ep28 わたしは歴史を刻んでいく。永遠に
「あっ……日本列島……」
七時間くらいは飛んだと思う。
麗奈の目に、何となく見覚えがある地形が見えてきた。速度を少し落とし、高度も徐々に下げていく。
ちょうど目に入ってきたのは、愛知県の辺りかな。海沿いにあった大きな国が全て崩壊しているのが目に入った。
やっぱり気になって、一回空中で静止した。目に魔力を通して生きている人がいないか調べてみる。
やっぱりというか、生きている人を確認することができなかった。あの死の光が世界に照射されたのは、昨日と合わせたらたったの二回。でもこの二回だけで人間が築きあげていた文明が、全てまっさらにされるだけの威力があったと言うことが理解できた。
「あっ……誰かがいる……」
視界の端、岩肌に大きな口を開けたダンジョンに熱源が見えて、麗奈は視線を切り替えた。
十人ほどの男女が、夕日に照らされて呆然と立っていた。あそこからなら、崩壊している街並みが見えるのだと思う。何人かが地面に崩れ落ちた。
麗奈はほっとした。
やっぱり、ダンジョンならあの光を防げたんだ。
ダンジョンの作り方なら、何となく分かる。適当な魔晶石を見つけて、そこに思いっきり魔力を注ぎ込めば、ダンジョンの種ができる。
色々落ち着いたら、世界中にダンジョンを造ろう。
みんなが何かあったときに、自分で自分を守れる施設を作ろう。
自然にできたダンジョンなら、普通に世界中にいくらでも存在している。
それだったら、私がアトラクション型のダンジョンを造って回ればいいよね。何か異常が起きても、ダンジョンに潜っていれば魔族も、人間族も生きながらえることができるもん。
麗奈は再び大空に舞い上がる。
程なくして、シーオマツモ王国が見えてきた。
夕焼けが辺りをオレンジ色に染めている。あっという間の一日だった。
その夕日に照らされていてもなお、ほとんど更地になっている眼下の様子は、はっきりとよく見えた。
見事なほどに街は崩れ落ちていた。当然、そこに生き物の痕跡は一切無い。
その代わり国壁、城壁、そしてお城は無傷のまま建っていた。麗奈は逸る気持ちを抑えながら、お城に下りていく。
城の前には、何も無かった。
あれだけたくさんいたガンドゥン帝国軍が、影も形も無かった。
奴らが持っていた武器も、一つとしてない。
乗ってきたはずの車両すらも、溶けて蒸発したようだ。
本当に、何も無かった。
ただ、地面だけが綺麗に蘇っていた。
ゆっくりと城門の前に立った。
城門はあの日、麗奈が去ったままだった。
一切傷が付いていない。溶けてもいない。あの全てを焼き尽くす光を浴びてなお、ダンジョンである城は健在だった。
取りあえず次は、扉に手をかけた。
扉を押してもびくともしなかった。念のため引いてみる……無駄だよね。知ってた。
仕方が無いので、扉の横にある呼び鈴を押すと、しばらくしてから声が聞こえた。
『はい……どなた様ですか……?』
やった。やったよ、生きてる!
この声は確か……ソレイユ? よかった、無事だったんだね。
やっぱり、ダンジョンは災害時のシェルターになるよ。絶対に普及させなきゃ。
「わたしだよ、メルフェレアーナだよ」
麗奈が呼び鈴に声をかけると、返事が来る前にスピーカーの向こうで慌ただしく動く音が聞こえた。
やがて、扉が開いた。
「レアーナさん、心配していたんだよ!」
ルルネが、ソレイユが、駆け寄ってきて麗奈に抱きついてきた。遅れてロイドも、安堵した顔で歩み寄ってくる。
「いきなりいなくなって、どこ行っていたのよ。昨日に続いて、今朝も周りが白くなってみんな燃えていたのよ」
「そうだよ。一昨日なんて、お城をガンドゥン帝国軍に囲まれて動けなかったんだから」
「ほんとにね。無理だと分かっているけど、連絡ぐらいよこしなさいよ」
矢継ぎ早に口を開かれて返事ができないまま、麗奈は取りあえず三人に城の中に入って貰った。
エントランスに入って扉を閉めたところで、やっと麗奈は一息ついた。
「あのね、最初は扉を出たときに、ガンドゥン帝国軍の魔素消滅爆弾に灼かれて、命を落としたんだ――」
北極で蘇って、もう一度飛んできたときに光に灼かれたこと。
北の魔術塔を完成させて次の日、南の魔術塔に向かっていたところで再び光に灼かれたこと。
そして南の魔術塔を完成させて、ここまで飛んできたこと。
麗奈が話を終えると、みんな呑み込んでいた息を大きく吐いたみたいだ。
自分でも話して分かったけれど、何だかもの凄い距離を飛んでいるし、恐ろしい光景を見てきたんだね。びっくりだよ。
「それで、十時頃に大きな鐘の音が聞こえたのね。耳を塞いでも聞こえたもの。
空間に干渉するような音だったから、絶対にレアーナさんが何かやってくれたって思っていたわ」
「それにしてもすごいわね、この短時間で北極と南極を行き来したんでしょう?
確か測量だと二万キロくらい距離が離れていたはずよ」
ルルネもソレイユも、本当に心配してくれていたようだ。二人の顔が滲んで見えなくなった。
同じように、ルルネとソレイユの目からも涙が溢れていた。
「それで、次の問題って訳だね」
そういえばお昼を食べていないことを思い出して、ソレイユに作って貰った。
時間的に夕飯の時間でもあったため、みんなで食卓を囲んだ。
「うん。アッシュがね、今朝北極の魔術塔を出発した可能性があるんだよ。
もし午前中の焼滅光線にあてられてたら………」
麗奈の言葉が途中で止まった。言葉が継げなかった。
そのまま、麗奈の口から嗚咽が漏れる。
「ちょっ、レアーナさんタンマ。一旦落ち着いて。状況が何となく分かったから。
でも、だからといって何にもできないわよ。
無線車領は完全に消滅しているし、お城の中にある無線じゃ大した距離が飛ばないのよ。どうやっても待つ以外に方法が無いのよ」
ルルネが慌ててテーブルを回って麗奈の元まで駆けてきた。ギュッと抱きしめてくれる。
「それにあいつならきっと大丈夫だよ。アッシュのやつがそう簡単にくたばるわけないって」
「たしかにあんた達、無駄に死線だけはくぐり抜けてきているからね」
「あー、ごめんってば。心配かけたことは、すっごく反省してる」
何だか……すこし落ち着いた。
確かに焦っても仕方ないもんね。
私は空を一直線に飛んで来られたけど、アッシュは直線距離で来るわけじゃない。その直線距離だって、北の魔術塔まで六千キロ近くあるもん。
「うん、ありがとう。少し落ち着いたかな……」
「だいたい、アッシュが乗って行った改造車だって、最高速度はせいぜいが海上で二百キロくらいだよ。
順調に来ても二日か三日はかかるはずだよ」
そっか、考えてみれば半日足らずで南極から帰ってくるのは、完全に反則なんだね。
アッシュ達の安全が確認された訳じゃないけど、少しだけ安心した。
それから七日ほど経って、アッシュ達は無事シーオマツモ王国に戻ってきた。
そのさらに七日後、レイフォールも南極から戻ってきた。
あの日、アッシュは朝になって、最悪の事態を考慮して出発を半日遅らせたそうだ。空間に響いていた鐘の音を確認して、こっちに向かったらしい。
途中で時間がかかったのは、予定していた地下通路の入り口と出口が埋まっていて、急いで掘削していて、これでも早く着いた方なのだとか。
ただせっかく帰ってきた日に麗奈はと言うと、心配しすぎて泣き腫らして、さらに熱を出して寝込んでいた。ずっと後までからかわれるネタになったのは言うまでもない。
ここからは後日譚になる。
シーオマツモ王国はメルフェレアーナ女王を中心に、魔族と人間族が争うことのない国として長い間栄えることになる。
王配としてレイフォールが即位し、のちに世界を飛び回っていた麗奈に譲位され王に即位した。その時麗奈とレイフォールの間に産まれた子が、黒髪に赤目の新種族であるマナヒューマンとして、始めて歴史に登場することになる。
アッシュを含めた悪魔族は、シーオマツモ王国から退き、北の魔術塔と南の魔術塔を管理する役目を一手に担うことになる。
その後長きにわたり、何代にもわたって世界を裏から支えることになった。
このときを境に、世界の表舞台から悪魔族の存在がいなくなった。
麗奈はと言うと、たまに城に帰ってはいたものの、ずっと世界を飛び回ってソウルメモリーを始め、ソウルコア、ソウルブロック、ソウルタブレットの普及に尽力していた。
さらに、世界各地にシェルター用のダンジョンを多数造り出し、この頃から洞窟型のダンジョンだけでなく、廃虚型や迷宮型のダンジョンが世界各地に現れるようになった。
その麗奈が一番力を入れたのが、シーオマツモ王国の南方。日本で言うと駒ヶ根市辺りに作った、コマイナ都市遺跡ダンジョンだったりする。
そしてそれから、一万年の年が流れた。
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