第39話 体裁の為の嘘
馬車の窓に貼り付きながら景色を見ていると、住んでいた村が近いと気が付いた。
「ねぇ、セイラン、ちょっと挨拶に行ってきてもいい?」
「いいですよ。その間、私は休憩しています」
馬車が止められ、セイランと兵士は村の外で待ち、私とユーエンだけで村へと入る。
「被り布って邪魔じゃない? 外なんだから外していいわよ?」
ユーエンは何故か被り布をつけて顔を隠している。
「化粧をしておりませんので、少々気恥ずかしいのです」
そう言われると仕方ないと思う。
「もー、恥ずかしがり屋さんなんだから!」
化粧をしていないユーエンにも慣れてきた。時々男に見えてどきりとするのは仕方ない。ユーエンの手を引いて、私は村へ向かって歩き出した。
久々に見る村は変わっていなかった。綺麗に掃除されているせいか、家々も明るい。たった三年少しを過ごした場所が、とても懐かしい景色に見える。
「カズハ!? カズハじゃない!」
「お久しぶり! ごめんね、何も挨拶せずに出て」
走り寄ってきた友人と以前のように抱き合う。一つ年上のシャオハは、深緑の髪に緑の瞳の美人。久々にボリュームのある胸に顔を埋めると頭を撫でられて安心する。ラベンダーに似た花の匂いはシャオハ自作の石けんの香り。
「もう、後から聞いてびっくりしちゃったけど、よかったわね。お妃さまになったんでしょ?」
「え、ええ」
妃が五人いるとは言えなくて苦笑する。
「皇帝の命で後宮から出た青月妃が国中に奇跡を起こしているっていう噂になってるの! まさか本当なんて思わなかった!」
背の高いシャオハが私を抱きしめながら頬をすり寄せてくる。私もすり寄せて、温かさを受け取る。シャオハの元気が私にも伝わってくるような気がして嬉しい。
「えー。それは大袈裟よ。私はリョウメイのお手伝いをしているだけだもの」
良かった。皇帝が国を良くしようとしていると国民に思われているなら成功だと思う。
リョウメイは王宮の中で貴族に認められるように頑張って、私は王宮の外で国民に認められるように頑張る。いつか二人で堂々と並んで立てるようになりたい。
「それにしても、装束が地味過ぎない? お妃さまは、もっとひらひらーって優雅な物着てるかと思った」
私が今日着ているのは、生成の筒袖のシャツ、オフホワイトの花模様が織り込まれた袖のない膝丈の短衣、紫色の袴のようなズボン。デザインは村人が村の外に出る時に着る服と変わらない。これはセイランが用意してくれた物。
「そんな贅沢品、めったに着れないわよ」
嘘を吐くことに罪悪感はある。後宮では毎日豪華な装束ばかりだった。宴ごとに新しい衣装が整えられて、一度しか袖を通していないものも多い。
「そうなんだー。最初はね、新しい皇帝が贅沢三昧してるっていう噂だったの。もちろん私は信じて無かったのよ。でもあちこち不満が溜まってて怖かったの」
「皇帝になったからって、いきなり贅沢なんて出来ないわよ」
背筋がヒヤリとした。リョウメイが何を考えているのかわからないけど、事実だけを見れば贅沢三昧なのは確か。
「今日は泊って行けるの? お付きの人も一緒に、うちにこない? 王宮の話してよー」
シャオハがちらりと後ろで控えているユーエンを見る。被り布をした侍女の姿に興味があるらしい。
「ごめん! 今日中に二つ先の町まで行かないといけないの。私が我がまま言って、村の外に馬車で待ってもらってるの」
「そっか。忙しいのね、残念ー」
「ごめんね。また来るから」
ちゃんと約束することができない申し訳なさに心が痛む。本当に、いつになるかはわからない。今度はリョウメイと一緒に訪れたいと思う。
シャオハと手を繋いで村長の家に挨拶に向かうと、小さな三人の子供たちが賑やかに出迎えてくれた。跡取り息子でもあったリョウメイが皇帝になってしまったので、近くの村から流行り病で親を失った子供たちを引き取ったと夫妻は笑う。
私が帝都に行った後、二人は気の毒なくらい落胆していたとシャオハがそっと教えてくれた。
私が渡したお金は手を付けずに持っていると返そうとしてくれたけれど、私は受け取らなかった。このお金はリョウメイと私が稼いだものだから、皆で使って欲しいとお願いする。
リョウメイから何の手紙もないと零した夫妻に、皇帝の仕事が大変なのでと説明しながら、私は嘘を吐き続けることに胸が痛くなってきた。……これは優しい嘘ではなく、単に体裁を取り繕う為の嘘。
居たたまれなくなった私は、お茶も固辞して村から逃げるように離れた。
「どうしました? まだ時間はありますよ」
馬車に戻るとセイランが優雅にお茶を飲んでいた。セイランは携帯用のティーセットを馬車に持ち込んでいる。陶器では馬車の振動で割れてしまうので金属と木で出来た特注品。
「……新しい皇帝が贅沢三昧してるっていう噂と、皇帝の命で妃が奇跡を起こしてるっていう噂を聞いたの」
嘘を吐き続けるのが苦しくて逃げてきたなんて言えない。
「後者は私が広めました。かなり危険な状況でしたので」
セイランがしれっと流す。
「かなり危険? 何?」
「あちこちの村や町で蜂起が発生する直前でした。それを抑える為にカズハ様の提案は、私にとっても好都合でした」
「待って。危ない状況って知ってたのなら、どうしてリョウメイの贅沢を止めないの?」
「皇帝の命で王宮の宝物庫と金庫の鍵を取り上げられました。今、鍵は左大臣が持っています」
どれだけ使われたか正確には把握できていないが、相当持ちだされているとセイランが溜息を吐く。
「魔術師なら、抵抗できないの?」
「皇帝の正式な命令には逆らえません。……今は」
「何? 今は、って」
「そのうちお教えしますよ」
セイランは何か企むような、意地悪な笑顔を浮かべた。
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