第14話「哀感」

内田修平うちだしゅうへい 対 山城宏やましろひろし

 テラスから戻ってきた友人に向けて、直之が機械的な口調で言った。

「ん?」

「明日のNHK杯」

 スマートフォンの画面を、泰に向けて提示する。

「あぁ、そういえば日曜か。明日」

 

 直之に会いに帰省する以外これという予定はなかったのだが、しばらく消化できていなかった有給休暇を組み合わせて十日も休みを取ったせいで曜日の感覚が鈍化しているなと、泰は苦い笑いを浮かべた。男性店員がやってきて、空の容器をお盆にのせて回収する。


「なんかパッとしないカードだな」

 泰が、チノパンのポケットからスマートフォンを取り出していじり始める。

「山城宏は、結構好きだよ」

「へぇーそうだっけ?」

「じっくりした碁、打つんだよね。後半追い込み型」

「あぁー、ナオが好きそうな感じだな」

 スマートフォンから視線をはなし、泰の苦い笑いがくっきりとした笑みにシフトした。


「ヤスは最近、打ってないの?」

「全然。周りにやる人いないし、学校に囲碁部もないからなぁ」

「そっか。それに忙しいだろうね、学校の先生は」

 試験問題の作成などに追われ、二、三時間の仮眠でごまかして乗り切っているときもあると、前回会ったときにこぼしていた。

「まあ、俺はナオほど熱心に囲碁やってたわけじゃないからね。相変わらず頑張ってんの?」

「ん……まっ、ぼちぼち。でも、前ほどやってないかな」

 直之の声は会うたびに哀感を強めていく気がするなと、泰はふと思う。奥のテレビから、常総学院が龍谷大平安をくだして準決勝進出を決めた様子が目にはいる。


「今度、松本行こうかな」

 うしろを向いて野球中継を眺めながら、ぼんやりとした語り口で言った。

「なんだよ、突然」

 卒爾そつじな話題転換に、泰は思わず半笑いを浮かべる。

「ヤスがどんな場所にいるのか、興味あるから」

 正面に向きなおり、おしぼりで手を拭きながら答える。

「くだらない街だよ、松本なんて。駅前から見渡せる景色、それが松本のすべてですな」

「ずいぶん狭い街だこと」

 爽やかな外見に似つかわしくない泰の毒舌は、学生のときから時折見うけられるが、それをきくたびに直之はなぜか穏やかな気持ちになる。


「そろそろ行くか」

「そうだね」

 家に帰る前にどこか別の喫茶店に寄って行こうかと考えながら、直之は伝票を手に取り立ち上がる。

「あ、払っとくよ」

 泰が、直之の手から伝票をさっとぬき取る。

「サンキュ」

 そういえば、本屋で会ったときにそんなことを言っていたような気もするなと思い出した。


 サンモール商店街は、先ほど通ったときよりもいっそうの賑わいを呈していた。学生風のカップル、子連れの夫婦、外国人観光客、徒然つれづれを持て余した様子の老人。歳も風貌も性格も様々な男女が行き交うさまは、直之にとっては見ていて気楽なものであり、泰にとってはどうでもよい類のものだった。


「今日はこれからなんかあるの?」

 中野駅の北口改札をICカードで通りぬけながら、直之が尋ねる。

「あぁ、ちょっと夕方からゼミの連中と飲みがね」

「院のほうの?」

「そうそう。ナオは?」

「なんもないよ。でも、ちょっとゆっくりして帰るかな」

「好きだなあ、ホント」

 

 直之がこういう場合にちょっとゆっくりとか、もしくはのんびりしていくとか口にするのは別の喫茶店に足を運んでしばし休むことと同義であることを、泰はよく知っていた。好きだなあとつい言ったものの、進んでそうしているわけではなさそうなこともまた、泰は不意に感じ取ってしまうのだった。


「じゃ、またな」

「ああ。頑張って」

「そっちもな」


 中央線のホームへ続く階段を、泰が駆け足で上がっていった。

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