第17話「声色」
『
変わらずと言っても、前に来たときがどういう佇まいだったか定かではないのだが、六年前と同じ場所に存在していることに泰は安堵を覚えた。まっすぐ帰宅して休んでもいいところを、不要な嘘のために遠回りしてやってきて、もし閉店でもしていた日にはえも言われぬ悲懐に覆われるところだった。
「いらっしゃいませ」
扉をあけて中に入ると、アルバイトらしき若い女性店員が頬をゆるめて挨拶する。
奥にカウンター席が五つ、中央に集団のテーブル席が一つ、右方に一人ないし二人用のテーブル席が二つ、左方に三人ほど座れそうなソファー席が配置されている中で、泰はほんの刹那だけ悩み、ソファー席に腰かけた。他に客がいないので、広い席に座ったところでさほど問題はないだろう。カウンターの奥に店主の男性がいるが、後ろを向いて洗い物をしている。
「お決まりになりましたら、教えてくださいね」
女性店員がお冷と長方形のメニュウ表をテーブルに置き、カウンターの奥へ戻っていった。
メニュウ表を眺め、腹も一杯だしのども渇いていない現状を踏まえた上で、注文を考える。店内の右方中央に置かれたCDコンポから、平井堅の『瞳をとじて』がオルゴールのメロディで流れている。
「すいません」
挙手すると、洗い物を終えて向き直った店主と目が合った。女性店員がお手洗いに行ったところだったので、店主が注文をとりにやってくる。
「お決まりでしょうか?」
店主のひと言をきき、泰は不意に意表を突かれたような気持ちになる。
いたって自然なその問いかけ自体には驚く理由などない。しかし、お決まりでしょうかと言うときの店主の声色が、予期していたそれにあまりにもぴったりと重なったことが、泰の胸をついたのだった。
むろん、店主の声色など記憶からすっぽりとぬけ落ちており、この店主にはこういう感じの声が似合いそうだと、たったいま遊び半分で予想しただけであった。低くて厚みがありながらも渋すぎないその声は、泰以上の短髪でやや面長の顔立ちをした店主に、確かにひどく似合っている。
「アイスティーください」
メニュウ表の文字を指しながら、穏やかな口調で注文を告げる。
「はい、かしこまりました。お待ちください」
店主が温和な微笑を湛え、メニュウ表を回収する。
店主がかけている
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