番外編 もふもふマフラー
私は今、ザクのマフラーを編んでいる。もう少しで出来上がりそうだ。棒針編みで編んでいる。
だんだん長くなっていくマフラーが嬉しい。
とても柔らかくてポワポワとした毛糸は高級なゴラゴラという長毛種の兎の毛なのだそうだ。
複雑に見える模様編みも、同じ作業を繰り返す事で生み出されて行く。
刺繍とか、レース編みとかは淑女の嗜みらしいので、ヴァルモントル公爵家に来てからは、それなりに頑張った。綺麗な物を作るのは好きだし、嫌だと思った事はない。
それよりも、こんなのも習わせてもらえるんだと、嬉しくてうるうるした憶えがある。
おまけに「上手になって旦那様のハンカチに刺繍をして差し上げるとお喜びになられますよ」なんてシルクに言われると、これはもう頑張るしかないだろう。
逆に、あまりにもその様子が必死に見えた様で、
「どうしたのだ?その様に根を詰めなくとも良い」
とオロオロするザクに心配された。
よく考えて見ると、毛糸の編み物はちゃんと習った事が無くて自信が無かったので、シルクに相談してみた。だって上手に編める様になりたい。
シルクは何でも知っているので、編み物に関しても、直ぐに『私でよろしければお教えいたしますよ』と二つ返事で了承してくれた。やっぱりシルクは凄い。
年越しの日に、自分で編んだマフラーをザクにプレゼントしたいなあと思ったのは大分前の話だ。
編み物っていうのは一目一目大切な人を思いながら編む作業がなんともいいなあと思う。ともかく今までそういう事をした経験がないからそういうシチュエーションにとても憧れたりもする。
だけど、そう言う物だからこそ、べつに好きじゃない人から貰うと気持ち的に重いので嫌だという話を聞いた事もある。多分それは前世で誰かが言っていた話だと思う。確かに、好きじゃない人から貰うと重たいと感じる物かも知れない。
それで、ちょっと尻込みしていたけど、今年は渡したいなあ。よし、渡そう!な~んて一人で考えていた。
まあ、だから、それは私の気持ちの問題なのだ。
エルメンティアでは年越しの日に、一年無事で過ごせた感謝と、新しい年を迎えられる事を祝って、大切な人に新しい年に身に着ける何かしらをプレゼントしたり、恋人同士が大切に思う相手にちょっとした物を渡したりと、お金のかかった物でなくとも、ちょっとした自分の気持ちを渡す、といった風習が残っているのだ。
私は貴方を気にかけていますよ、大切に思っていますよ・・・。ってね。そういうのっていいよね。
毎年、私はハンカチにザクの名前や家紋を刺繍して渡したり、ザクの普段仕様の仕立てのシャツに刺繍を入れたりとか、彼の好きなお菓子を焼いてみたりとか、色んな事をして来たのだが、今年は遂にマフラーを編んでみようと決心したのだ。だから、年明け早々からはじめたのだ。セーターとかの大物はもっと上手になってからだよね。
出来ればそのマフラーをお揃いにして使いたい。なんて大それた事を考えてみたりして・・・。
ザクはあまり装飾品や小物を自ら付けない、だけど、私が作った物を渡すといつも大袈裟な位喜んでくれるのだ。そして、そのお返しに、彼はいつも自分が選んだという洋服や装飾品等を何かしら用意していて渡してくれた。用意してくれているという、その彼の気持ちがいつも嬉しくてたまらないのだ。
これが出来あがったら二人で出掛ける時に一緒にマフラーを首に巻いてみたり・・・なんて、妄想してみるだけで、幸せだ。
神殿の年越し行事を見に行く前に渡したいな、そしたら二人でお揃いで出来るかも知れない。今年も二人で神殿行事を見に出掛ける予定なのだ。とても厳かな気持ちになれる素敵な行事だ。
まず最初に練習のつもりで自分用のマフラーを編んで、編み終わって手が慣れてから次にザクのマフラーを編む事にした。もう、編んだり解いたりと、最初の内は綺麗に編めなくて大変だったが、ザクのマフラーは編目も揃っているし柔らかく綺麗に編めたと思う。シルクにも褒めて貰った。
目数を数えながら、間違えないように模様編みを繰り返す。編んだ目数が分からなくならない様に、途中途中で違う色の付いた毛糸を目印に結んだ。最初に編んだ私用のマフラーはちょっと編目が詰まったり、色々と失敗したなと思う部分があったけど、使えない事はない。うむ。いいのだ、私の分は。
そうして出来上がったマフラーを二本並べて置いてみる。ぱっと見た目はそう変わらないよね。えへへ。
※ ※ ※
さて、今日は年送りの日だ。ついにやって来た。神殿に出かける準備は万端だ。
シルクに材料を用意して貰い、綺麗にラッピングした包をザクに渡すのだ。マフラーを絹の布で包み、造花やリボンで美しく包装した。
「こっ、これね、私が作ったの」
なんかすっごい緊張する。後ろに隠していた包を取り出すと、ぐいぐいとザクのお腹の辺りに押し付ける。
「ほう、フィーが作ったのか。開けても良いか?」
「うん」
ザクがそれを受け取ってソファーに座り、テーブルの上で丁寧にリボンと造花を外した。包の中から私の編んだマフラーが出て来た。
「ああ、柔らかくて温かいな。それにフィーの魔力が心地よい」
それを手に取り自分の首に巻いて、薄紫の瞳がふわりとほほ笑んだ。(ぼぼぼっ!)・・・すごい破壊力である。
「あた、あたた・・かい?」
何を言っているのか、自分でもよく分からない。もしかして頭から湯気でも出ていないだろうか?
「ああ、ありがとう。フィーが私の傍に居てくれて、いつもとても幸せで、あたたかい」
「わたしも・・・」
そう返すのが精一杯の私だった。
すると、シルクが私のマフラーを持って来てくれていた。それをザクが手を伸ばし受け取り、私の首の後ろで結んでくれる。
「良く似合うな、とてもかわいい」
『かわいい』という言葉にエコーがかかっているかの様に頭の中で共鳴している。
『〇×▽!※凸凹!』
「さあ、旦那様、お嬢様、お時間ですよ、いってらっしゃいませ」
フロスティの声にのぼせていた頭がはっきりした。
「あ、これ」
私の耳たぶに、ザクの魔力がじんわりと浸透してくる。
「これは私からのフィーへの気持ちだ」
いつの間にか、耳にピアスが付いていた。
あたたかい、優しい気持ちが私を包んでくれる。
「ありがとう、うれしい」
貴方の気持ちが・・・。
「「いってらっしゃいませ」」
フロスティとシルクに見送られ、フィルグレットが御者をしてくれる馬車に乗る。
ああ、念願が叶ってお揃いマフラーで出掛けられました。
※ ※ ※
二人を見送り、扉が閉まるとフロスティがシルクに話しかけた。
「お幸せそうなお二人を拝見していると、私は嬉しくて堪らなくなります」
銀髪に銀の瞳は冴え冴えとした冷たい輝きを纏っているのに、その表情は柔らかい。
「私も、お嬢様がここに来られる前は、旦那様が今にも消えてしまわれるのではないかと、とても心配でしたが、今ではその心配が無くなりました」
そんなフロスティにシルクが答える。
フィアラがやって来るまでの紫苑城や十字島は、暗く重々しい魔力で覆われていたが、今では、その魔力は活力が漲り、精錬で力に溢れている。
「あれからずっと、お二人の幸せのお裾分けを、私達は随分頂いておりますね」
胸に手を当ててフロスティは目を閉じた。
「ええ、お嬢様がいらして下さってからは毎日が明るくて光に満ちている様です」
『・・・我々一同、新しい年をお二人が仲睦まじく迎えられます事をお祝い申し上げます』
―― 無音の祝福が城に満ちたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。