第12話 石碑
二人でより添って歩く。見上げると、彼の瞳はこちらを伺っていて、伏せられた銀のまつ毛の間から垣間見える優しい薄紫に心が満たされるのだ。
ホテルの庭だとは思えないほど、濃淡のある緑の葉は様々な様相で、樹海の一部を切り取ってそこに持って来たようだ。圧倒的な緑と草いきれの中、そこに存在する葉一枚にしてもエルメンティアにはない複雑な形をしており、興味を惹かれる。十字島の緑とも似ているようで似ていない。
ただ、不思議な気分の幸福感は紫苑城の狭間の庭を二人でたゆとう様に歩いている感覚には似ていて、繋いだ手を時折確かめながら、にぎにぎする私にザクがくすりと淡く笑う様子がうかがえた。
「なんか、エルメンティアで庭を散歩をしている時みたい」
「フィーはエルメンティアに帰りたくなったのではないか?」
「ううん、まだ来たばかりなのにそんな訳ないでしょ。だって、ザクと一緒にいられて楽しくて仕方ないのに」
ふふっと笑い見当違いのことを考えるザクの顔を見上げる。
「それならば良いが・・・」
「私ね、ザクと一緒に居られれば、ほんとはどこにいても幸せなんだけど、今は二人だけでいられてザクを独り占めできて、幸せすぎて困るくらい。それにはじめての他国の二人旅行はとても楽しいな」
するとザクはゆっくりとした動作で膝を折り屈んで私を抱き寄せた。
「フィーの幸せは私の幸せだ。私の心はフィーだけのもの」
「うん、ありがとう。私も同じ」
私はザクの顔に自分の頬を擦り寄せた。そう、彼は遠い記憶の狭間の中でもいつだってそういってくれた。
遥か彼方の、今の私でない私にもそうだった。まるでものの分からない幼かった私にもやさしく繰り返しそう言った。
暫くして頬を離そうとした私にそっとまた顔を近づけ、形の良い彼の唇が私の唇にそっと押し当てられ離れた。祝福のようなそれでも、顔が火照り身体もほわりと熱くなった。
そのまま、手を繋ぎなおし石碑に向かって庭の散策を続ける。
目当ての石碑はホテルの庭の奥にあった。
ややして、何かに気づいた様にザクが私を引き寄せ、腕の中に囲う。
「あちらからの出迎えのようだ」
「え?」
南国の樹木が風もないのにざわめき始めると、どこからともなく太鼓の音が響き始めた。
ゴオオオオォォォォォォォォォッ―――――――――――――――
竜巻のような暴風が吹き荒れ、深緑の葉がかき混ぜられるように千切れ飛び、ザクの手で目が塞がれた。
「大丈夫だ。これは幻影。過去の記憶。そして思い・・・」
彼の手が外されると、目の前に広がるのは、台地を踏みしめ音を鳴らし、体を叩きながら鼓舞する戦士達の姿だった。これはこの地の記憶なのだろう。
そこには身体に色鮮やかな刺青をまとう戦士たちが武器を手に激しく戦う姿が土煙にけぶって見え隠れした。
誰の目線なのか、流れて行く幻影と共に見知った者の姿が垣間見えた。はっとして傍(かたわ)らに立つ大切な人を見上げる。髪型や身に着ている装備等、今とはまるで様相が違っても誰だと分からないわけもない。
―― 時は過ぎたが、未だこの世に留まる者よ、戦の折は世話になった。この地は守られたのだろう。
ぶわりと空気が舞い上がり、名残惜しむような儚い気が周りを包む。
「ザクにありがとうって言ってるみたい」
「礼を言われるのもおかしな話だ。それにもう良いのだ。この地はそなたが居なくても、皆が育てて行くだろう」
何処かに向かってザクが声をかけると、全てのざわめきが無音となり、そして戻ってきた。
言葉に強弱もなく、淡々と話す彼の声は、それでも私には優しく感じられた。願いのように。
「ずっと心配でこの地を守っていたんだね・・・」
「ああ、だがそういった濃密な思いは何かしら淀みを呼び込むのだ。今回の事もそうだろう。私は呪術師が地に縛られたままでいて欲しくはなかった」
「うん」
多くの人々の命が失われた場所は、まだこの大陸に多く残る。それに触れる時には痛みや切なさが伴うけれど、ザクと二人なら、私にも何かしら出来る事や、足りない事を見つけられるのかもしれない。そんな風に思った。
まだ、旅は始まったばかりだ。
ど庶民の私、実は転生者でした レアな浄化スキルが開花したので成り上がります 【WEB版】 吉野屋桜子 @yoshinoya2019
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