執務室で読書


 その日、王立図書館の近くで王子様達にお茶にさそわれた。

 声の出ないあわれなむすめを気づかってくれたのはわかるが、私はぐにでも本を読みたかったのだ。

 どうこの場からそうかと考えていたらシジャル様が現れた。

 さりげなく私達に近づき、しかも私が以前参考までにと聞いていた料理長へのプレゼントのことを覚えていてくれたようで、声をかけてくれたのだ。

 私は急いでメモ帳を取り出し『王子様達に図書館にたどり着くのをはばまれています。助けて下さい』と書いてわたした。

 シジャル様はメモを見ると少しおどろいた顔をした。

「手作りですか? では、必要な本をそろえましょう」

 と書いていないことをしやべりながらメモ帳に指をかざすと『では、エスコートいたします』とシジャル様の指の動きに合わせるようににじいろのキラキラした文字が現れた。

 ほうだ! 文字が美しい!

 思わずテンションが上がる。

 シジャル様へのけいかいを少しでもいてくれるよう友達になったと伝えると、兄は複雑そうな顔をした。

 だが、シジャル様はなんだかんだとれいに兄を説得して私を図書館へとエスコートしてくれたのだ。

 あざやかすぎてビックリしてしまう。

「では、お目当ての本を揃えてまいりますので、自分のしつしつにどうぞ。おはようエンジュリー君。アルティナ様にお茶を出してさしあげて。さきほど男性にしつこく誘われていてね。おくで休ませてあげたいんだ」

 シジャル様は貸し出しカウンターにすわる女性司書様にそう声をかけながら執務室に連れていってくれた。

「おはようございますシジャル様。りようかいしました。アルティナ様、災難でしたね! アルティナ様は美しいですから、らちな考えの男が寄ってきてしまうのでしょう。お可哀想かわいそうに」

 エンジェリーさんは私の前に珈琲コーヒーの入った可愛かわいらしいねこの形のマグカップを置いた。

 持ち手が猫のしつの形をしていて可愛い!

 その後、砂糖とミルクをテーブルに置くとエンジェリーさんは私のとなりに座った。

「何か困ったことがあればシジャル様にご相談するといいですよ! シジャル様って見た目弱そうに見えますけどちやちや強いの! ほら、司書って女性が多いでしょ? 私達が危ない目にあわないように感知の魔法をかけてくれたり……あ、シジャル様が魔法使えるのは秘密ですよ!」

「エンジュリー君、仕事はいいのですか?」

「シ、シジャル様! じゃ、私、受付にもどりますね!」

 シジャル様が数冊の本をかかえて戻ってくると、エンジェリーさんはあわててカウンターに戻っていった。

「ハンドクリームの作り方がっている本としい紅茶を紹介している本を持ってきました」

 どちらも読んだことがない本で興味深い。

「三日前に入った本ですが、アルティナ様はだんからジャンルを問わず読まれてますよね?」

「はい」

 シジャル様は私の前を通りすぎると一番奥の机に向かった。

すでに読んだことがあればちがう本もありますのでえんりよなく言って下さいね」

「いえ、この本を読ませていただきます」

 シジャル様はニコッと笑い、に座ると書類仕事を始めた。

 私はマグカップに角砂糖二つとミルクをたっぷりと入れた。

 あまいミルク珈琲を口にすると幸せな気持ちになった。

「このカップ、可愛らしいですね」

 思わずつぶやけばシジャル様はこともなげに言った。

ひとれしまして。可愛いものは可愛い人がお使い下さい」

 この人、モテそうだ。

 女性のあつかいがいのかも知れない。

 姉達だったらキャーキャー言いそうだ。

 そんなことを考えていたのも忘れて二冊の本を読み終えるころには残りの珈琲は冷めてしまっていた。

「あの、この二冊をもう少し読み込みたいのですが、貸し出していただけますか?」

もちろん

 いつの間にか書類仕事を終えて本を読んでいたシジャル様は、本にしおりをはさんだ。

「他の本も見てこようかと思います」

「自分もエンジュリー君とカウンター業務を替わろうと思っていたところです」

 二人で執務室を出るとカウンターの間にあるきゆうけいしつに三人の司書様がいた。

 二人が年配の女性で一人が男性だ。

「司書長、へんきやくぼんを棚に戻し終わりまし……」

 報告を始めた男性がシジャル様の後ろにいた私の顔を見るなり息をんだ。

 見れば女性二人も目を丸くしている。

 シジャル様は気にする様子もなく私の方をり返った。

「そうだ、オススメのれんあい小説が昨日にゆうしたのですが、読まれますか?」

 私がうなずくとシジャル様はニコッと笑った。

「いやいやいやいや、司書長! 俺らを無視しないで下さいよ~! なんで? なんで司書長と宝石ひめいつしよに執務室から出てくるんですか!」

「? ……ああ!」

 シジャル様は手をたたくと私に向かって言った。

「司書の間では、アルティナ様を宝石のように美しい人という意味で宝石姫と呼ばせていただいていたんですよ」

「司書長!! 無視しないで~!」

 ニコッと笑うとシジャル様は男性に向かって言った。

「読書をしていただけですよ」

うそだ! こんな天使のような宝石姫と二人きりでいて、何もないだなんてあり得ない! 声を失った美しすぎる姫を司書長が……あぁれん!」

「君の頭の中が破廉恥だということが解りました。アルティナ様に近寄らないで下さい」

 シジャル様は私をさりげなく女性の方に押し出すと言った。

「誤解がないように言っておきますが、図書館の前でアルティナ様が無理やりお茶に誘われていたので、落ち着けるよう珈琲を飲んで休んでもらっているうちにおたがい本に夢中になって、こんな時間になってしまっただけですよ」

 あらかた合っている。

 だれにお茶に誘われたかを言わないだけでこんなにも印象が変わるのかと感心してしまう。

「まあ、司書長がナイトのごとなんてめずらしい!」

「俺の女に手を出すな! ぐらい言ったんですか?」

 女性達がはしゃぐのを見てシジャル様は苦笑いをかべた。

「言わないですよ。相手はライアス様とファル様でしたから」

「「「…………!!!!」」」

 三人が声にならない悲鳴をあげたのが解った。

「みんな、おもしろい顔になってますよ」

「いやいやいやいや、笑い事じゃないでしょ! クビになっちゃいますよ!」

 男性がなみだでシジャル様にきついた。

「大丈夫ではないでしょうか? 自分の父や兄は辺境でものしんにゆうを防ぐ重要な仕事をしていますし、いくら王族でも彼らのげんそこねることはしないでしょう」

 へんきようはくとは、そういう役目のあるいえがらなのだとはじめて知った。

 辺境伯について調べてみるのも楽しいかも知れない。

 そう考えると、まだまだ世の中には私の知らないことがいっぱいである。

 だから、本を読もう!

 私は、しばらく終わる気配のない四人の話を聞きながらそんなことを考えるのだった。




 料理長へのプレゼントはハンドクリームに決めた。

 自分で作る本も借りてみたのだが、正直言ってあきらめた。

 できそうな気もするが、プロが作ったものの方が性能がいいに決まっている。

 そこで兄にたのみ、薬屋さんに連れていってもらった。

 ハンドクリームって種類がたくさんあってなんだかワクワクする。

 いくつかにおいをかくにんさせてもらったらこうすいのように香りの強いものから、しゆうのものまではばひろい。

 料理長へのプレゼントは無臭いつたくである。

 料理のじやをしてはいけない。

 よくよく考えたらハンドクリームは、シジャル様のお礼にもいいかも知れない。

 紙は手のあぶらを吸うのだ。

 だから本の虫達は指先が荒れやすい。

 よって、ハンドクリームはあって困らないはずだ。

 色々といでみてなんとなくシジャル様のイメージに近い匂いを見つけ出す。

 さわやかなグリーンシトラスの香りで、近づかなければ解らないぐらいの軽い匂いにすることにした。

 匂いの好みは人それぞれだからなんとも言えないが、悪くないと思う。

 それから、自分用にあわすみれの花の匂いがするハンドクリームを買った。

 さりげない香りがすごく気に入ったからだ。




 プレゼントを買った次の日、ラッピングしたハンドクリームを料理長に手渡したら泣かれてしまった。

『いつも美味しいランチをありがとうございます』とメッセージカードもつけたのだけど、涙でにじんでいく。

「家宝にします!!」

『いえ、使って下さい』

 と書くはめになったのは仕方がないことなのだろう。

 兄と一緒にご機嫌で食堂を出ると、第三王子であるファル様が立っていた。

「あは! ユーエン。それに、アルティナじよう

 ファル様はニコニコ笑いながら私達に近寄ってきた。

「ファル様、何かようでしょうか?」

「別に~今日の業務は終わったから本でも読もうかと思って! アルティナ嬢、ご一緒してもよろしいですか?」

 ファル様はあおく美しいひとみをキラキラとかがやかせてそう言った。

 父が飼っているりようけんの子犬のような、うるおいのある大きな瞳。

 そんじょそこらのれいじようではちできないほどの可愛らしさなんだが。

 ああ、いやだな……私、犬が苦手。

 だって、あの子達って構われたくて構われたくて仕方ない生き物じゃない。

 一回ボールを投げてあげたら永遠に投げてくれるものだと思うし、私は読書がしたいのに構ってと全身でアピールしてくるあの生き物に……困ってしまうのだ。

 こわくもないし、可愛くも思うのだけれど苦手なのだ。

「ダメかな?」

 王子様に言われて『ダメです。来ないで下さい』と言える人間が何人いるんでしょうか? と聞きたい。

 私はそんなことを考えながらがおを張り付けた。

 図書館につくまでファル様は私に話しかけ続けた。

 本当に子犬のような方だ。

 私は笑顔を張り付けたまま図書館に入った。

 ついてくるファル様。

 でも、読書をするならここでお別れだ。

 本を読みながら話しかける人間なんていない。

 私がそう思っている横でファル様がオススメはないか聞いてきたので、今りの推理小説を渡した。

 完全にぼつとうしてしまえば話しかけてこないと思った私が甘かった。

 私が恋愛小説を読んでいる横でファル様が『これ、誰が犯人だと思う?』とか『この主人公、性格悪すぎると思わない?』だとか話しかけてきたのだ。

 構ってちゃん、この人構ってちゃんなのか? 私が最も苦手とする構ってちゃんなのか! 声の出ない令嬢に対してこの質問めは一体なんなんだ!

 ファル様の存在は私の精神をガリガリけずるものだった。

「司書長! お帰りなさい~予算会議どうでした?」

「いや~例年通り……にちょっと上乗せできました。ほら、今、図書館の利用者が増えているので」

「「「ああ!」」」

 カウンターの方で司書様達の楽しそうな声がする。

 見れば朝から姿を見なかったシジャル様がいるのが解って、私はホッとした。

 なんとも言えない安心感が彼にはある。

「ねぇ? アルティナ嬢、聞いてる?」

 横にいたファル様が私の顔をのぞき込んできた。

 ビックリするからやめてほしい。

 私はメモ帳を取り出すと『少し用事がありますので、席を立つことをお許し下さい』と書いて渡した。

 ファル様がニコッと笑う。

 私が席を立つと、かファル様もついてきた。

 本当に子犬のようだ。

 私は気にせずシジャル様のもとへ向かった。

「ファル様、アルティナ様」

 私が近づいてきたのをシジャル様が直ぐに気がついてくれたので、用意していたハンドクリームを差し出す。

 シジャル様は首をかしげて受け取ると中を確認してヘニャっと笑った。

「自分の分まで、気を遣わずとも」

 私は『いつもお世話になっていますから』と書いてメモを手渡す。

 シジャル様はそのメモを見つめると、私の手をメモごとつかみ上げて顔を近づけてきた。

 驚いた私にシジャル様はニコッと笑って言った。

「なんだかいい匂いがします。ハンドクリームの匂いでしょうか?」

 私は慌ててコクコクと頷く。

「なんの匂いでしょうか? 花? ……エンジュリー君解りますか?」

「シジャル様、やみに女性にさわるのはどうかと思いますよ」

「? ……ああ、すみません」

 女性司書のエンジュリーさんは私の方を向くと言った。

「お手をお借りしてもよろしいですか?」

 私が手を差し出すとエンジュリーさんはニコニコした。

「んーなんでしょうか? でも、アルティナ様にとてもお似合いの匂いです!」

「マジで! 俺も俺も!」

 エンジュリーさんの隣にいた、前に見たことのある司書の男性が手を上げると二人に止められる。

 そんなやり取りを見てついニコニコしてしまった。

 その時、ファル様が私のスカートをチョンチョンと引っ張った。

 いけない、ファル様の存在を忘れていた。

「用事は終わった?」

 私は作り笑いで頷いた。

「じゃあ、続き読も!」

 ファル様がじやに私の手を摑もうとしたそのしゆんかん、シジャル様のはずんだ声がした。

「ファル様! ファル様が本に興味を持って下さるなんて、自分感動いたしました」

「へ?」

「ファル様の家庭教師様方から『ファル様が興味を持つ本や教材はないか』と散々……いえ、沢山アドバイスを求められていたところなのです。それなので興味を持っていただけてうれしいです!」

 シジャル様はニコニコしながらファル様の手を摑んだ。

「それで、どんな本にご興味を?」

 気が動転した様子のファル様が口ごもるなか私はオススメした推理小説のタイトルを書いてシジャル様に手渡した。

「推理小説ですか! らしいですね! しかもこのシリーズは現在二十五巻まで発売されており、いまだれんさいちゆうの大作です。大丈夫ですよ、自分が明日までに全て揃えて家庭教師様にお送り差し上げますから」

「ちょ、ちょっと待ってシジャル!!」

「ファル様は直ぐに集中力が欠けてしまいますから、ご自身の部屋でゆっくり読むことをおすすめいたします」

「いや、あの」

「それに、アルティナ様は既にその本は読破していますから犯人が誰なのかご存知でいらっしゃいますし」

 ニコニコしながら着実にシジャル様がファル様を追いめているように見えた。

「何より、本にのめり込むタイプのアルティナ様は、本を読んでいる時に話しかけられるのが苦手でいらっしゃるので……好感度が下がらないかと心配で」

「…………あっ! 僕、用事があったんだった! じゃあ、またね!」

 ファル様はそう言い残すと走っていってしまった。

「そんなに慌てなくても」

 シジャル様はハハハっと笑ってファル様を見送る。

 その後、私が読みかけの本を読んでいる間にシジャル様が二十五巻セットを持ってファル様の家庭教師に会いに行ったことを、その時の私は知るよしもなかった。

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婚約回避のため、声を出さないと決めました!! soy/ビーズログ文庫 @bslog

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