最終話 さらば、われらが賞金首よ


「どうだいジム、『天界の砦』には追いつけそうかい?」


 鳥のように上昇してゆく巨大な車両の中で、モニターを見つめている仲間に俺は尋ねた。


「もうぼちぼち見えてくるよ。なに、わしらの『空とぶ家』だって捨てたもんじゃないさ」


 ジムは初めての空の旅を楽しむかのように言った。


「うまく飛び移れるような場所が見つかるといいんだが。高さが並んだら横付けしてくれ」


 俺が要求を口にした、その時だった。モニターの隅に見覚えのある物体が小さく映った。


「あれだ。『天界の砦』の二階部分だ。……ジム、何とか追いついて並んでくれ」


 俺が叫ぶと『レインドロップス号』は上昇速度を上げ、やがて窓から直接、目標全体の姿を捉えられる距離にまで到達した。


「ジム、あの屋根からつき出ている尖塔が見えるか?塔の側面に窓があるだろう。あの窓に横付けしてくれ。飛び移ってみる」


「やれやれ、簡単に言ってくれるな。やっては見るが、ご希望通りにいくとは限らんぞ」


 ジムはぼやきつつ、『レインドロップス号』の車体を尖塔に近づけていった。窓が近づいてくると俺は車両の開口部に立ち、入り口が真正面に来るのを待った。


「来たな……ようし、行くぞ」


 脚を伸ばし、窓を蹴ろうとしたその時だった。ふいに背後に人の気配がしたかと思うと、デイジーの「おじさん、私も行くわ」という声が聞こえた。


「無茶を言うな、デイジー。せっかく助け出したのに、また危険の中に行くつもりか」


「あの『空とぶ家』の色んな機械の仕組みは、私しかわからないわ。クレアさんは私を助けてくれたんだから、私もクレアさんを助けに行かなくちゃ」


 俺はしばし言葉を失い、血のつながらない少女の成長ぶりを噛みしめた。


「……わかった。それじゃ、おじさんにしっかりしがみついてるんだぞ」


 俺はデイジーが頷き、猿の子供のようにしがみつくのを確かめると再び窓を蹴った。


「――開いた!」


 窓から塔の内部に飛びこんだ俺は、勢い余ってデイジーもろとも床の上を転がった。


「デイジー、大丈夫か?」


「……うん、私は大丈夫」


 俺は立ちあがると、飛びこんだ部屋の内部をあらためた。薄暗い、屋根裏のような部屋の中を眺めているうち、俺は奇妙ななつかしさに胸を締め付けられた。


「ここはいったい……」


「どうしたの、おじさん?」


 デイジーの訝るような口調に俺は「いや」と短く返した後、「まさか」と頭を振った。


「信じられないが、ここは俺が昔、親友と『ティアドライブ理論』を完成させた場所だ」


 俺がしみじみ呟くと、デイジーは「シンユウ?」と言って小首を傾げた。バネの壊れたベッド、なぜか数式が書きっぱなしの黒板、廃材でこしらえたテーブルと椅子……まるであつらえたかのようにすべてが「あの頃のまま」再現されていた。


「ここで俺は、父の残した理論を大学の同級生であるフィルと完成させたんだ」


「フィル……」


 そうだ。お前を俺に託して失踪した友人。仮面をつけ、悪の化身となって帰ってきた男。


「……おじさん、ここに下に行く階段があるよ」


 室内を歩きまわっていたデイジーが、唐突にそう叫んだ。近づいてみると確かにらせん状の階段は遥か下まで続いていた。


「……行ってみよう」


 俺とデイジーはらせん階段をひたすら下に降りていった。やがて、降り切った場所に金属と木でできた扉が現れた。押し開けて中に入ると、そこは予想もしなかった空間だった。


「ここは……なんだ?」


 教会の礼拝堂を思わせる造りの部屋は、良く見ると何かの制御装置らしいパネルがいたるところに埋めこまれていた。


「おじさん、あれ見て!」


 デイジーの叫びに振り返った俺は、彼女の視線の先にある光景に絶句した。そこにあったのは無数のケーブルに全身を絡めとられ、磔のように壁に固定されたクレアの姿だった。


「――クレア!」


 俺がクレアの前に歩み寄ると、クレアの首にかけられていたロザリオの鎖が切れて足元に落ちた。俺はロザリオを拾いあげると、唇を噛みしめた。


「この部屋の装置に組みこまれちまったのか。くそっ、どうやって救えばいいんだ……」


 俺が拳を握りしめて唸っていると、デイジーがやって来て「まだ生きてるわ」と言った。


「デイジー、どうすればいいと思う?」


 俺はデイジーの首にクレアのロザリオを掛けてやりながら言った。


「おじさん、私、この部屋の……この家の仕組みが何だかわかったような気がするの」


「なんだって?本当か?」


 デイジーの驚くべき発言に俺が目を見開いた、その時だった。


「そこまでだ、盗賊」


 ふいに背後から声がして、同時に俺たちの周囲で銃を構える音が聞こえた。


「まさかこの天界まで追ってくるとはな。ご苦労なことだ」


 『天界の王』は俺たちの正面に立つと、不敵に言い放った。


「『天空の王』……いや、フィル・アンダーソン。まさかお前がここのボスだとはな」


「いかにもその通りだ。古い友に再会できて嬉しいよ。立場の違いを別にすればね」


「なぜこんな場所で『天界の王』などという仰々しい名前を名乗っている?」


「確かに若い頃、私は君と共に世界を安定させるシステムを考案していた。だが、ある時、啓示を受けて私は変わった。そして『破滅』こそが『真の救い』へと繋がる唯一の道だと悟ったのだ。それ以来、私は過去を捨てて仮面をつけた。世界をリセットさせるためにね」


「過去だけじゃない、お前は娘からも逃げ、愚かな野望にのめり込んだ。……だがそれもおしまいだ。……フィル、今からでも遅くはない、仮面を外してデイジーの元に戻るんだ」


「……それはできない。その代わり娘は連れてゆく。親子で天界から地上を支配するのだ」


 『王』は自信に満ちた口調で言うと「デイジー、こっちに来なさい」と手を差し出した。


「行っちゃだめだ、デイジー!」


 俺が叫ぶと、周囲の『しもべ』たちが一斉に『天使銃』を俺の方に向けた。


「デイジー、もしお前が私の元に来ることを拒めば、その男は銃で撃たれ、サイボーグ化されるぞ。それが嫌ならおとなしく来るんだ」


「……そんなことはさせない」


 『王』が強く迫るとそれまで俯いていたデイジーが顔を上げ、昂然と前を見据えた。


「さあ、玩具おもちゃたち、遊びの時間は終わりよ。玩具箱おもちゃばこに戻りなさい!」


 そう言ってデイジーがロザリオを高くかざすと、周囲の『しもべ』たちがまるで糸が切れた人形のようにばたばたと床に崩れていった。


「まさか……そんなことができる子になっていたとは」


 『王』は狼狽えたように二、三歩後ずさるとふいに身を翻し、階段の方に向かって駆け始めた。


「フィル、逃げちゃいけない!」


 俺はコルトシングルを構えると、『王』に向けて撃った。肩を射抜かれた『王』は短い呻き声を漏らすと、よろめきながららせん階段の中へと姿を消した。


「……デイジー、俺は『王』を追っていく。ここで待っていてくれ」


 俺はデイジーにそう言い置くと、『王』の後を追ってらせん階段に飛び込んだ。


長い階段をひたすら上り続けて最初に入った『屋根裏部屋』に辿りつくと、そこでは窓を背にした『王』が俺を待っていた。


「――フィル!」


「どうやら私もここまでのようだ。お前なら、分断されたこの世界を安定させることができるかもしれない。……娘をよろしく頼む。さらばだ!」


『王』はそう言い残すと、驚くほど早い身のこなしで窓の外へと身を投じた。


「フィル……できれば元の君に戻って欲しかった」


 俺はがくりと肩を落とすと、窓に背を向けてらせん階段を降り始めた。デイジーの待つ部屋に戻ると、そこには驚くべき光景があった。戒めから解き放たれたクレアが、デイジーの小さな身体に抱きかかえられて俺を見ていたのだ。


「クレア……無事だったのか」


「ええ。この勇敢なお嬢さんのお蔭で、機械の束縛から抜け出せたわ」


 俺は驚いてまじまじと親友の忘れ形見を見つめた。いつの間にこの子はこれほど成長していたのだろう。


「クレア、デイジー。悪い夢はもう終わりだ。『家』に戻ろう」


 俺が二人にそう告げた、その時だった。端末からジムの切羽つまった声が聞こえてきた。


「ゴルディ、いかん、二台の制御装置が近すぎてコントロール不能じゃ。これ以上は浮上できん。降下しながら飛び移るしかない」


 降下しながらだと?そんなことが可能なのか?俺が愕然としていると、ふいにデイジーが俺の方を向いて笑みを浮かべた。


「あっちの『家』とこっちの『家』には同じ機械が付いてるんでしょ?だったら別々に降りればいいのよ」


「別々に?……しかしこっちの『家』についている重力制御ユニットの使い方を俺は知らないぞ、デイジー」


「うん、それは私に任せて、おじさん」


 デイジーは自信たっぷりに言うと、操作パネルの一つに近づいていった。


「ジム……信じられないが、デイジーがこちらの制御装置を操作できると言っている。こうなったら別々に着地しよう」


「本気かゴルディー。……わかった、どうせ失敗したら死ぬのだ。一か八かやってみよう」


 ジムとの会話を終えた俺はクレアと共にデイジーの傍らに立ち、挑戦の可否を見守った。


 やがてモニター上に映し出された『レインドロップス号』が一足先に小さくなってゆくのが見え、ふたたび端末からジムの声が飛びだしてきた。


「ゴルディ、どうやらわしたちの方が先に地上につきそうじゃ。そっちの『家』が着地できそうな場所へ誘導するから『レインドロップス号』の後を追いながら降下してくれ」


「わかった。よろしく頼む」


 俺はデイジーに寄り添いながら、果たしてこれだけの大きさの建物が着地できる場所などこの近くに存在するのだろうか、と訝った。


「見てゴルディ。地上よ」


 クレアがモニターを目で示しながら言った。見ると確かに道路や建物の様子がはっきりと見え始めていた。俺たちは下を走る『レインドロップス号』の姿を追いながら、空気の抜けた風船のように徐々に地上へと接近していった。


「ようし、あと少しじゃ。……ゴルディ、見えるか?あの上半分を削りとられた岩山がお前さんたちのゴールじゃ」


 ジムの言葉に誘われるようにモニターを見ると、そこには見慣れた風景――かつてのアジトの残骸があった。


「あそこに降りるってのか。……デイジー、できそうか?」


「……うん、たぶんできるよ。二人とも、何かにつかまってて」


 デイジーがそう叫んだ直後、激しい衝撃と共に建物の降下が止まった。俺とクレアは宙に舞ったデイジーの身体を、両腕を伸ばして同時に受け止めた。


「……ふう、ようやく懐かしい『我が家』にご到着か」


 俺はいくぶん傾き加減の床に立つと、デイジーとクレアに手を差し伸べた。礼拝堂の出口から外に出ると、瓦礫の向こうに『レインドロップス号』と、ジムたちの姿が見えた。


「……デイジー、ここが『盗賊ゴルディ一家』のアジトなんだぜ。びっくりしたかい?」


 俺が尋ねると、デイジーは目を輝かせて「うん。……思っていたより素敵」と言った。


                終章


「……でね、ここまでは馬で行くだろ?で、ここから列車に飛び乗るってわけ」


「こらっ、子どもに一体何を教えてるんだ」


 バーフロアのテーブルでデイジーに何かを教えているノランを、俺はどやしつけた。


「いいじゃないか、遊びだよ、遊び。強盗ごっこ」


 俺は「まったく碌なことを教えやがらねえな」と両肩をすくめた。


「いいじゃねえか。学校の勉強だけが全てじゃねえよ。……なあシェリフ」


 ブルが片方だけになったスウィングドアに凭れているシェリフに言うと、銃をさすっていたシェリフが「たしかに盗賊稼業は色々なことに応用できますね」と澄まし顔で言った。


「ねえデイジー、強盗の勉強が終わったら、今度は私がイカサマのやり方を教えてあげる」


「本当?……ジニィさん大好き!」


 俺が呆れ果ててソファーに倒れこむと、バーカウンターの奥から何やらドレスのような服を手にしたクレアが姿を現した。


「ねえデイジー、もし社交界に潜りこむことがあったら、こんな服はどうかしら」


「えっ、いいの?……わあ、素敵」


 デイジーが目を輝かせ、飛びはねているとノランが立ちあがって叫んだ。


「あっ、それ俺に着せようとした服じゃねえか」


「いいじゃない、あなたがどうしても着たくないっていうから。……ね?」


 ぶつくさ言い始めたノランと、はしゃぎまわるデイジーとの間で俺が天井を仰いでいると突然、入り口からジムが姿を現した。


「おおい、ゴルディ。いい知らせだぞ。今度、新しく運行することになった『新世界特急』で、上流階級の連中がお宝を披露しあうそうじゃ。こいつを狙わん手はないじゃろう?」


 おいおい、子供の前だぜ……そう言いかけた俺の前にデイジーが突然、立ちはだかった。


「オーケー、その仕事、我らが『盗賊ゴルディ一家』で受けましょう!」


 冗談じゃない、俺が驚いてソファーから飛び起きると、呆れた事に俺以外の全員が拳を突き上げ「オー!」と口々に叫び始めた。


「いい加減にしろ、お前たち。ここのボスは……」


「いいじゃない、ゴルディ。今日からあの子があなたのボスよ」


 クレアがそう言って、俺に見えないウィンクを寄越した。


                 〈FIN〉

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