第20話 竜の眠りが扉を開く2
十字島のセルバドさんの屋敷に到着すると、セルバドさんはベッドの中で眠っていた。
セルバドさんの屋敷は、昔、火喰い竜達がドワーフのおじさん達に家を建てる様に頼んでくれて、それで建てられたのだそうだ。屋敷の中は、男の一人暮らしのせいか、かなり簡素だった。何て言うか生活感があまりないと言うか、飾り気がないのだ。
その屋敷の周りは火喰い竜の赤い鳥バージョンの皆が取り囲んでいた。皆心配そうに身を寄せ合ってひしめいている。
アカイノは私の傍を落ち着かない様子でウロウロしていた。
「グゲグゲー、ググウー」
「うん、心配だよね。私も心配」
アカイノをなでてギューギューした。モフモフの赤い羽根がぬくくて気持ちいい。とても落ち着いた。
「よその男の寝所に、フィーを入れたくは無いが仕方ない・・・」
そんな事を言うザクに手を引かれて、セルバドさんの寝室に入った。
火喰い竜達は、屋敷の中のセルバドさんの異常に気付いて知らせてくれたのだ。彼は家の中で倒れていたそうだ。
セルバドさんはベッドで静かに眠っている。スヤスヤ眠っているというよりは、不吉な言い方だけど、永遠の眠りについた人の様に静かだ。
家の中で倒れていた彼を見つけた火喰い竜達が皆でベッドに寝かせたそうだ。そして、私は、彼の身体の中に白くぼんやりとした光を発する強い魔力の何かが感じられた。
「これは、なんとした事か・・・」
ザクが眉間に眉を寄せている。やっぱり良くない事なのだろう。
「ねえ、ザク、これ、取ってしまわないと駄目なんじゃないかな?」
彼の中の白い何かが彼の眠りを誘っている様に思える。それが身体に在る事で、彼は起きる事が出来ないのだ。
いや、彼がこの眠りを選んだのだろうか?
「だが・・・望んでセルバドが取り込んだ物を取り出すのは難しい。それに、」
この、白い物が、セルバドさんが古物商から購入した白い石なのかな?だけど、この白い物はセルバドさんの命を明らかに削っているようなのだ。
「で、でも、これ取らなくちゃセルバドさんが・・・」
急激にセルバドさんから何かが失われていくのを感じた私は慌てた。
駄目だ。
私は眠る彼の身体に思わず手を乗せた。
「フィー!」
「ぎゅぴーっ!」
慌てて、ザクが私の手を外させようとした時には、私は自分の魔力を彼に向けて流し込んでいた。
アカイノも何故か騒いでいる。
「うっ・・・」
その瞬間、この世界の魔力とは違う別の強い別の魔力に囚われたのを私は感じた。
「フィー駄目だ、止めろ!」
ザクは、私を抱きしめようとした途端、その白い力に弾かれてしまい、彼は私に触れられなかった。驚いて私を見つめる。
直後、私の浄化の力を吸い取る様に白い物は吸収し始めた。
目の前が急に真っ白になって行く。
でも直ぐにセルバドさんの身体から、白い欠片が煙となって噴出された事を感じた。ああ、白い物を取り出す事が出来たのだ。
「ザク・・・」
その時、自分達の頭上に真っ黒く口を開けた時空の裂け目が出来ていたのに私は気付く事が出来なかった。
バリバリと青い雷(いかずち)が屋敷中を切り裂いて走り回り、私にはザク以外の何をもが見えなくなった。嫌だ、彼と離れたくない。私は残った力を振り絞って彼に手を伸ばす。
「フィーっ!駄目だ、止めろ、連れて行くな!」
ザクが叫ぶ声が聞こえる。
ぐんぐんと吸い寄せる力を増したその黒い裂け目に、吸い込まれようとする私の右の掌を、強く彼が掴んだ。
長い銀糸が舞い踊り、荒れた時空の魔力に、彼すらも翻弄されている事に気付く。
このままでは、ザクを巻き込んでしまう。
けれど先程、私は大方の魔力を吸収されてしまった様で、もうほとんど身体の自由が利かなかった。
駄目だと思った瞬間、力強く引き寄せられ、彼の腕の中に収められたと気付いた時には、周りは真っ暗な、歪んだ時空の荒れ狂う嵐の中だった。
「フィー!フィーっ、大丈夫か?」
「・・・」
声を出したくても、出せなかった。身体中が強い力で押しつぶされようとしている様に軋む。目を開けていられない。
ザクは大丈夫なのだろうか、ザクを見ようとしても何も見えなかった。ただ、彼に抱きしめられている事だけは分かった。
「ああ、このままではフィーが!」
その時、突然に身体中に灼ける様な痛みが走り始める。身体がバラバラになりそうだ。そう言えば、セルバドさんの異界渡の話では、彼ですら死にかけたと言う話を思い出す。
彼もきっと、とても苦しかったに違いない。気が付くと私は悲鳴を上げていた。その引き裂かれるような甲高い声を自分が発している事に気付いたのは、私の頬に何か温かい雫が落ちてきたからだ。
やっと、目を開ける事が出来た。前後左右、どこが上なのか下なのか分からない暗闇の筈だけど、私にはザクの顔がはっきりと見えた。
彼が涙を流している。その雫が私の頬に落ちているのだ。何という事だろう、彼が涙を流しているのだ・・・。
「大丈夫だ。もう少しの辛抱だ。いい子だ・・・」
白く長い指で、ザクは私の頬を撫でてくれた。ああ、ザクは大丈夫なのだろうか・・・。
急激な眠気に襲われ、彼の美しい薄紫の瞳が優しく笑ったのを見て、私の意識は暗闇に落ちて行った。
※ ※ ※
急に意識が浮上して、良く寝た後の爽快感と共に目を開けた私の目に映ったのは、知らない天井だった。
薄暗い部屋の天井は、お世辞にも普通の家という感じではない。そう、だいぶ上の方にある明かり取りの四角い隙間から漏れる光でようやっと見える感じだ。
ぼろっちい・・・汚い・・・。という表現が合いそうな、まるで古い納屋か厩の様な簡素で狭く古い建物の中だった。
目が慣れて来ると、土壁と木で出来ている部屋の壁がだいぶ煤けているのが分かる。身体を起こし周りを見回す。うん、間違いない。納屋の様だ。だって私は干し草を敷き詰めた上に寝ていた。
そう気付くと、干し草の匂いを感じた。でもそれは乾いたお日様の匂いで、不快ではなかった。ちょっとチクチクするのが気になるけど。
半身を起こし、首を動かしてみる。・・・痛くない。次にゆっくりと手や足を動かしてみる。うん、大丈夫だ。どこも痛くない。それにしても薄暗い。
・・・所で私はどうしたんだったっけ?有難い事に、私は目を閉じるまでの事をちゃんと憶えていた。だけど、思い出して今度は顔を青くした。ザクはあれからどうしたのだろうか?
あれが夢でなかったのならば、ザクが傍に居ないという事が何を意味するのか、考えて私はとても不安になった。
私を守ろうとして、いっしょに時空の間の様な場所に吸い込まれたザクが、ここに居ないと言う事は、彼に何かあったという事じゃないだろうか?
そう思うと急にとめどなく不安になり、胸の奥のどこかが痛くなった。息をするのも辛くなり、もう一度干し草の中に倒れ込む様にして横になった。
『ザク・・・、ザク、どこなの?』
一生懸命問いかける。
すると、急にガタガタという建て付けの悪い引き戸を無理やり開ける様な音がして、開いた引き戸から外の太陽の明かりが差し込んだ。
「起きたかな?」
「まだ寝てる。大丈夫かな?」
意外にも、それは子供の声だった。
私は半身を起こして明るいそちらを見た。眩しい。外は昼間の様だ。
「あっ起きた!起きたよ」
「うん、大丈夫みたいだね」
十才位の子供と、もう少し小さい位の子供の様な感じだ。女の子と男の子で、女の子が年上だ。
どちらとも農家の子供の様な、かなりうす汚れた服を着ている。あまり裕福ではなさそうだ。その服の作りが着物の様な前合わせの上着と、下はズボンとでも言うのか、エルメンティアでは見た事のない服装だった。
東の国の部族の服とちょっと似ているかな?でもなんか違う。
「・・・」
思わず黙って見ていると、女の子の方が近くに寄って話しかけて来た。
「ねえ、大丈夫?どこか痛い?」
私はその時になって、違和感の正体に気付いた。
「あ・・・」
「あ?」
女の子は跪いて私の傍に寄り首を傾げる。
そう、目の前の女の子はどう見ても十才前後だった。それなのに私はその子よりも更に身体が小さいのだ。
もう一人居る男の子も傍に寄って座った。やはり、彼よりも小さい。目線が合わない。私がかなり見上げる感じだ。
「わたし・・・」
両掌を見た。とても小さい子供の手だった。声までもが子供の様に、か細く高い声だった。
思わず両掌で口元を覆う。ああ、なんて事だろう。
一体何がどうなったのだ?怖い。それよりも、ザクはどこだろう。ザクがここに居ないという事実がとても恐ろしかった。
私は急に立ち上がり、走り出そうとして躓いて倒れ、女の子に助け起された。
「大丈夫、怖く無いよ、よしよし、落ち着いてごらん」
転げてズボンに付いた土間の土を、女の子が優しく叩いて落としてくれる。
知らない間に、彼女らと同じ様な服を着ている。かなりダボダボなので借り物なのかも知れない。
私はどうやら、五歳位の子供の身体になっている様だった。
「この子膝を擦りむいちゃってるよ、お姉ちゃん」
「ホントだ大変、早く水で流さないと・・・」
女の子は私を抱き上げて私を外に連れて行くと、小さな小川の傍で下し、擦りむいた膝小僧を水で丁寧に流してくれた。
「カント、血止めの葉と、それから内緒の場所の桃ナツメの実を採って来てくれる?」
「うん、分かったお姉ちゃん。じゃあその子連れて帰って家で待って居て」
「分かった。じゃあ、お願いね」
私はまた女の子に抱き上げられて、先ほどの納屋の中に戻った。引き戸は開けられたままなので明るかった。
「痛かったね、泣かなくてえらいよ、よしよし」
また干し草の上に降ろされて、頭を撫でられた。
その後、男の子が採って来た、血止めの葉をそれ用に取ってあるらしい石ですり潰し、膝の傷に塗ってくれた。ひんやりして気持ちいい。
塗り付けている間に、甘くて美味しい桃ナツメという実を渡されて齧った。思ったよりお腹が空いていた様で、五つくれた実を全部食べてしまった。中には大きな丸い種がある。齧ると桃に似たジュワリと甘い芳香がして、得も言われぬ美味しさだった。
「ありがとう、ごちそうさまでした」
「わあ、小さいのにお利口だね」
女の子はまた私の頭を撫でてくれた。それにしてもここはどこだろう。お腹が膨れた私は、まだ体力が回復していない様で、急に目蓋が重くなり、また眠ってしまった。
『ザクを探さなきゃ、ねえザク、どこに居るの?・・・』
知らず涙が流れた。どうやら眠りながら泣いていたようで、起きた時には、目蓋が恐ろしく腫れぼったくなっていて目が開けづらくて驚いた。
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