番外編 メルティディス家の邪眼

 朝から娘達の賑やかな声が響く。足音がして、子供二人が足や腰に抱き着いて来た。


「父さま、お弁当忘れたらだめよ。今日はエルナ姉様と母様と三人で作ったよ!」


「おお!すごいな、三人でか!大作だな」


「そう、大作なのよ!題名は『兎の楽園』」


 と、クルクルの金髪の巻き毛を背に垂らした妻が、そばかすを散らした太陽の様な笑顔で私に微笑みながらそう言った。ああ、まぶしいっ!


 妻が見せてくれたテーブルの上のバスケットの中には、兎リンゴが青菜を敷いた上に沢山置かれていた。そして棒バケットと呼ばれる硬くて長いパンの中に切れ目を入れて、ソーセージが挟んである。五センチ程の長さに切り揃えられて、兎の隙間に立ててある。野趣あふれる作品だ。


 この棒バケットは固い。顎が疲れる程噛み応えがある。だが、スープなどに漬けて食べると、スープを吸ったバケットは、噛みしめると丁度良い弾力を持ちパンの酵母の風味と相まって、とても味わいが増して旨くなるのだ。


 中にソーセージが挟んであるから余計に旨い。


「兎がねえ、ゴロゴロしないようにねえ、マルナと姉様が考えたんだよ!」


「そうか!二人共天才だな。将来が楽しみだ」


「もう、エディオン、止めて頂戴。普通で十分なんだから」


 妻は困った子を見る様な目で私を見た。


 今年9才になるエルナと8才になるマルナは天使だ。二人共、妻にそっくりだ。


 家には太陽が大小三つも輝いている。


 妻は子爵家の5女に生まれた。前の主人は病死で亡くし、二人の子持ちだった。が、そんな事関係ない。彼女の突き抜けた明るさに惹かれた。それに、子供がとにかく可愛い。妻とは7年前に一緒になった。あれから私は毎日幸せだ。


 私は家族というものを知らないので、初めて出来た家族だが、最高の家族だ。


「エディオン、貴方、そろそろ髪を揃えてもらいに行かないと、容量マシマシになってるよ」


 そう、私の頭はチリチリなので、伸びるとキノコの傘の様に広がるのだ。


「じゃあ、次の休みにでも『髪切り屋』に行くよ」


「そうね、それがいいわ」


「えーっ、じゃあ、いつ動物園いくの?」


「父さま、前にどーぶつえん連れて行ってくれるって言ったー」


 エルナとマルナが頬をふくらせている。かわいい。


「ああ、そうか、じゃあ次の休みは動物園に行こう」


「エディオン、髪が先でしょう?」


「大丈夫。じゃあ王城内の店で休み時間に切って貰うよ」


「もう、本当にエディオンは子供に甘いんだから・・・」


 呆れたようにいいながらも、妻は、でも嬉しそうにそう言った。



 庶民の街にある散髪をする店に気に入りの所がある。うちは貴族街ではあまり買い物をしない。妻は王城で仕事をしていたが、爵位を持たない貴族の夫が病死してからは、自分の給与で子供二人を育てながら庶民の街で暮らしていたのだ。庶民の街で暮らすのならば、仕事の間は子供を預けて働けた。実家は頼るような余裕がない家だった。


 うちの夫婦の仲は良好だ。妻も娘も愛おしくて仕方ない。私の命だ。


 私達は、一応、貴族街にある集合住宅に住んで居る。所謂、貴族用のアパートだ。不自由なく快適に住んで居る。


 何の不満もない。


 私は魔法師団の第六師団の団長をやっているので、それなりに良い給与を貰っている。別に庶民の街で暮らしても良かったのだが、もし何か起った時にはなるべく近い場所に居てくれと魔法師団から言われているのて、貴族街の集合住宅に決めたのだ。


 隊服の上にローブを羽織り身支度を済ませ、仕事に出掛ける用意をして、最後にいつもかけている黒い丸眼鏡を装着する。


 外では、もしも仕事で邪眼をうっかり使ってはまずいので、魔道具の眼鏡を付けているが、この家でうっかりなんてないのだ。


「じゃあ、行って来るよ」


「行ってらっしゃい、貴方」


「「父さま、いってらっしゃい」」


 妻といつもの抱擁と、出かける時の頬への口づけを交わすと、足元に青い魔法陣を呼び出した。この時、いつも思う事は同じだ。


 『ああ、早く家に帰りたい・・・』



 


     ※      ※      ※





 私が生まれた、メルティディス侯爵家と言えば、五大侯爵家の内の一つで、名門中の名門と言われていたが、とても闇の深い家だった。呪術を扱う家にあって、呪いを極める家だ。それによって侯爵家にまで上り詰めたと言っても過言ではない。他の貴族家から呪いの依頼を受け、政敵や邪魔な者を片付ける。依頼した相手の弱みも握る事が出来るという訳だ。


 私はメルティディス侯爵家の長男に生まれたが、5才まではメルティティス侯爵家の地下室に幽閉されて育った。何故ならば邪眼持ちで生まれたからだ。


 メルティディス家の邪眼とは、視た者を殺す事が出来る目だ。その他にも派生がある。その力は、成人を迎えれば自分で制御出来る様になると言われているが、被害が甚大過ぎて成人まで生かしておけないのだ。


 本来ならば、生まれた時に殺されていたはずだが、母は自分の命と引き換えに私の邪眼を封じてくれた。『この子を生かしてやってください』と、それが最後の言葉だったそうだ。


 母は私の邪眼を封じる代わりに、自分の命を引き換えにしたのだと乳母に聞いた。それ程愛して大切に思ってくれた母の為にも、幸せにならなくてはいけないと言われて育った。


 私が魔眼を制御出来る年齢になるまで封印してくれたのだという。


 だが、父は、私を許せなかったようだ。いや、許せないというよりは、信用できなかったのだろう。

 封印が外れて邪眼が発動すればどうなるか分からない。それを恐れていたのだ。


 誰の目にも触れぬ様に地下に幽閉し、母の死後、直ぐに次の妻を娶り弟を産ませた。私は病弱だという事にして、地下に閉じ込めたのだ。弟が生まれてしばらくして始末するつもりだったのだろう。


 メルティディス家は呪術を扱う家だ。そのせいなのか、直系に邪眼持ちが生まれる事があった。


 人を呪うという事は、それなりの返しがあるものだ。


 邪眼は制御が難しい。制御が出来ればこの家の力にもなる。だが、制御出来る様になるのは成人過ぎてからだ。


 それを待っていれば家側の被害が大きく、この家が潰れかねない。それ程に邪眼の威力は恐ろしいものだった。その為、邪眼持ちが生まれた時は、直ぐに始末をする決まりになっていた。


 子供が生まれれば必ずまずは瞳を検査する。私の瞳を指で開いて視た魔術師はそのまま心臓を止めたそうだ。


 母はメルティディス家の遠縁の娘で強い魔力持ちだった。嫁いで来た時、邪眼の話は聞かされていた。その時、彼女は腹を決めたのだそうだ。自分の子供がもし邪眼持ちであれば、自分の命をかけて必ず救おうと。


 私が地下で幽閉されている間、母が実家から連れて来ていた母の侍女に育てられた。その乳母に聞いた話だ。乳母として傍に居てくれた彼女は、芯の強い、とても優しい人だった。


 だが私が5才の時に私を始末させるために寄越された者達に、私を庇った彼女は殺され私も殺されかけた。目の前で彼女を殺された私は逆上して母の封印を破ったのだ。


 その後の事は正直あまり憶えていない。ただ、この家の者は全て滅びてしまえば良いと思ったのは確かだ。


 気が付くと崩れた瓦礫の中に立っていた。全てが瓦礫に変わり、生き物は居なかった。


 すると、もうもうと屋敷が崩れたせいで砂煙が上がる中に、突然青い魔法陣が現れた。そして黒いローブを被った背の高い大人がそこから出て来たのだ。


 私を殺しに来たのかと思ったが、殺気は無かった。その人はしゃがんで自分の被っているローブを除けると私の顔を覗き込んだ。


 美しい宝石の様な薄紫色の瞳と視線が合い、白銀の長い髪が目に入った。こんな綺麗な物を初めて見たと思った。


「そなた、邪眼を暴発させたのだな頭がチリチリになってしまっておるぞ・・・」


 その人は白く長い指を、私の髪にからませてそう言った。私は乳母以外には他人に触られた事が無かったが、その指は嫌ではなかった。


「・・・」


 ただ、何を言われているのかよく分からなかった。私の髪は、その事が起きるまでは、普通の柔らかい癖毛程度だったのだから。


「そなたの力を感じた。邪眼は子供には重荷だろう、私が封印しておいてやる」


 掌で目を塞がれ、そして目を開けた時、私の目にかかる強い負荷が無くなっていた。


 幼い私でも、いや、幼なかったからこそそう思ったのだが、その人は人の姿をとってはいるが、もっと人よりも高い世界の存在なのだと感じた。


「派手にやったものよな。いっそ気持ちが良いわ」


 周りを見回し、その人はそう言った。そして少し笑った。笑ったと言うにはあまりにも微かに口元が動いただけだったが。



 そして、私はその人に抱き上げられて白い荘厳な建物に連れられて行かれた。その人の腕の中は温かかった。


 広く綺麗な部屋に連れて行かれて、甘い菓子とお茶を出されて、夢中で食べた。そのまま待っていると、白く長い髭をはやしたお爺さんが部屋に入って来た。



「これはこれは、殿下、お久しぶりにございます」


「・・・そなた、私はもう殿下ではないと何度も申しておろう。ボケるには早いのではないか?」


「ほほほ、もうだいぶボケております故、迷惑をかけぬうちに早う引退せねばと思っております。ところで、このジジイに何の御用でござりましょうか?」


「そうだった。この子をメルティディス家の瓦礫の中から拾って来た。そなたに預ける」


「ほう、メルティディス家ですか・・・あの空間の揺れはあそこのものだったのですね」


「そうだな。あそこには半径一キロ以内には生き物は見当たらなかった」


「なるほど、では・・・そのお子は、私がお預かりいたしましょう」


「ああ、頼むぞ」


 それからは、時折、自分をここに連れて来てくれたその人が現れた。子供が喜ぶ様な甘い物を持って来てくれた。


 自分は段々大人に近づいて行くのに、その人はいつも変わらぬ姿のままだった。


 その人は、神官達から『ヴァルモントル公爵様』と呼ばれていた。





 メルティディス公爵家は、地震が起こった訳でもないのに、ある日突然全ての建物が崩壊して、中に居た者も含め敷地内にいた者は皆、亡くなっていた。その中には当主であるメルティディス公爵と夫人、そして次男が含まれていたという話だったが、もともと呪術を扱う家系で有名だったので、呪いを恐れて口に出す者はあまり居なかったそうだ。


 

 エディオン・ガト・メルティディスは、神殿育ちである。その事は自分の誇りでもある。自分の出自は成人を迎えた日に、後見人である大神官から詳しく聞いている。


 もし、公爵家を継ぐ気があるのならば、その後見にはヴァルモントル公爵が付いて下さり、何の問題もなく爵位を継ぐことも出来ると言われたが断った。


 その後、宙に浮いていた形のメルティディス領地は遠縁の者に引き継がれた。

 自分の邪眼が生まれる直系の血は封じる事に決めたのだ。この血はここで封じてしまうのが一番良いのだ。



「エディオン、そなたはとても魔力の扱いが繊細で上手い。モノづくりに向いていそうだな。魔法師団に来ぬか?」


「はい、ヴァルモントル公爵様。私は魔法師団に入りたいです」


 そう、答えた時の胸の高鳴りは、昨日の事の様に思い出せる。


 あの方にはじめて会ったあの日から、私は掌から零れ落ちる何かを止める事ができたのだ。


 今でもあの美しいと思った瞬間が目に焼き付いている。


 私が初めて外に出た日に出会ったその方は、今でも変わらぬ姿のままだ。


 

 


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