第44話 アバターと自分の話

精神が外見に引きずられることがある。

より正確に言うなら、周囲からどう見られているか、どう扱われているかが

その人の精神――性格や仕草に反映される。


ある中年男性が、誰にも打ち明けられない悩みを抱えていた。

彼はよくゲームをするのだが、今ハマっているVRゲームで

ついつい、いつもの癖で外見を美少女にしてしまった。


彼が普段するゲームでは、自分が操作するキャラの姿――アバターは

ゲーム中のほとんどの場面で目にすることになるため、

いつも自分の好みの外見を作るようにしている。


だが、VRでは自分の姿をまじまじと見ることは少なかった。

なにせ、自分自身の視点で遊ぶため自分の顔を見るには鏡が必要になる。

かといって四六時中、鏡を見ているだけではゲームにならない。

そんな訳で彼は、自分が観賞したかった姿を見る機会に恵まれずにいた。


しかし、これが悩みなのではない。

彼の悩みは自分の仕草が徐々に美少女じみてきていることである。


前述の通り、彼は自分の趣味に合わせてアバターを作っただけで

女性扱いされたい訳ではないし、ゲーム内で何かを有利にするために

アバターを選んだ訳でもない。


口調も振舞いも普段通りにしていたのだが、

周囲からは”外見通り”に美少女として扱われていくうちに

本人もちやほやされることが楽しくなってしまった。


ふざけて”それらしく”振舞っているうちはよかったのだが、

次第にゲームをしていない普段の生活の中でも、

そういった仕草が出ることが増えた。


どうした物かと考えあぐねた彼は、VRゲームの仲間たちに相談した。

「どうしたらいいと思う?」

「女装とかしてみたら?」

「それは解決にならないだろ」


別の仲間にも聞いてみる。

「どうしたらいいと思う?」

「しばらくゲームやめてみたら?」

「それは嫌だ。ゲーム自体は楽しいんだ」


また別の仲間にも聞いてみる。

「どうしたらいいと思う?」

「アバター変えたら?」

「この姿を見られなくなるのは嫌だ」


彼は良い解決策を見つけられないまま、日々を過ごしていたのだが

ある日、転機が訪れた。


ゲームに新サービスが追加されたのだ。

それはいわゆる、ミニゲーム――ゲーム内で遊べる別のゲームであった。


彼はゲーム内のゲームで現実の自分に似せた男性型のアバターを作り、

ゲーム内のゲームを遊ぶようになった。


こうして、元の自分の姿に似合った仕草を取り戻した。

彼は悩みが解決して、大いに喜んだ。


彼が、ちやほやされなくなったことに悩み始めるのは、

まだ少し先の話である。



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