第18話 城からの視察

 今日は、北部地域の視察に行く。財務省からは私だけではなく同じ班のブルーノ副班長と、同期のグストと、後輩のマルセルが一緒なのと、記録課から二人程応援に来るらしく一緒に回る予定になっている。


 もちろん、視察は今後何度も行われる予定で、今回は初めての視察だった。


 記録課の人は二人共貴族の方で、魔石に情報を記録をするとかで魔道具を持たれて居る様だ。商業区域を見て回った後は居住区を回りたいという希望だったので、そちらの方にも行く予定だ。


 ヴァルモントル公爵家の方には前もって許可を頂いているので問題ない。居住区にある農場なども中に入れる様にして下さるそうだ。


 財務省の方では、ヴァルモントル公爵家から北部地域に関して税金の支払いを三年先まで支払われている為、国から税の支払いをお願いする様な事は勿論無い。逆に、この開発に普通に着手した場合はどれだけの歳月と資金がかかるのか算出しなくてはならない。おそらく天文学的な数字になるであろう。


 これは、本来、国がヴァルモントル公爵に支払わなければならない物である。国としては将来的にはそれをお返ししなければならないと考えているのだ。(当たり前の事だが)


 それなのに、まず三年分の税金をヴァルモントル公爵が国に支払われていると言う事は、言外にとりあえず三年の間は黙って見て居ろと言われているのと同じだ。三年分の税金と軽く言うが、王族でさえ支払う事を躊躇う程の額だと言われている。


 但し、今後は北部地域の収支管理に必要な役人は国から派遣をする様に整える事、という条件をヴァルモントル公爵から提示されているそうだ。必要に応じて建物は建設して下さるとの事で、その辺りの事も含め、財務局だけでなく他の局からも多くの視察が訪れているという話だった。


 馬車に乗って、王城から北部地域に向かう。二台の馬車に分かれて乗った。一台にはブルーノ副班長と記録課の二人。私の方にはグストとマルセルが乗っている。


 下級官吏用の馬車なので、あまり座席にもクッションが効いていなくて硬いが、徒歩で行くより断然早いので文句は言えない。ガタガタと少し揺れるが、整備された石畳の上なので然程酷くもない。


 もう一台の馬車の方は、上級官吏用の馬車で、もっと内装等の仕様も良いのだろうが、貴族の方と同じ馬車に乗るのは気詰まりなので、ブルーノ副班長には申し訳ないが、こちらの馬車に乗れて良かったと思った。


 グストもマルセルも同じ事を思っただろうと思う。


「ジョシュア、お前も北部地域が開発されてから、初めて行くんだよな」


「ああ、噂は色々耳にするけど、自分が行くのは初めてだよ」


「グスト先輩は初めてじゃないんですか?」


 マルセルがグストにそう聞いた。


「いや、俺だって初めてさ、だいたいあれから何かと仕事が多くて、目が回る忙しさだったもんな」


「確かにそうだな。全く進んで居なかった北部地域の救済が、恐ろしい速さで進んで行くのに、城の対応が追い付いていない現状だろう」


 私もグストの言葉に相槌を打つ。


「街で聞く北部地域の噂は、まるで御伽噺の出来事の様なんですよね」


 と、マルセルが少年の様に瞳を輝かせながらそう言う。


「一夜にして景色が変わるって奴だな」


「ええ、そうなんです。廃墟が無くなり、水路が整備され、区画整理が整うと次々に新しい建物が建築されて行くのだそうです。それも、誰も気付かぬうちに」


「正に魔法だよな。俺達からは縁遠い」


 うんうんとグストは頷いた。


「はい。でもヴァルモントル公爵様は本当に素晴らしい方ですね。僕は子供の頃からずっと憧れていました。公爵様の住んでいらっしゃる同じ王都に居て、同じ空気を吸う事が出来るのは何よりも嬉しい事です!」


 彼は強く息を吸い込み鼻の穴を膨らませて力説した。馬車の空気がなんだか薄くなった気がする。いつもは気が弱くとても大人しいのだが、彼が心の中で信仰する公爵様の話になるとこんな感じになるのだ。


「マルセル、まあ、落ち着け」


 グストが、「どうどう」とマルセルに言っている。


 マルセル本人に聞いた事がある。彼はとても貧しい村の出身だが、ヴァルモントル公爵の考えられた庶民の子供に初等教育を受けさせるという政策のお陰で勉強する事が出来、城の官吏になる事が出来たのだという話だ。


 彼自身の努力あっての事だが、確かにその政策無しには普通ならば貧しい家の子供が勉強をさせて貰うという事は難しいだろう。一昔前ならば、貧しい家では子供も労働力として勉強よりも働かされる事が当たり前だったからだ。その政策なしには、ここまでエルメンティアの庶民の暮らしは良くなっていなかった筈だ。


 マルセルが憧れるのにも納得出来る。庶民に官吏への道を開いて下さったのは間違いなくヴァルモントル公爵様の偉業なのだ。


 田舎に行く程、英雄信仰は深い。マルセルはヴァルモントル公爵閣下を崇拝していた。確かに、ここまで神がかり的な力を見せられれば、誰だってその様に思うだろう。彼の場合は拍車がかかったと言うべきなのか・・・。


 特に、北部地域の者達にとっては、それこそ神よりも尊い存在になった筈だと思う。


 馬車は進み、北部地域に入ると遠くに見える荘厳な神殿と素晴らしい景観に圧倒された。その大広場の馬車留めに馬車は着けられる。ここからは歩いて商業区域を視察して回り、終わればまたこの馬車に乗り、今度は居住区の方へ移動するのだ。


「すごい!何だ、この水路と神殿は凄い。何て美しいんだ」


 ブルーノ副班長もあっけに取られたように見回している。この様に美しい街は他所には無いだろう。これを短期間で造り上げるなど、人だけの力では無理だ。マルセルも口をあけたまま周りを見回している。


「ああ、僕、生きていて良かったです。こんな僥倖に出会えるなんて素晴らしいです。それに何て清んだ空気なんでしょうか」


 マルセルは涙ぐんでいる。確かに、私でも北部地域に入った途端、空気が変わったと思った程の清々しさを感じる。


「とりあえず、本日分の予定を回るぞ、広場の市場の場所は資料の通りで、市場の開催時期のひと月前から予約制になっているそうだ。その事務手続きや出店料の管理は新しく作られた商業ギルドで行われている」


 指差された方向を見ると、確かに『北部地域商業ギルド』の大きな看板が目に入った。北部地域で仕事に就きたい者や店を出したい者は、まず此方を訪ねれば良い。


 但し、新しく移住したいと言う者に関しては、税金の支払いが発生する。それは仕方のない事だ。その中には三年間税金の支払いが無いならばその間だけでも住みたいなどと言う馬鹿な者が居るのだそうだ。よくそんな事を平然と言うものだと呆れる。三年間の税金を払わなくて済む者達は、最初の登録時に厳しい審査で判断された者達だけだ。


 移住希望者に関しては、その審査基準がヴァルモントル公爵側から細かく条件が決められていた。ギルドで提示された資料に目を通し、その出来栄えに感心する。無駄が無い。また、北部地域を管理する役人は魔法契約が義務付けられていた。その他、街を守る為の兵士の巡回や、その詰め所も既に作られていた。


 商業ギルドを後にして、今度は大通りの店を見て回る。忙しい時間帯に商売の邪魔にならない様に配慮するように言われている。それぞれ分かれて神殿の三時の鐘が鳴る時まで自分が見たいと思う場所を視て来いとブルーノ副班長に言われた。あまり時間が無い。


 グストとマルセルとも別れて、私はとりあえず大通りを見て回る事にした。マルセルは神殿を、グストは市場を先に回ると言っていた。


 様々な店の並ぶ中、北部地域の物産館に足を向ける。この後向かう居住区の農産物を売っていると資料に記載されていた。店の感じだけでも外から先に見ておく必要があるだろう。


 その物産館の入り口には木で出来た告知板が出してあり、店の目玉商品の一日に販売出来る数等が分かり易く書かれていた。肉や野菜等の絵も着色されて描かれており、見ても楽しい感じだ。


 店の中の従業員は北部地域のヴァルモントル公爵家が運営している農園で雇われている者だと言う話だった。隣の雑貨屋も同じくヴァルモントル公爵家の出資による店だと資料に記載されている。そのまま通り過ぎ、大広場の市場を視察するために向かう。


「アカイノ、そろそろ農場に行くからおいで」


 その声に聞き覚えがある様な気がして、はっとして振り返る。


 雑貨屋の店の中から長い三つ編みに眼鏡を掛けた少女が出て来て、店の中に声を掛けると、赤い大きな鳥の様な生き物がポテポテと出て来た。


 少し離れた場所から、私はその少女に目が釘付けになり、動けなくなった。変わった生き物を連れて居る事よりも、彼女自身があまりにも妹(フィアラ)と雰囲気が被っていたからだ。そして冷静になると、もしかすると彼女はティーザー侯爵令嬢なのではないかと思い至った。あそこはヴァルモントル公爵家の出資している店だ。


 エルメンティアでは貴族の中には魔物と魔法契約を結び連れて歩く者もいるのだと聞く。残念ながら私は庶民なのでそういう方々には知り合いが居ないので見た事は無い。そのまま離れた場所で見ていると、大通りの馬車留めから小さい馬車がやって来て彼女の近くで停まった。御者は金髪の青年だった。


「お嬢様、お待たせ致しました。農場までお連れします」


「フィルグレットありがとう。じゃあお願いします」


 彼女はニッコリと笑うと、赤い鳥を胸に抱き上げた。


 青年は、彼女の為に馬車のドアを開けて、両手が塞がっている彼女の身体にそっと手を添えて段差に気を付けて丁寧に馬車に乗り込ませる。彼女が乗り込むと、静かに馬車のドアを閉めてから御者台に乗り馬車を出した。


 その二人の一連の動きは庶民には非現実的な風景だった。


「どうした?ジョシュア」


「わっ!」


 耳元で声がして驚いて飛びのいた。


「ぼーっと何見てるのかと思った」


「グストか、驚かせるなよ」


「金髪の馭者を見ていたな。ありゃ庶民じゃないな、馭者って言うより従者って感じだよな。動きが洗練されてるって言うのか・・・」


「ああ、貴族なのだろう」


「だろうな。そして、あの従者が傅いていたのは庶民風の女の子だったけど、本当は変装でもしている貴族なんだろうよ」


 いつから見ていたのか、しっかりグストも見ていたのだなと思った。伊達に城で官吏をしている訳ではないと言う事だ。庶民の少女があのように他者に傅かれて普通にしている等出来はしない。


 やはり『フィアラ』とは違うのだ。バカバカしい事を考えてしまい、頭を振るった。


「もうすぐ三時の鐘が鳴る。行こう」


 グストに声を掛けて二人で馬車留めまで歩いた。次は農場の視察だ。そう言えば先程のティーザー侯爵家の令嬢も農場に行くと言っていた。魔法師団で仕事をするだけではなく、ヴァルモントル公爵家の運営も手伝っているのだろうか?見た目はおっとりして見えるのに、随分と活動的な令嬢なのだなと思った。



 



       ※      ※      ※






「殿下、いくらなんでも記録係として潜り込むのは、如何なものでしょう」


「ちゃんと魔石に記録をとっているだろう。問題ない。それに此処ではマックスと呼べと言っているではないか」


「いや、呼べませんよ、恐れ多くて皇太子を愛称でなんて・・・。まんまじゃないですか、呼びにくいですよ。最初に決めたマックス・ワーグナーという名前からワーグナー殿と呼ばせて貰います。出来れば全く関係ない名にして頂きたかったです」


「ワーグナーだな分かった。実際どうでも良いのだそんな事は」


「どうでも良くはありません。私はライナー・ホフマンでしたよね。ちゃんとホフマンとお呼び下さい。だいたい今回の視察の名簿にもその名で載っているのですから、ちゃんと覚えておいて下さい」


「分かった」


 いかにも人当たりの良さそうな笑みを浮かべて返事をした私を、彼は胡散臭そうな目付きで見ている。


 今、一緒に居るのは、側近のラインハルト・ミュラーだ。彼はミュラー伯爵家の次男で乳兄弟だ。私の乳母を務めてくれたのが彼の母親だったのだ。ラインハルトは気心の知れた信頼できる相手だった。


 彼は私の事をよく分かっているので、笑顔では騙されてくれない。と、まあこの様にして、時間を作り官吏として潜り込み、私は現場を見て回っていた。


 





 


 


 




 


 




 

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