第3話「要は他人を人間扱いするなんてさ、できないんだよ」

 真実とは時として滑稽であり残酷であり何より大抵の人間がつかみとれないものだ。して、水子は真実をつかみとった。すなわち、ゲリラ豪雨の夫はマジでイケメンであるという驚愕の真実だ。


「乗るしかないこのビッグウェーブに」


 金子は大真面目な顔で言った。ちょっと笑えたので水子が苦笑すると金子は猛然とまくしたてた。


「いや、マジだよマジ。マジマジアルマジロー。投資もそうなんけど流れってのがあるからね。あの人の旦那どちゃくそイケメンじゃん。美貌罪で逮捕勾留起訴判決実刑のストレートパンチになってもちっとも不思議じゃないね。あの人に教えを乞えば私らだってペペロンチーノ伯爵、るるる王、ドン・タコスのような世界三大美丈夫級のイケメンを旦那にできるってことだよ! 奇跡輝いてる!」

「そんなに上手く行くかなあ。夢みすぎじゃない?」

「夢をみていることは認めよう。しかし今から私は夢をみるのをやめる。みるのではなく叶えるのだ」

 金子はえいえいおーと気炎をあげた。





   ○○●




 そんなわけで次の休日、二人は殺人的陽光に晒されながらメメント・森(仔狗川店)に向かった。昨日の仔狗川では陽光(住所不定・無職)の犯行により五人の超後期高齢者がヴァルハラに旅立っていった。残念ながら片道切符だった。


 二人が汗だく濁々で中に入ると、たくさんの婦女子がたむろしていた。そのせいで店内には暴徒寸前といったような空気が蔓延していた。墓穴待ちだろうかと水子は思った。


「いるっあっしぇいまっせえええ」


 バーコード禿オヤジの浅墓が手もみしながら駆け寄ってくる。例によって満面の笑みを顔面にはりつけていた。


「あの婚活のことで――」

「結婚、結婚ですね、結婚はいいですよ、結婚は素晴らしいですよ、人生を豊かにしますよ、幸福の象徴ですよ、社会的人間の要件ですよ、人生の墓場ですよ、結婚はいいですよ」

「だから人生墓場アドバイザーのゲリラ豪雨さんに会いたいんですが」

「八時間待ちになります」

「八時間⁉」


 金子は素っ頓狂な叫びをあげ、店内を見回した。店内にいた女性の大半が二人に視線をやる。水子は店内に満ちているものの正体を理解した。それは結婚・出産をしていない劣った社会構成員として蔑まれてきた性染色体XX型保有者のルサンチマンだった。


「でも前に来た時はすぐ会えたのに何があったのですか」

「どうやらSNSでゲリラ豪雨のことが爆発的に広まったらしくて。今週あたりからたくさんの砂糖に群がる虫けらのようにお客様がいらっしゃるのです」

「お前ものの言い方ってのあるから気をつけろよ」


 バーコード禿オヤジのくせに浅墓が爆弾的毒舌をふるったので、金子が老婆心ながら忠告した。


「それで如何いたしますか?」

「予約ってできないんですか?」

「ご予約ですと八年待ちです」

「どう考えても待ちすぎだろ。婚期もくそもないな」

「別の方ならすぐにご案内できますが」

「どうする?」と水子が尋ねると、「まあ世の中臨機応変だよね。こーゆーときに女子力ってやつが試されるんだよ」と金子が同意を示した。





   ○●●





 さて。

 というわけで二人はゲリラ豪雨を諦めることにしたわけだが、浅墓が紹介するのは別の人生墓場アドバイザーではなく、というか人間でもなく近くにある結婚相談所だった。「系列店なんです」と浅墓は説明した。

 紹介カードは割引券にもなっていたので、二人はそのまま素直にその結婚相談所であるウルトラハッピー・マリッジ(仔狗川店)に向かった。


「いらっさいませえええ」


 二人が店内に入ると、フル化粧マダムが満面の笑みをはりつけて駆け寄ってきた。ネームプレートには「深鍋」とあった。


「お客様、ごごごご来店は初めてあらせられますでしょうか?」

「はい、私は初めてです。婚活のこと訊きたくて」

「同じく」

「かしこまりました。ご来店ありがとうございます! 結婚、結婚はいいですよ、結婚は素晴らしいから結婚は絶対にした方がいいですよ、結婚するだけでまともな人間扱いされますよ、子どもを作成すれば盆栽レベルの趣味で楽しめますし、老後の心配もしなくてすみますよ、結婚しないなんて人間として損してますよ」

 

 それから二人は個人情報を漏洩し、深鍋からウルトラでハッピーでパーフェクトなフューチャーをつかみとるためにうってつけな婚活プランの説明を受けた。婚活プランはとても上手にパッケージングされていて、強迫観念にかられる愚者の購買意欲をかきたてるものだった。


「でも正直なかなか理想の相手を見つけるのって難しいですよね?」

「必ずしも否定はできません」


 パッケージングの誘惑に辛うじて抵抗した金子が現実的な疑問を呈すと、深鍋は満面の笑みをはりつけたまま頷いた。


「ですが確実に理想の相手と結婚する方法はございます」

「そんなのあるんですか?」

「はい。古来よりものづくりに秀でた我が国では、理想の相手がいなければ作ればよいと考えられ、現に実践されてきました。弊社ではその伝統に則り理想の相手を育成して結婚するサポートをさせていただいております」

「その手があったか」


 金子は思わずといった調子でパチンと指をならした。


「この紫プランは大変多くのお客様にご満足いただいております。なにぶん子どもを一から育てるわけですので時間と費用はかかりますが、それだけの価値があるプランです」

「お金なら大丈夫です。こう見えても仮想通貨やっているので」


 仮想通貨に投資して利益をあげているかどうかは見た目では判別がつかないため、金子の説明は意味のないものだったが、それでも彼女が仮想通貨により高所得であることは事実だった。


「あの、その子どもってどういう子なんですか?」

「弊社が責任をもって見つけさせていただいております」


 水子の問いに、深鍋は相変わらず満面の笑みを作り続けた。


「それでもしその子が自分のことを好きになってくれなかったらどうするんですか?」

「そのようなことはございません。そのための教育ですから」


 水子の問いに、深鍋は相変わらず満面の笑みを作り続けた。


 水子はそれ以上質問をするのを止め、紫プランではなくごくスタンダードなプランを選択した。一方の金子は意気揚々と紫プランを選択した。深鍋は満面の笑みを作り続けていた。





   ●●●





 さて。

 ウルトラハッピー・マリッジ(仔狗川店)を出ると文明の利器による冷温の恩恵は綺麗さっぱりなくなり、茹だるような蒸し暑さと斜陽が二人を歓迎した。ちっとも歓迎になってなかった。

 オレンジに沈みゆく街はいつもより鮮やかで、絵画めいた感傷を水子に与えた。世界は美しかった。けれど二人はまだ満たされてなかった。


「ねえ、紫プランって大丈夫なの?」

「大丈夫って何が?」

「だって子どもを育てて理想の相手にするとかそりゃ上手くいったらいいけど子育てなんて大抵は失敗するようなもんでしょ。なのに確率の低い方に賭けて博打しようなんて馬鹿のすることじゃない? というか子どもを自分の欲望のために利用するなんてその子の人格や尊厳を認めてないってことだし、そうやって結婚相手にするのもよくないことでしょ。私達は同じ人間なんだから相手にも自分と同等の人格と尊厳を認めてあげるべきなんじゃないの?」

「そんなの建前でしょ。社会の教科書とかみんながみんなちゃんとした人格をもって合理的理性のもとに合理的行動をとることを前提として社会が成立するとか言うけど全然嘘じゃん。嘘だよ。だって男は家庭内労働や性欲解消のための都合のよい奴隷かアクセサリー程度にしか思ってなくて、女は身長とか年収とかが一番大事でやっぱりアクセサリー程度にしか思ってないんでしょ。男女じゃなくても住んでいるところや顔とか学歴とか好きなものとかさ。そういうので差別するでしょ。自分以外と区別するでしょ。もちろんそうじゃないこともあるかもしれないけれどほとんどそうじゃん。要は他人を人間扱いするなんてさ、できないんだよ。他人は自分と同等じゃないんだよ。だからいいじゃん。子どもで理想の相手を作ったって普通だよ普通。コンビニでジュース買うくらいありふれたことだよ」

「そこに愛はあるの?」

「あるよ、私のために相手に尽くす。これが愛だよ」

「そうなのかな」

「そうだよ」


 金子はあまりにも強く断言したので、水子は後に続く言葉を見つけることができなかった。だから水子は3.1415926535897932384626433832795と円周率を唱えた。特に何も変わらなかった。道端で子犬が死んでいた。特に何も変わらなかった。そして夜になった。特に何も変わらなかった。

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