第9話「店員」

 割烹着かっぽうぎを着た女性と、それに併せて“懐古洋食屋”という文字が入り口横の壁にペイントされたその店は、名前のとおり郷愁を誘われるような昭和的な風致の漂う外観をしていた。

 都会的とは言いがたく、しかし妙な田舎くささもない均衡のとれたその佇まいには、直之のように個人経営の良質な飲食店の開拓に熱心な人でなくとも、思わず足をとめてしまうことだろう。


「お先に、食券のお買い求めからお願いしまーす!」

 社員と思しき三十手前くらいの男性店員の快活な挨拶が、二人の耳に届く。

 

 この金髪くん――名前を知らないが、いつでも変わらぬ金髪ヘアがトレードマークらしく、直之は勝手にそう名づけている――の接客はいつ来ても店内で随一ずいいちだなと直之は感じ、久しぶりに来ても彼の壮快さは少しも変わっていないなと泰は思った。この店員の金髪は、夜の街でだらしなく手首や指をしなわせながら、通行人を眺めている男たちのそれと比べてずっと見栄えがいいと、直之はいつも感懐を抱く。


 券売機に千円札と百円玉を入れ、直之は八百八十円の“オムハヤシ”と、百五十円の“大盛り”のボタンを押す。ピーっという無機質な音とともに、食券とお釣りがジャラっと落ちてくる。泰も、あとに続いて同じ内容を購入した。

 店内は一階と二階があり、一階はカウンター席、二階はテーブル席にわかれている。ちょうど真ん中どころのカウンター席が二つあいたためそこへ腰かけ、向かいに立つ女性店員に食券を差し出す。


「オムハヤシの大盛りがお二つですね、ありがとうございます」

 女性店員が微笑をつくり、二人の注文を確認する。


「お願いします、大二丁だいふたちょう!」

「はい、ありがとうございます!」

 女性店員がスタッフ向けの言いまわしでオーダーを告げると、奥にいる金髪くんが即座に彼女と二名の客とにまとめて爽やかな礼を返した。


 店内は決して広々としているとはいえず、十ほどのカウンター席の向かいに、厨房が仕切りも目隠しもなく堂々と展開されるというなかなかに珍しい形式の内装だ。

 手前に接客担当が二名、奥に調理担当が二名の四名体制。先の金髪くんが、巧みな手さばきでフライパンを操っている。


「全部さらけ出せるっていうのが、すごいよなぁここは」

 厨房に視線を向けながら、手前の接客担当に聞こえないくらいの声量で直之がつぶやく。

 

 泰が、隣に座る直之のほうを見る。やや長めの、さらさらの黒髪に見え隠れするぱっちりとした直之の瞳はたしかに厨房を見てはいるが、意識そのものはどこか遠いところに向けられているように思えた。天井のスピーカーから、ピーター・ガブリエルのご機嫌な歌声がきこえる。


「おっ、もうすぐできそうだな」

 そのまま会話を続けていたらいたたまれなくなりそうな気がして、泰はつい話をそらす。そうさせてしまったことをわずかに悔いるように、直之は前髪を指でいじっている。


「お待たせしました、オムハヤシ大盛りを二つですね」

 接客担当の女性店員が金髪くんと同種の壮快さを携え、前から料理を出してくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る