「おや。無粋ですね、ユーエン」
耳を赤くして口を引き結ぶセイランの表情は初めて見る。ユーエンが恥ずかしがる時の表情とよく似ていて、笑いがこみ上げてきた。
簪が案内した場所は、高い岩山の麓。岩だらけの場所の中央、巨大な黒い岩が二つに割れていた。横十メートル、縦五メートルはあるだろうか。黒い岩は周囲の岩と質が違う。
「これは?」
『昔、我と初代皇帝ウージェン、初代青月妃のミヤコとここに、堕ちた神々を封じた岩だ』
「ミヤコ?」
私の苗字と同じ音。
『お前と同じ異世界人だった』
「家名はサガミネ、名はミヤコ。そのように伝わっています」
セイランが微笑みながら教えてくれた。だから最初に会った時に驚いたらしい。
『初代皇帝が招聘した神の力が弱まり、この封印が解けたのが十二年前のことだ。それ以降、堕ちた神々がこの国に解き放たれた』
繰り返し起きた流行り病、大きな事故、すべては堕ちた神々の仕業だと簪は語る。ユーエンの顔色が悪い。
『……三人で、再度この岩に封印して欲しい』
簪の願いを聞いて沈黙が訪れる。堕ちた神々という言葉を初めて聞いたし、どうやって封印すればいいのかわからない。
「……わかりました。私が囮になって呼び寄せます」
ユーエンの言葉が全く理解できない。
「囮になって呼び寄せるってどういうこと? 堕ちた神々って、何?」
「私には剣神が愛した女の血が流れています。古い血には力があり、この血を求めて堕ちた神々が集まるでしょう。堕ちた神々というのは、人々から忘れ去られて怒りの感情に囚われた神です。この国を滅ぼす為に剣神の力を欲し、私の血を求めている魔物のような物です」
ユーエンの説明を聞いてもよくわからない。祟り神、
「囮なんて危なくない? それに、今までそんな魔物とか見たことない」
「危ないですが、ここで片づけて置いた方が今後の為です。……弱まったとはいえ、皇帝の力で護られた王宮内にいることで、堕ちた神々はユーエンに近づけなかった」
私の質問に対して言葉に詰まったユーエンをセイランが補足する。
後宮内は初代皇帝の力が濃く残っており、いざという時には、そこへユーエンを隠すために侍女になるように命令していた。後宮の間諜としても都合が良かったとセイランが言う。
「ユーエン、
「昔はそうでした。今はカズハ様の侍女です」
翡翠の瞳を細めて微笑むユーエンは、凛々しく美しい侍女の顔をしていた。
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