ep29 わたしは異世界の奴らがそんなに嫌いじゃない。それなりにだ
文字で書くと一万年だけど、一万年ってすごく長かったな。
レイフォールなんて一番最初に死んじゃって、それでも晩年は幸せだったって言ってくれた。忙しくて週に一回しか顔を合わせなかったのにね。
逆に、妻がいつまでも美しいままだから、羨ましいと笑っていたっけ。
自慢の妻だって言われた時は、どうしようかと思った。
そのうち、知っている人がみんな死んじゃって、アッシュでさえ三千年くらい前に亡くなっちゃったな。最後は寿命で負けたって、すごくいい笑顔だった。
来世でも絶対にわたしの夫になるんだ、って宣言されたときは、さすがに恥ずかしかったかな。レイフォールが亡き後、六千年くらい夫婦やっていたからね。やばい、改めて考えると恥ずかしい……。
「はい、メルフェレアーナ様。さすがに力を抜きすぎです。もう少しだけ、お腹に力を入れてください」
そして今わたしは、分娩室に横になっている。
シーオマツモ王国の跡継ぎが何だか途絶えそうだったので、再び女王として降臨したの。
たぶん相手は、レイフォールの生まれ変わり。何となくね、分かったの。
容姿も性格も違うんだけど、なんとなく仕草が一緒なんだよね。ついでに、レジスタンスのリーダーなんかやっていた。相変わらずだなって思った。
シーオマツモ王国については、けっこう気にかけていたんだよ。
魔導城って勝手に名付けられたお城は、わたしの家だからね。ちょくちょく帰っていたし、わたしも国民の間では生きている伝説として、けっこう親しまれていたし。
……いや、恐れられてはいないよ?
たまーに、国王が悪政したときに、ちょっと懲らしめた程度だよ?
やっぱり、人間族って寿命が短いから、どうしても権力にしがみつく人もいるんだよね。
メルフェレアーナこと、麗奈が不死なのは公然してあったし、北極でいちゃいちゃしていても、数十年に一回は魔導城に戻っていたんだから。
いやほら、ちゃんと教えてくれる人がいたし。
あんまり国政に口出すのも悪いことだし。うん、実は油断してた……。
「ほら。また力を抜きすぎですよ。赤ちゃんが出てこられなくて、困っていますよ」
「あ……はい。うんぐうううぅぅぅ」
そして難産の末、やっとご対面できた。
わたしの子どもとしては三人目。
産まれてきてくれたのは、可愛い女の子だった。胸元に連れてきて貰って、顔を見たときにハッとなった。
しっかりと見開かれた目、産まれたばかりでくしゃくしゃなのに、口元がはっきりと動いたのが分かった。
『麗奈。ただいま。やっと命として戻って来られたわよ』
「あっ……メルフェレアーナさん……?」
「あら、自分の名前言うなんて、よほど疲れたのですね。伝説のメルフェレアーナ様も、やっぱり人の子なのですね」
看護師の女性に笑われてしまった。
そうだよね、今はわたしがメルフェレアーナ。名前を継いで、絶対に死なないからずっとメルフェレアーナのまま生きている。
自分では、麗奈だと思っているんだけどね。
「うん、決めた。君の名前はリメンシャーレだよ。残念だけど、わたしの名前はあげられないんだ。ごめんね」
看護師さんの方を向いたのって、ほんの少しだったと思う。
もう一度顔を見ると、目をつむってすやすやと寝息を立てていた。
後にも先にも、メルフェレアーナさんが喋ったのはこれだけだったと思う。
リメンシャーレはすくすくと育ってくれたんだけど、自分の前世がメルフェレアーナだなんて、一切認識していなかったな。
たまにわざと、メルフェレアーナ? って呼んだときも、母上ご自分の名前を呼んでどうされたのですか? なんて返されたし。
でもね。
リメンシャーレ、あなたの魂がメルフェレアーナだって、わたし知ってる。
あなたが知らなくても、わたしの魂が知っている。
だって、魂は死んだらナナナシア星に還るから。
メルフェレアーナの魂は、ずっとナナナシアが大切に持っていてくれたって知っているから。
あなたが、わたしの産んだ初めての女の子なんだから……。
だから。
おかえり、メルフェレアーナ。
麗奈は、久しぶりにシーオマツモ王国に向かって飛んでいた。
最近のわたしの流行は、魔女っ娘スタイル。真っ黒いとんがり帽子に、真っ黒なローブ。久しぶりにリメンシャーレに会うために、優雅に箒に跨がって風を体全体に浴びていた。
空は快晴、顔だけ見てまた次の場所に飛ぼうと思っていた。
突然シーオマツモ王国の方向から、膨大な魔力が膨らんだ。
その途端に、時間の進みが遅くなって、やがて時間が止まった。
麗奈は肉体強化を最大にし、一気に光の速さを超えた。それによって、時間の理から脱出する。何とか、間に合った。
停止した時間の中、一気にシーオマツモ王国へ加速した。
魔力の元をたどっていくと、そこは路地裏だった。
止まった世界で女性が一人動いていた。ナイフを持った男を壁に蹴り転がしたところだった。他にも四人くらいの男が壁に転がっていっている。
うん、あの男達はもう助からないね。
時間が動き出したら、全員溜まった衝撃で爆発するはず。
地面には少女が二人転がっていた。
その一人、黒髪黒目の少女を見たとき、思わず声を上げそうになった。
えっ……なんで?
どうして、夏梛ちゃんがここにいるの?
わたしが昔会ったそのまんま、少しだけ大きくなっている。
でも、さすがに他人のそら似……だよね。
麗奈はそっと路地に下り立った。
男を蹴り飛ばした女性の顔が見えたとき、麗奈の『思い違い』は『確信』に変わった。
「膨大な魔力を感じたから来てみれば、魔法を使ったのはあなただったのね。それも魔術ではなく魔法で。
二人、助けられてよかったね 」
顔に出さないように話していたけれど、心臓はバクバクだった。
この女性のこと、わたし知ってる。
女性は声が出ないみたいだった。
たぶん初めて時間を止めたんだと思う。でも、ここまでしっかり時間を止める魔法使いを、わたしは初めて見た。
本気を出したわたしでさえ、数秒しか時間が止められないのに。
このまま魔力が尽きるまで時間を止め続けるのね。制御に夢中で、時間を戻す術が分かっていないようにみえる。
でも……すごい……。
「男達は放っておけばいいよ。
そのままにしておけば、勝手に自滅するはずだよ。
ただ、加速と肉体強化を経ずして時間を止めた代償は、必ず返ってくるから気をつけてね。安全なところまで二人を運ぶことをお薦めするよ。
と言っても、何もしてあげられないけれど…… 」
どうして、おばさんがここにいるの?
わたしのお母さんの、お姉さん。もう二度と会えないと思っていた。
桃華おばさん……。
麗奈は空に浮かび上がって、ふと思い出して言葉を続けた。
「そうだ。加速と肉体強化を経ずして時間を止めた代償は、必ず返ってくるから。絶対に成功させてね。
あと、魔法による時間停止は、魔術の時間停止の百倍魔力を消費するよ。
あなたの魔力がどのくらいあるか知らないけど、急いだ方がいいと思うよ 」
麗奈は慌ててその場を飛び立った。
駄目だ、何だか考えがまとまらない。こんな時は、時間が必要だよね。
時間なら、魔導城のあの部屋に行けばいいよね。
そして、運命の歯車が再び回り始めた。
このあと麗奈は、一万年ぶりに焼滅光線を浴びることになるのだけれど、それはまた違う話。
麗奈が必死であがいた世界平和への道は、次の転移者へと受け継がれることになる。
……おしまい。
わたしは異世界の奴らを許さない。絶対にだ 澤梛セビン @minagiGT
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