人形と話す子

紫 李鳥

人形と話す子

 



 窓から入る日差しの中に、金髪の人形を抱く、栗毛の女の子がいます。


「わたしはメアリー。あなたはドール。わかった? ドールだよ。ね、わかった?」


 メアリーは人形を手にして、話しかけています。


「しろいドレスをきましょう。きいろのリボンをつけましょう。ほーら、かわいくなったでしょう。ふふふ……。ほーら、おそとであそびましょう」


 白いドレスを着て、黄色いリボンをつけた人形を抱いて、メアリーは庭に出ました。


「おはながいっぱいさいてます。あかいろ、きーいろ、しろいいろ。メアリーがママ、ドールはベビー。わかった? ベビーだよ」


 人形を抱いて、庭の木に吊ったブランコに乗りました。


「ゆりかごごっこ、ぶーらぶら。ふふふ……。ほらほら、ネンネのじかんです」


「メアリー、お昼ご飯ですよ」


 おばあちゃんの声です。


「はーい」



 食事のときも、メアリーは人形を抱いたままです。


「メアリー、人形は椅子に置いて」


 おばあちゃんに、いつも注意されます。


「はーい」


 メアリーは仕方なく、人形を横の椅子に置きます。


 会社勤めのママは、夜まで帰りません。



 ある日。急にママに会いたくなったメアリーは、おばあちゃんに内緒で、人形とお出かけしました。


 ママの会社がある123番地までは、車の通る道をいくつも渡らなくては行けません。


「いちにーさんにいきましょう。ママにあいにいきましょう。ふふふ……」


 メアリーは、車道につづく小道を歩いています。


「おはながいっぱいさいてます。ことりもチュンチュンないてます」



 道端の花や小鳥のさえずりに夢中になっているうちに、メアリーは道に迷ってしまいました。


 辺りをキョロキョロしながら、車道につづく道を探しました。


 でも、どんなに歩いても、見つけることができません。


 とうとう、疲れはてて、草の上に座りこんでしまいました。


 すると、突然、空が暗くなって、雨が降ってきました。


 メアリーも人形もびしょ濡れです。


 怖くて、寒くて、メアリーは泣いてしまいました。


「ママーッ! ママーッ!」


 メアリーのからだは冷えきってしまい、歩く力もありません。


「……ママ」


 メアリーは、道に倒れると、意識を失ってしまいました。――



 ――メアリーは、おうちのベッドに寝ていました。


 おばあちゃんは、心配そうにメアリーの手を握ると、


「こんな雨の中、どうやって一人で帰ってきたのかしら……」


 と呟きました。


 人形はベッドの下で、まるで死んだようにぐったりしていました。


 人形の顔も、白いドレスも、泥で汚れています。




 ――玄関からベッドまで、人形の足跡しかありませんでした。

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人形と話す子 紫 李鳥 @shiritori

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