第2話「厄介」
立ち上がり、直之はカーテンをあける。
オフホワイト色の遮光性にすぐれたそれを左右に寄せると、まばゆい光が粗暴なまでに部屋全体を覆った。
いくばくかの眠気や、もう少し眠っていたいという感情を払拭するために、手早く朝陽を取りこむ。今日が雨天でなくて良かったとほっとした。
自室を出て、直之は用足しに行った。二時間ほど前にも行っていたが、尿の再生成には十分な時間だ。
直之は、常人と比べて排泄の間隔が短い。起きているときでも、一、二時間経てばトイレを欲することが常であった。最大限に努力すれば四時間ほどは持たせることが可能だが、それ以上の我慢は悲劇と隣り合わせのスリル満点ゲーム的な様相となる。そのため就寝中も熟睡できることは少なく、二、三度目覚めることがほとんどだった。
洗顔や歯磨きを済ませ、部屋に戻って寝間着を脱ぎ、外出着に着替える。
ユニクロで買った当たり障りのない黒のTシャツと、履き慣れたブルージーンズ。深淵な藍色が
何本か試着したなかでこの色が一番似合うと言い、美咲は顔をほころばせた。直之自身、ぱっと冴えるような青よりも、不意に少しばかりの動揺を覚えるような複雑な色あいの藍のほうが、自分にはふさわしいと感じていた。
安物のトートバッグを肩にかけ、WALKMANにつないだイヤフォンが首にかかっていることを確かめてから家を出る。
鍵をかけ、五、六度ばかりドアノブを揺らしてみる。それでもなお不安がり、直之は再び五度ほど揺らす。一呼吸おいてさらに五度。ドアノブから直之の手が放れるまでには、いつも十分は要する。しだいに右手が汗ばみ、じわりと嫌な感触がひろがる。
無駄なことだという自覚はあった。正しく施錠されているかどうかだけが問題ではない。ドアノブとの十分間の結びつきが自分自身を構成する一要素であるかのような、かつそれを怠れば、頭の片隅でもやもやとした感覚がこびりついて離れないような厄介で馬鹿げた観念を、直之は中学生のころから形成していた。
ようやく事を終え、エレベーターで地上へおりて外に出ると、
土曜日の空は、直之にはまぶしすぎる。
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