第27話「習慣」
ものの三十分ほどしか経っていないのに限界へと近づいている現状に、直之は自身の活発すぎる腎臓機能にあきれ顔を浮かべた。
男女ひとつずつのトイレの男性側のみ使用中であり、直之はトイレの前で、トートバッグを片手に落ち着かない素振りになる。こういう場合にもう一方を使用できないことに、直之は当然とはいえ愕然とする。切実に
今回は、しかしまだそこまでの深刻さは呈していない。脳内で、一昨日観ていた
脳内での棋譜再生を始めてから五分ほどで、男性用トイレの扉がガタっと音を立てて開く。中年のサラリーマンらしき男に直之は視線を向けるも、男は目を合わせることなく立ち去った。
トイレから出てきて誰かが待っていた場合、ちらりとでもよいのでその人のほうを見てほんの少しのお辞儀をするというのが、直之にとっては当然の習慣だった。直之の場合、排尿に限らず総合的に排泄の頻度が多く、時として長時間の滞在を余儀なくされるケースも珍しくない。そのため、こういう場合におそらく常人よりもトイレを占有してしまう可能性の高いことを、直之は自覚している。罪の意識などというのは大げさだが、待たせたことへのお詫びとしてのささやかなゼスチュアという習慣は、だから直之にはごく自然なものだった。
今のサラリーマンに限らず、そうした振るまいをするという発想が少しもなさそうな人間が世の中にはあふれていると感じ、直之はごく浅いため息をついてからトイレに入った。
席に戻り、飲みかけのアイスコーヒーのグラスに右手をかけた。
きりりと冷たい刺激とともに、直之の五本の指に水滴が付着した。無意識だった。それまでは偶然とはいえ、ストローに指を添えて飲んでいたので、気づくことのなかった要素。
水滴は涙みたいだと、直之は思う。
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