三浦海岸



 2018年の10月。

 秋の割にはまるで夏めいた陽気の日があった。

 日差しも気温も夏のようで。休暇にやり残したことをしたくなるような、そんな一日。


 その頃私は人間関係で色々悩んでいて。

 なんだか無性に海が見たかった。

 人が沢山だったり、遊泳禁止で封鎖されていない、自然な海が見たかった。


 いくつかキーワードを入れて検索する。

 東京や湘南は人が多そうだし、お台場も少し違う。

 のんびりとした海がいい。

 いくつか候補を見る。その中の一つの風景に惹かれた。


 三浦海岸。

 広々とした海と砂浜がとても開放的に映った。


 行ってみよう。そう思って電車や所要時間を調べる。

 少し時間はかかるが、今からいけば昼頃に着くだろう。海に入るわけではないので簡単に支度をして、家を出発した。



 JRから京急本線に乗り継いで、しばらく揺られる。

 時間もそこそこ早かったためか車内はがらんと空いていて、なんだかとても遠くへ来たように錯覚する。

 窓からの景色が、山に囲まれた住宅地を映す。陽射しと揺れでつい眠気に誘われそうになってしまう。

 とてものんびり穏やかな電車の旅だった。

 しばらくして最寄りの駅へと降り立つ。



 駅員さんに行き方を尋ね(方向音痴なため……)海へ向かおうと駅を出ると、そこには撮影用の立て板があった。沿線の電車キャラクターが描かれていて、後ろから顔を出せば乗車している運転手のように撮影できる。

 さすがに一人だし、そのように誰かに撮ってもらうのは恥ずかしかったので、立て看板だけを写真に納めた。



 少し歩いた道を左に曲がってまっすぐ進む。ジリジリと日差しが照りつけるので、折り畳みの日傘をさした。

 数分ほど歩くと地平線に海が見える。

 内陸に住んでいる私にはその景色が凄く新鮮で、一気に駆け出したくなる気持ちをぐっとこらえる。もし私が小学生だったら、たまらず駆け出していたかもしれない。


 目的地目前の信号待ちをこらえて、渡った先には砂浜が広がっていた。

 照り返しかとても白くて眩しい。

 ついいつもの調子で歩き出すと、すぐに足元をとられる。

 かかとが砂に沈み、それでもなんとかもう一歩踏み出すと靴が脱げてしまった。

 靴とくるぶしソックスを脱いで、砂浜に裸足で降り立つ。

 砂の感触が心地よいが、すぐに太陽に照らされた砂の熱さが伝わってきて、たまらず歩みを速める。

 波が届く浜辺にまで行くと、一気に砂はしっとりとして、ひんやり気持ちいい。


 人はちらほらと居るもののまばらで、左右を見渡すと沿岸部の緑や灯台が見えた。

 前はただただ、青い。

 なんだかすごく自由だった。

 胸のなかに風が通ったような、息が軽くなるような心地がした。

 少し後ろの、波が来ていない部分の砂浜に靴を置いて、ズボンの裾をまくり海の水へと少しだけ入る。


 磯の香り。足元を通り過ぎる波は案外力強い。

 しゃがんで手も海水に浸すと、熱気と対照的な涼しさで、手を戻すのが名残惜しい。


 日差しと、波の音と、広々とした景色と。

 普通にそこに居るだけなのに、深呼吸しているような清々しさ。


 泳ぐでも、何をするわけでもないし、一人だったけれど、しばらくここにいたいな、と思った。

 ただ波打ち際を沿って、靴を片手に左へと進んだ。

 足元を波が行ったり来たり。

 照りつける日差しは暑いけれど、水辺はとても涼やかで心地良い。

 しばらく歩いてようやく気が済んだので、来た道を戻る。また波へと沿って。

 途中きれいなつるりとした白い貝殻を見付けたので、お土産にとポケットにしまった。


 海と、空の水色と、その二色の青の違いが綺麗で。肩にかけた鞄からスマホを取り出してシャッターを切った。

 ここに居ると、自分は日々随分と自然から遠ざかっていたような気がする。

 その事に気付けたことが良かったなと思う。

 ずいぶん心がすっきりしていた。


 海から上がって砂浜に腰を下ろし、持ってきたタオルで足を拭いた。

 海は水から上がって綺麗に足元の砂を落とすのが中々難しいな、と苦笑する。

 少し太陽光で乾かしてから砂を払う。

 また海水に浸かりたくなってしまうけれど、それではエンドレスになってしまうと我慢した。

 靴下と靴を履いて、さらさらした砂浜に足をとられながらも道路へと出る。

 最後に振り替えると、少し上からの眺めはとても見晴らしが良かった。



 それなりに時間を過ごしたので、昼食を取ろうかと考えていると、海を出て道を渡ったすぐに海鮮丼のお店があった。

 海辺に来たら海産物。ド定番だけれど、やっぱり外せないなと思って入店する。

 店内は和風の造りで、靴を脱いで畳の広間へと通される。

 時間帯もあってほぼ満席だった。

 横長の大きな木の机を数人で囲って座る。

 なんだか夏休みの親戚の集まりを思い出した。

 メニューを見ると様々な魚介の丼ものがある。とても迷った末に鉄火丼にする。

 いただいたお茶を飲みながら、浜遊びの少しの疲れを癒す。海辺独特の疲労が懐かしかった。

 ひんやりとしたマグロの切り身に、ほのかに温かな酢飯のバランスがとても美味しい。

 食べ終わったあとにまたお茶を啜り、お会計を済ませて外へと出る。


 来た道を戻りしばらく歩くと喫茶店があった。

 立ち寄るか悩んだが、海を満喫したままの気分で帰宅したいなと思い、真っ直ぐ駅へと向かう。


 満たされつつ、心のつかえは手放したような。清々しさと少しの気だるさのまま、帰りの電車では微睡みにつられて目を閉じた。



 ◆今日のお土産……白い貝殻

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぷらっとどこかへ 玖月 凛 @suzukakeyuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ