第27話 皇帝の証明
残暑の最中、まずは国一番の穀倉地帯を目指して二台の馬車が出発した。襲撃の可能性も考えて護衛の兵士は三十人。軽装備と言っていたけど、騎馬用の鎧に全身を包んでいてとても暑そう。
兵士全員に見覚えがあった。私を村まで迎えに来た人たち、私が襲撃された時の護衛の人たち、そして私を襲撃した賊という混成チーム。賊の人々が私の顔を見た途端に地面にひれ伏して叩頭したので、やめてと悲鳴を上げたら皆に笑われてしまった。
「暑そうよねー。何か兵士の皆さんに悪いことしてる気分よ」
「それが仕事ですから。矢を射かけられる可能性があるなら、最低でもあの装備は必要です」
セイランは白緑色の長い髪をポニーテールにして涼し気な顔で言う。どんな姿でも美形は無駄にカッコイイ。
内部に段差のない馬車にユーエンと私、そしてセイランが乗っている。コルクに似た板が床に敷き詰められ、その上に敷物を置いているからか、振動が軽減されている。
最初は正座をしていたセイランは、次第に胡坐や立膝で座るようになった。私も最初は正座をしていたけど、今は横座りや体育座りと楽な座り方をしている。
「……イーミンの命令って、そんなに影響力あるの?」
「父の左大臣と、青月妃という地位のおかげでしょうね。先日の貴族のように娘を月妃にしたいという理由を持つ者もいるでしょうが」
「五人の妃のうちの一人になりたいなんて、何で思うんだろ」
「貴族の娘だけでなく、皇帝の妃になるというのはこの国の庶民の夢でもありますよ。どこにでもいる普通の娘が皇子に見初められるというお話がありましてね」
セイランが言う話は読んだ。美しく飾り立てた文章がドラマチックなだけで、単に皇子が視察に訪れた村で一人の女性を拉致して青月妃にしたという話。女性は戸惑いながら、皇子の贈る豪華な装飾品や愛に溺れ、最終的には皇帝になった皇子の子を産む。
「後宮の陰湿さとかそういう描写は綺麗さっぱりないのが不思議だった」
「民の夢を形成する為に都合の悪いことは伏せる。それはお約束でしょう?」
「皇帝の印象を良くする為の作り話ってことね」
「実話ですよ。皇子の間は後宮は持てないので、帝都の屋敷に閉じ込めていたという話です。後宮の描写が出てこないのも、それが理由かもしれません」
「えー。マジで拉致監禁じゃない」
この国では、皇子がある年齢以上になると妃を娶ることを許される。ただし皇子妃は王宮や後宮に入ることができないので、帝都の屋敷に囲うか、妃の実家に通う。
「正式に結婚できるのって皇帝になる時でしょ? それまで妻じゃなく不安定なままなの? やっぱ結婚しないって捨てられたりしない?」
「皇子は仮の婚姻式を結びます。殆どの場合は有力貴族の娘ですから、確実に後宮入りできます」
「後宮だったら他の男がいないけど、帝都の貴族の屋敷だったら男もいるでしょ? 不貞とかされたらどうするの?」
「皇帝の血を引く男児には判別方法があります。女児にはないので継承権がないのです」
「どんな方法?」
「それは秘されています。正二品以上の官職に就いた者だけが知らされます」
この国で正二品というのは、宰相以上の官職。太師・右大臣・左大臣、宰相を指している。皇帝に次ぐ最高位の太師は五年前に没していて、今は空位。
「……リョウメイもそれで皇帝の血が流れてるって、証明されたの?」
「そうです。皇帝の血を受け継ぐ正当な後継者です。残念ながら、間違いではないのです」
セイランは私の気持ちを先回りするように言葉を紡ぐ。DNA検査もないのに、自己申告だけで皇帝の血を引く者だと認められるのかと不思議に思っていた。
「リョウメイ様を迎えに行ったのは左大臣の息子です。私や右大臣も皇帝の血を受け継ぐ男子を探していましたが間に合いませんでした」
リョウメイを連れ去った男の中に、一人だけ高そうな服を着ていたのを思い出す。
私が流行り病を阻止したから、リョウメイが皇帝にされてしまったと考えたこともあったけど、皆の命を護ったことは後悔したくない。
リョウメイが間違いなく皇帝なら、私も間違いなく青月妃。代々の皇帝は、一度だけ一人の青月妃を選ぶことができると物語にはあった。イーミンは名前だけの偽者でしかない。
帝都を離れてしばらくすると一気に道路の状態が悪くなった。小さな石を踏む感覚も伝わってきて、がたがたと揺れも酷い。
「岩場より揺れが酷いってどういうことよ」
隣りに座るユーエンが、腰を支えてくれているから転がる心配はない。
「あの宴の際には、事前に道路が整備されていましたからね。これが普通ですよ」
セイランは涼し気な顔で座っている。
外での宴の際に道路の清掃や整備に多数の平民が臨時で雇われたと聞いて、これがリョウメイの目的なのかと気が付いた。職人が作った東屋が使い捨てだったのは理解できないけど。
リョウメイが頑張っている。そう思うだけで、心強くなる。私は私ができることをやるしかない。
馬車の窓から流れていく景色を見ながら、リョウメイと一緒に見た光景を思い出していると、腰を支えるユーエンの腕の力が強くなった。
「ユーエン、どうしたの? 酔った? 辛いなら支えなくても大丈夫よ。この手すりを持ってるし」
ユーエンが、いつもと違って少し憂いのある微笑みを浮かべていることに気が付いた。そっと頬に手を当てる。
「乗り物酔いではありません。大丈夫ですからお気になさらず」
「疲れているなら私に遠慮せず、カズハ様に膝枕でもしてもらえばいいのですよ」
セイランの爽やかな笑顔がどことなく胡散臭い。とはいえ、ユーエンが疲労を感じているのは仕方ないだろう。ここ数日、旅行の準備で本当に忙しかった。私も睡眠時間を削る程だったけど、ユーエンはさらに眠っていない。
「え、いえ……その……狭いですから……」
ユーエンが翡翠の瞳を泳がせて耳を赤くする。確かに大人三人が乗る馬車の中は狭い。ユーエンが遠慮するのは仕方ない。
「じゃあ、休憩時間に膝枕でも何でもするから、休んで」
そうか。主である私が命令でもしなければ、侍女であるユーエンは休むこともできないだろう。
「え……あ……はい…………お願いします……」
消え入りそうな声で返事をしながらはにかむ表情は、これまでで一番可愛らしい顔だった。
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