第21話 竜の眠りが扉を開く3

 あれから二週間近く経つ。私はあのまま二人の姉弟の家にお世話になっている。二人の家は近くの農家だった。


 私が今居る場所は、やはりエルメンティアのある四大陸(オリジェント)の世界とは違う様だ。どういう具合なのか、言葉は解るのだが文字は読めなかったし、東の大陸とは明らかに違う様相だった。


 そこから少し離れた集落にある建物も前世の言葉で言えば何というか、和洋折衷で中華風という具合に見えなくもない。ちょっとずつ何かが違う感じだ。


 こんな風に知らない土地で優しくされるというのは本当にありがたいと思う。人の真っすぐな気持ちは心に沁みる様だ。私を拾ってくれた二人の家は貧しかったけど、一緒に暮らして居る二人のお父さんもお母さんもおばあちゃんも温かかった。こういう感じの家族というのは理想かもしれない。


 私が寝かされていた納屋は、近くに住んで居てやはり農家をしていた人の農作業用の納屋だったらしい。その持ち主の家にはもう人が居ないので放置されて居る様だった。


 あの時、二人は偶々私を見つけて、近くにあった使われていない納屋に取りあえず私を寝かせたのだ。服はアレだったので、姉弟のお古を持って来ててくれたらしい。


 あれから、お父さんとお母さんに事情を話して家に連れて帰ってくれた。


 姉弟は、姉がレアナで弟がカントという名前だった。二人はある日、池の近くで遊んでいた所、そこに私が突然現れたのだという話をしていた。


 その時、私は青い光に包まれて空中に現れ、静かに湖のほとりに降りると光が消えたのだという。


 どうやらその時点で既に私は子供の身体になっていた様で、私の身体は大人の女性の服に包まれてあったそうだ。その服を見せて貰うと、間違いなく私があの日着ていた服だった。


 つまり、18才の身体に着ていた服は身体が小さくなればブカブカになる。靴やタイツはすぽっと脱げてしまい上はそのまま残った感じだろうか。どうしようそれをザクに見られたのだろうか。


 私の身体には守護の装飾品が付いたままの状態だった。指輪等もサイズを小さくしてそのまま指に嵌っていて、石が異常に大きく見える。子供の小さな指にごろんと大きな赤い魔法石が付いた指輪があるのだからとても変だった。


 大袈裟な装飾品を小さな子供が身に着けているというのはおかしいと思うのだけど、こちらの世界の貴族の常識では裕福な貴族の子供は幼い頃からそういう物を身に着ける様だ。


 だから私は貴族の子供なのだろうと、この家の人も思った様だ。この世界では髪や目の色は様々な様だ。


 私の金の混ざった様な緑の瞳の色が珍しいと言われたが、私はザクの様に飛びぬけて美しい容姿を持っている訳では無いのでこういう時には平凡なのが目立たなくて良い。こちらの世界でも美醜の感覚はエルメンティアと似たり寄ったりなのかも知れない。


 この家の皆は私の事を心配して何か聞き出そうと色々聞いて来たが、こちらとしても答えようが無く、


 『よくわからないけれど、年の離れた兄といっしょにいたのに、いつの間にかはぐれた』


 的な事だけ言っておいた。こういう時に子供の身体だと『わからない』で済むからありがたい。


 とにかく、私はザクを早く探したい。私の身に着けている装飾品からは守護の魔力がちゃんと感じられるし、ザクの気配も微弱ながら感じられる。同じ世界に居るはずだ。そしてザクが近くに居ないのは何か理由があるはずだ。


 ザクが同じ世界に居るという事が分かって嬉しかった。彼の魔力が私を守っているのが分かるし、私がザクを思って呼びかけると温かい何かが感じられるのだ。彼との繋がりがちゃんとある事を感じて元気が出た。私の大切な人を探しに行こうと目標が出来た。


 こちらの国の事を色々聞いて解った事だけど、この世界には様々な異種の生き物の国があるそうだ。その中でもここは竜人ばかりが住む、竜人国のディスカードゥルーズという国だという事だった。


 竜人の国ということになると、ここに来たのはどうもセルバドさんに関係している事なのじゃないかと疑う。


 そして、この竜人国では今、色々な問題が起っている様子だ。


 家で大人達の話している事を聞いていると、どうやらこの国では王族と神家の勢力争いがあるようでとても心配している様だった。現在の王の何番目かの王子の番が神家の娘だとかで、今世の王の時代は荒れるだろうと言われているそうだ。


 おばさんが私の事は、村の役所に迷い子がいると届け出たそうで、それを聞いてマズいなと思ったが自分ではどうしようもない事なので、『ありがとう』と言うしかなかった。心配してくれての事なのだ。


「フィアラちゃんは、貴族の子供だろうから、きっと家の人が探しているから直ぐに帰れるよ。もしかしたら魔力の事故で何かが起ったのじゃないかね」


 なんておばさんが言うのだけど、自分はこちらの者ではないし、探してくれるのはザクしかいないので、そんな事は起こらない。


 竜人の子供は、特徴と言っても人と同じで外見だけでは分からないので、皆、私を竜人国の貴族の娘だと思っている様なのだ。竜人は成人すると魔力の多い者は竜体に成れるそうだ。それと身体の一部を竜化させ強化する事も出来るらしい。


 この貧しい農民の村には強い魔力持ち等は居ないので、そういう力を持つ竜人を見る事は無かった。


 けれども数日後、思わぬことが起きたのだった。


 私の迎えが来たのだ。


 畑でレアナとカントと一緒に野菜を植えていると、家からおばさんが走って来て、私の迎えが来たと言う。そんな馬鹿な話はないだろう。何か不味い事の前触れじゃないだろうか。


 でも嫌がってもおばさんが手を引いて家に連れて帰るので仕方がなかった。取り敢えずそこに行くしかない。


 そして、家の前にはどう見てもこの辺りとは全くそぐわない中華風の四頭立ての馬車と、兵馬俑の兵士の様な服装の一団が馬を降りて膝を付き頭を下げている。そしてその中の一番前に居た白い服の人が立ちあがり声をかけて来た。


 その人は騎士の格好ではなく白い長衣の衣裳を着ている。衣裳はやはり前合わせの中華風的な物だった。

その声の感じから女性と思われる。


「神殿よりお迎えに参りました。神官のレンティール・エメ・マルティエでございます」


 雪よりも白く美しい純白の長い髪に、ハチミツを透かした様に澄んでいる瞳を持った人だった。その薄い色の瞳に黒い縦の亀裂が入っていて、私を目にした途端、収縮するのが分かった。


 竜の瞳だ・・・その瞳は見ている間に、普通の人の目に戻った。私を視るのに竜の力でも使ったのだろうか?


「マルティエって言えば、神家じゃないか・・・そんな所からお迎えなんて・・・」


 おばさんが驚いてそう言った。


「えっ、フィアラどこかに行っちゃうの?ダメだよここに居てよ」


「カント、フィアラちゃんはお迎えの人が来たら家に帰らなきゃだめなんだよ。家の人が心配してるからね」


 いやいや、家の人じゃないし、どういう状況なのかよく分からない。


 すると、レンティールはこう言った。


「聖なる御使い様が神殿に降臨され、その時に分かれて別の地に行かれたらしい貴女様をお探し致しました」


「みつかいさま?」


「はい、銀の御髪を持たれた御使い様で御座います」


 ザクだ、ザクの事だと思った。目を見開いた私を見て、小さく頷いたレンティールという人は大きくも小さくもないけど、よく通る声でこう言った。


「神殿の巫女が、貴女様の事を探すように神託を受けたのです」


 この人の言っている事はあまりよく分からないし、どの程度信用できるのか分からないけれど、ザクに会う事が出来るのだったら藁にも縋る思いの私には行って見る価値のある話だ。


 実は飛ばされて直ぐには魔力が使えなかったのだけど、今は段々魔力が戻っている。身体が元気になって来て、私の魔力が戻って来たのだ。身体が小さいのでどの程度使えるかは分からないけど、少しは心強い。


「あの、彼はどうしているの?どうして彼が来ないの?」


 性別を言わなかったレンティールに敢えてそう聞いた。


「ずっと、眠っていらっしゃるのです。神殿では御使い様の目を覚まして頂くにはどうすれば良いのか神殿の巫女に宙(そら)に問わせました」


「・・・それで?」


「御使い様は貴女様を連れて戻ればいずれ目を覚まされるであろうと神託が出たのです。貴女様のお姿が水鏡に映り、方角も占われました。それに重なり、尋ね人の貴族の少女という連絡があったと聞きましたので確認に来たのです」


 話を聞きながら心配になった。眠ったままだなんて、もしかしたらザクは私を守る為に魔力を使いすぎてしまったのだろうか?とにかく行ってみるしかない。


「わかりました、つれて行ってください」


 不本意ながら身体が小さいせいか、イマイチ言葉のキレがわるく舌足らずな感じだ。でも、それも少しずつ良くなってきていると思う。


「おせわになりました。とても良くしていただきました。ほんとうにありがとうございます」


 私は世話になった皆にペコリと頭を下げ挨拶をした。カントは男の子なのに泣いている。泣き虫だなあ。私も泣きそうになるからやめてよね。汚れた袖で目をこすると、レンティールに止められた。


「お止め下さい、お顔が汚れます」


 そう言って懐から出した柔らかい布で顔を拭いてくれた。見た目は怜悧な美人だけど、なんだかその手は優しく感じた。


 その後、馬車に乗せられて神殿に到着するまで、二日という日を要した。途中の街で湯あみをさせられ、服を着替えさせられた。馬車がガタガタ揺れるのでお尻が痛くなり、到着する頃にはレンティールに抱っこされて青息吐息状態になる。


 竜人は頑強な身体なので、あの程度の振動はなんともないらしいと分かった。


 この小さい身体にまだ慣れない所に、鬼畜仕様の馬車に乗ったのは痛かった。



 

 



 

 

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