第8話「昼間」

 横断歩道を渡ってそのまま直進し、右手にサンモール商店街、左手にブロードウェイが広がるブロックのどちらにも曲がらずにさらに直進すると、飲食店を中心に豊富な店舗が立ち並ぶ路地がある。

 

 中華にカレーにうなぎ料理にタイ料理など定番かつ多国籍なラインナップは、平日にはいずれもサラリーマンご用達で――うなぎなどは高額なイメージだが、千円以内で結構なヴォリウムの丼物を食べられる――賑わいを見せているが、土曜日だからか、直之や泰のような軽装をしていかにも休日を楽しみに来たという顔をした集団や、あるいはたまたま通りかかって昼食の場所に迷っている様子の一人のほうが多かった。


 夜になれば、若作りをした中年女性が露出度の高い服を着て入り口に立っている――しかし、無闇に声をかけてきたりはしない――フィリピンパブやら、あるいは髪の毛を金や赤に染めて浅薄せんぱくな雰囲気を丸出しにした若い男が品定めしながらうろついているようなキャバクラ店やらもあるが、今の時間には鳴りを潜めている。昼間の中野は優等生みたいだ。

 

 それって新宿とか渋谷とか、ほかの街でも同じじゃないのと、かつて美咲はいた。

 昼はおとなしく、夜になったらあれこれ動きまわるのは確かに中野に限らず、そもそも現代人の多数がそういう習性を備えているだろうから当然だと思う一方、でも中野という街のそれは、やはり何かほかとは違った空気や感情が流れているように直之には思えた。直之は、だから夜の中野のこうした路地を歩くときは、ほかの街を歩くときよりも少しだけ慎重になる。


「相変わらず客多いなぁ」

 路地の突き当たり左側に位置する洋食屋は、店に入りきらない客が五名ほど、扉の横に待機している。扉も窓もガラス張りなので店内の様子は外からでもそれなりに見え、券売機までの数メートルの間隔にすでに何人もの男女が待機している。


「この時間だからねぇ」

 泰の形式的な感嘆を受け、直之も同様の反応を示す。平日でも、休日でも変わらず盛況を呈しているこの店のすごさは本物だ。


「待つ?」

「回転早いからね。十分もすれば入れるでしょ」

 直之の経験則によれば、この店に関しては中に入るまでに、どんなに待っても十分か十五分ぐらいのものだった。扉が空き、大学生らしき男性客二名が女性店員の挨拶を受けて退店する。入れ替わりで、先に待機していた中年夫婦らしき男女が店員の誘導で中に入った。


「相変わらずよく来てんの?」

「そうだねえ、週三は固いかな。先週の土曜日は昼と夜で二回来たしね」

 五年ほど前に見つけて以来、この店は直之にとって一番の行きつけだ。

「一日に二回、同じ店に行くっていう発想が俺にはないな」

 なじませる程度にワックスをつけた爽やかなショートヘアを掻頭そうとうしながら、泰が半笑いを浮かべる。


「二名様どうぞ、お待たせしました」

 待ち始めてから八分ほどで、女性店員に呼ばれて入店した。

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