社長!チャックが全開です!

秘書 田中の激闘

 ほとんどのズボンの真ん中にはチャック

という名の金属が強固な守備で秘密の花園を

隠している。


 チャックは世のズボンに利便性と秘匿性を兼ね備えさせた画期的な発明だと言っても

過言ではない。


 だがそれでも私はチャックの存在を恨む。

何だったら、この人にチャック付きのズボンを履かせた人も恨む!


「代表取締役、山井やまい 亮太りょうた様からの挨拶でした」


 私が仕えている主人ともいうべき社長が

バツが悪そうに早々と退場してくる。


 かっちりとした黒のスーツに赤色のネクタイが派手で差し色としてはGoodだ。

だが、ズボンの合間に見えるピンクの布はNo Goodだ。


 どうして、こうなった?

秘書としての自分の無力さに嘆くばかりだ。


 気を使って言葉を選んだりせずに強引にでもどうにかしていれば‥


 ■■■


 少し会社規模が大きい我が社では半年に

一度、我が社のイベントホールを使い、社長による朝礼の挨拶が実施される。


 あまり、人前に出る事を得意としない

社長のために朝のスピーチの原稿を用意するのも秘書である私の役目だ。


 だが、急な他社からの注文と今回の朝礼が

重なったため、私と社長は目が回るほど

忙しくなりスピーチの原稿の用意が遅れてしまった。


 それが良くなかった。


 原稿の完成が遅れたせいで社長は練習不足

からくる不安によりパニックとなり、

朝礼の1時間前から何度も何度も原稿を読み直していた。


 普段、テキパキと仕事をこなし快刀乱麻の

ごとく決断する社長とは大違いだ。


 そんな社長の異変に気付いたのは朝礼が

始まる10分前だった。


 最後に一度だけ発表を聞いて欲しい、と

頼まれ社長と向かい合う瞬間、私は見てしまった。


 社長の厳かなスーツの谷から現れた、

愛くるしいブタの鼻がプリントされた

ピンクのパンツを。


(えっ‥社会の窓が‥全開‥?)


 信じられない光景を目にした私は思考が

ストップし、眉間にシワが寄りに寄っていた事だろう。


「そっ‥そんなに酷かったのか?」


 私の歪んだ顔を見た社長は不安を滲ませた声を出していた。


 私は慌てて否定し、社長のスピーチを

褒めに褒めた。


 今、思うとここで私は社長にチャックが

全開だと伝えるチャンスを逃したのだ。


 私の言葉を聞いた社長は一安心したのか

少しホッとした表情を見せてステージ横に

置かれたパイプ椅子に座った。


 だが依然として社長のチャックは清々しいほど全開だ、どうにかせねばならない。

全社員に見られる前に社長の社会の窓を

閉めさせなければ‥


 そう思っていた矢先、私は衝撃的な事実を目の当たりにする。

落雷が落ちたような衝撃が走り、オープンな社長の窓を凝視する。


(しゃ‥社長の東京タワーがスカイツリーへと成長していっている!?)


 バッ、バカな、この緊急事態に余計なトラブルまで付いてくるとは。


 天は社長に恥をかかせたいとでも言うのか?


 あまりに不利な状況に呆然とするが、

後10分しかないこの状況で立ち止まるのは

自殺に等しい。


 私は当たり障りのない会話からどうにかして光明を見出す事にした。


「どうかしたのですか社長?

ずっとソワソワしているようですが‥」


「そうかい?

やっぱりこれだけの大勢の前で話をするとなると興奮してしまう自分がいるみたいだ」


(その興奮は今だけでもいいから押さえてぇぇぇ!!!)


 私の心の叫びが聞こえてくれたらどれほど楽だろうか。そんな事はつゆ知らず社長の

股間ではタワーは着々と建築が進んでいく。


「スピーチも田中くんが褒めてくれたし、

今はこの状況を楽しむ事にするよ」


 その言葉を聞いて秘書の田中たなかに閃光のようなひらめきが舞い降りる。


「いえ、先ほどの言葉は嘘です。ゴミクズみたいなスピーチでした」


「嘘なの!?」


「はい、少しでも気休めになればと思い嘘をつきました」


 私の突然の裏切りに驚いたのか社長は

椅子から立ち上がり口を開けながら私を見つめる。


「どこがダメだったの?」


「スピーチの時間に間に合わないため、

聞かないほうがよろしいかと」


「そんなに多いの!?

どんだけ酷かったの俺のスピーチ!」


「そうですね、例えるならば最高級の

本マグロを砂糖とバルサミコ酢を海水に

混ぜて刺身で食べるくらい酷いです」


「絶対に不味いじゃないか‥」


 そういうと社長は崩れ落ちたボクサーの

ように椅子にへたり込んだ。


「ですが社長、落ち込む事はありませんよ」


 虚ろな目をした社長は顔を上げた。


「スピーチに上手い下手は関係ないんですよ。結局はどれだけ丁寧に伝えるか。

いかに自分の言葉で伝えるかだけなんです。

だから社長はゆっくりと社長の言葉を伝えればいいんですよ」


「田中くん‥」


 そう呟いた社長は気を引き締めたのか

凛々しい表情へと戻り、建設中だったタワーは工事を中止していた。


 社長の興奮を取り除くために不安を与え、

スピーチに集中させる作戦がズバリはまった。


 思わずニヤケそうになるが、1つ目の危機を取り除いただけであり、まだ危機は残っている。


 そして、残された時間は3分を切った。

通常の手段を取っている時間は無い。


(仕方ないが最終手段だ‥!)


 そう考えた私はしばらく社長に背を向け、

用意を済ませて振り返った。


 社長はギリギリまで原稿に集中しているためか気づいていない。


 そう、先ほどまでの私の紺色のスーツのからは見えなかった。笑顔が眩しいバズ・ライト○ヤーのパンツがチャックから出ていることを!


 【人のふり見て我がふり直せ】

古来からのことわざの通りに

私の痴態を見て、自らの痴態に気づいて

いただくという身を削った渾身の策。


 これが私が繰り出す最後の切り札だ!


「社長、大丈夫ですか?」


 真剣に原稿を読んでいる社長に振り向いてもらうため声をかける。


「あぁ、大丈夫だ。」


 だが、社長はこちらを見ない。


「あまり、根を詰めすぎるのはよろしくないですよ」


「大丈夫だ、さっき田中に言われた通り

私の言葉を伝えようとしているだけだ。

今はそれに集中しているだけだ」


 そうにこやかに笑顔を浮かべる社長。


(集中させすぎたぁぁぁ!!!)


 やってしまった、危機を乗り越えるためとはいえ、こんなミスを犯してしまうとは。


 外の朝礼の準備が終わり、もはやこれまでと全てを諦め自分の無力さに打ちひしがれる田中。


 ステージの進行が社長の入場を進める声が聞こえ、社長はネクタイをピシッと閉める。

そして小さな声で田中くん、と話しかけた。


「無限の彼方へ、さぁ行くぞ」


 そう笑いながら私に小さく呟いた社長は

スポットライトに照らされたステージへと向かって行った。


(しゃ‥社長‥!)


 その後ろ姿は、いつもの明瞭な社長の姿、そのものだった。


 気付いてらしたんですね!

自分のチャックが開いていることに。


 だったら社長もチャックが開いているのに

気付いたのでは‥


 そう思っていた。


 だがスピーチが始まってすぐにステージの

向かいの席からクスクスと笑い声が聞こえた。


 まさか‥


恐る恐る私はステージの横に立ち、

社長のズボンを確認する。

そこには可愛らしいピンクの豚の鼻があった。


 (閉めてないんかいぃぃぃ!!!)


 なんで?私のバズのパンツに気付いたのに

自分のチャックが全開なことに気づかないの?これじゃあチャックのじゃん!


 そんな私の嘆きに気づかず意気揚々と

スピーチをする社長と、ひたすらに笑いを

こらえる社員たち。


 なんとか吹き出さないようにプルプルと震えながら堪えていた社員たちだったが、

終盤の社長の

「気を引き締めて、勤めていきましょう!」

という言葉で爆笑が巻き起こった。


 あぁ社長、そんなキョトンとした顔しないでください。


 あたふたする社長はこちらを見つめ、

何が起こっているのか分からないと言う表情をこちらに向けた。


 私はネクタイを締める仕草のように。

そっと自分のチャックを閉めた。


■■■


しばらく社長は多くの女子社員にからかわれる事になるだろうなぁ。


 田中は遠くを見つめながらそんなことを

思っていた。


 でもそんな社長をこれからも私は支えていく。


真っ赤な顔をしたこの社長を。


「お疲れ様でした。社長」


「新しい秘書を探すことにしたよ」




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社長!チャックが全開です! @tanajun

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