第15話 神殿広場と雑貨屋

 幽霊街と呼ばれていたその場所は、見事に生まれ変わり、ほんの少し前までそう呼ばれていた事があったなんて信じられない程の変わり具合だった。


 入り口付近には、もとからあった店が並んでいる。その狭い間口を抜けると、唐突な程ガラリと空気が変わり、広く真っすぐに運河まで伸びる美しい公園が目の前に拓けた。


 公園と古い街の仕切りには樹木が目隠しに植えこまれ、どちら側からも景色の邪魔にならない様に配慮されていた。運河の手前には白亜の神殿が建てられていて、まず、その景色に魅了される。突き抜けていると言う表現が良いかもしれない。


 広場の中心には円形の広い噴水を据えている、水路がそこから真っすぐに神殿にまで中央を通り長く伸ばされている。石で造られた水路には透明で美しい水を湛え、神殿の手前で真横に二手に分かれ、公園と神殿を区切るように線引きされた形になっている。それは公園の端まで行くと、今度は垂直に折れて神殿の両脇を流れ、囲むような形になっていた。


 その水は最終的には運河に落ちる様に造られていた。水の流れる音が涼やかで耳に心地よい。


 神殿の周りは花や植物が美しく配置されていて、水路から引かれた水が複雑に取り込まれていた。彼方此方に小さな噴水が作られ、高低を付けた柱からも水が水路に落ちる景色が作られている。ここは後に『水の神殿』と呼ばれる様になった。


 また、中央の噴水を起点に色石で石畳が敷かれ紋様が描き出されていた。描き出された繊細な紋様は五芒星と円をモチーフにした魔法陣だった。複雑な古語(ルーン)も組み込まれた美しい紋様だ。


 噴水の中心の水柱が高く上がる度に共鳴して、そこから浄化の波動が零れて広がり北部地域に行き渡る。それは魔力の視える者でなければ気付かないだろう。均等な五か所の位置に立って居る五人の乙女像からは肩に抱えた壺から水が落ちている。


 この仕掛けは、北部地域の浄化は勿論だが、『人に非ざる者達』が住むのに適した環境を整えるためだ。結界石で仕切られた空間は目に見える物ではないが、確実にこの区域を他の人の住む場所と区切って浄化している。人の汚れた思念を嫌う古の生き物にはとても過ごしやすいのだ。そしてそこには神殿を据えた。


 そこは神殿分室だとは思えない程美しく広い建築物になった。ザクから聞いた話によると、お忍びでここを訪れた大神官様は、『こっちがいい。ここに引っ越したい』と言われたとか・・・。


 


 噴水でアカイノがバシャバシャ遊んでいる。


「アカイノ気持ちいい?」


「ぎゅえーっ」


 アカイノはご機嫌だ。


「ここ気に入ったね」


「ぎゅぴぎゅぴ」


 パタパタと飛んできて、嬉しそうに私の両肩に足を乗せて止まった。仁王立ちか!


 魔力で制御してあるらしく、重くないので良いけどね。


「アカイノ、抱っこさせて」


 そう言うと、上手に前の方に降りて来てくれるので、モフモフを堪能出来る。


 もふんもふんだ。ああかわいい。喉をグログロ鳴らしている。あったか柔らかくてたまらない。


「俺も触りたいなあ、いいなあ、ちょっとだけ・・・」


 ジャスティールがとても羨ましそうに傍にやって来て、手を伸ばす。


 すると、光速でアカイノはジャスティールの手を嘴でダダダッとキツツキの様につつき知らんぷりしている。


「・・・いてーっ!」


「ぐえーっ」


 アカイノはべーっと舌を突き出した。


「あっ、なんか腹立つなあっ」


「ぐげーっ!」


 アカイノもそう言っている。


「ジャスティール、駄目だよ、アカイノには触らないでね」


「えー」


 つつかれた手を擦りながら、名残惜しそうにアカイノを見ている。


「カーッ!」


 そんなジャスティールをアカイノはまだ威嚇していた。


 

 アカイノは此方と十字島をザクが魔法陣で繋ぐと、直ぐに此方に来たがった。居住区にある農場の小屋の大木の上に移動の魔法陣があるのだ。アカイノは自分が好きな時に行き来している。特に私が此処に来ている時には直ぐにやって来る。最近では仲間も一緒に遊びに来ている様だ。一応、こっちでは竜の姿にならない様に言い聞かせてある。


 竜体になったら、それを見た人間は間違いなく腰を抜かすだろう。セルバドさんもローブ姿で此方の街を時々見に来ている様子だった。

 

 ここの広場は、催し物や市場をするのにも良い様にと思い造った。ジャスティールは本職の庭師等もしていて、紫苑城の庭の一部は、彼がちょくちょく手入れを行っているのだというだけあって、私が思い描く広場を予想以上に素敵に設計してくれた。腕は確かだ。


 北部地域の開発には、ティーザー侯爵家とフィサリス辺境伯家とエルディン公爵家が直ぐに応援を申し出てくれた。アダラード商会からも是非、何かやらせて下さいと連絡を貰った。


 王家からは、『諸々の事情により表立って手を出すわけには行かないが、裏から応援させて貰いたい』とザクに書簡が送られて来たそうだが、必要ないと速攻、お断りしたそうだ。


 今更ザクが動いたからと、協力する様な事を言ってくる辺りが嫌よね。元々やるべき事をせずにいた元凶だと思うんだけど。そんな簡単な事では無いのかな・・・。


 そんな事よりも、まず、協力を申し出てくれた三つの領地とアダラード商会には、私が、今準備している雑貨屋の様に庶民向けの店を大通りに出して貰う事になった。運河まで貫く広場の両脇は広い直線のメインの通りになる。広くて馬車が行き来出来る太い通りを広場との間に通している。


 その二本の大通りを挟んだ商店街になる。店が出来れば賑やかになるだろう。


 古い建物で、残せる物はリノベーションして残して、残せない建物は綺麗にとりはらってある。空いている店舗や空き地には、今から希望してくれる領地等の店舗を展開するつもりだ。但し、ここは庶民の街という事で庶民向けの店でなくてはならないという縛りを設けてある。




 まず、私が開きたかった雑貨屋と、隣には北部地域の物を売る物産館を用意している途中なのだ。雑貨屋の中には少しだけカウンターでお茶を飲めるカフェを作るつもりだ。ちょっとした焼き菓子やお菓子を誰でも楽しめる様にしたい。


 店は表から見ると別々だけど、中では扉で繋がっていて行き来できる様にする。物産館では農場で出来た作物やお肉や乳製品等を売るつもりだ。


 ここの特産物を使った簡単な軽食なんかも出せるようにしたいと思っていた。やはり味見して美味しかったら絶対欲しくなるもんね。


 農場にはヤギや羊なんかもエルディン公爵領から送られて来たので、色々と増えている。庶民の口には入りにくかったチーズやバターや、生クリームなんかも作れそうだ。お肉からは燻製品等も作れるので、ドワーフのおじさんが広い農場の工場でお試し品を作っていた。ドワーフも新しい物が大好きなので、此方に順番で出入りしている。


 ドワーフだけでなく、十字島の『人に非ざる者達』は結構皆、此方に来たがったので、順番で一日に来られる人数を決めている。順番を決めているのはマンドレイクだ。すぐに仕切りたがるので困ったものだとセルバドさんが言っていた。



 そして、農場には『隈取り蜂』さんにも来て貰った。浄化の魔力のお陰で隈取蜂さんも機嫌が良い。


 これでお菓子や甘い物が作りやすくなる。


 農場には花畑やちょっとした森も作った。エルフ村からはモグルが寄贈されている。物産館には、お店で働けるように教育してから、農場の人にも数人来てもらうつもりだ。 


 雑貨屋は奥行を広くして、スタッフの休憩所を設ける。一番奥はガラス張りの温室風にした。床にはテラコッタのような四角い素焼き煉瓦を敷いて、木のベンチとテーブルを置く。


 植物園の様な雰囲気で、とても素敵になった。外は背の高い植物を植え、中にも南国の大きな葉の植物やバニラの木を沢山鉢で栽培している。ちょっとしたジャングル感が味わえる。バニラを使ったお菓子もお披露目したい。


 雑貨屋では、可愛くて安価な小物や、ありそうで今まで無かった生活雑貨をメインに置く予定にしている。庶民が誰でも買って楽しめる様な料金設定にして小売りする。今考えている珍しい物の一つには、ナツメヤシの乾燥した葉で出来た日用品だ。日よけの帽子や買い物袋は普段に気兼ねなく使えるし、色を付けて可愛くしてあるので農場で働く皆に配ったら、とても喜ばれた。


 それは、エルフ達が考えてくれたナツメヤシを使った製品だ。実の方じゃなくて、葉を使う事を考えるのが凄い。それにエルフはおしゃれなので、色染めなんかもセンス良くて可愛くて素敵だった。軽くて使いやすくて駄目になったら気兼ねなく次のを買い替えれば良い。農作業にはとても向いている。


 北部地域は出入りは自由にしているので、噂を聞いて農場地帯等も見に来る者が大勢いた。だけど農場内には関係者しか入れないように魔法を使った仕組みが出来ていた。見ても分からないが、魔道具で、従業員の手の甲にはスタンプが押されている。それを持たない者は弾かれて中には入れない仕組みなのだ。


 他所から来た者は、皆、遠くからその不思議な光景を見るだけだ。豆豚を近くで見たい様だったけれど、残念でした。農場で働く人達にはよくよく説明してあるのだけど、この農場にはたくさん魔法を使って農場の大切な資源などは外には持ち出せない様になっている事。もし持ち出したりすれば役人に引き渡される事等だ。


 悪い事を考える者はいるものだ。農場に勤める者を唆して、豆豚を拐おうと考える輩もいた。逆に通報されて捕まっていた。


 他所の儲けることだけ考えている様な、そんな者達には分からないのだ。この新しい農場での生活は真面目に働きさえすれば、住むところは清潔だし、食べるにも困らない。


 神殿で怪我や病気の治療は受けられるし、今まで受けられなかった、基本教育も子供に受けさせる事も出来るのだ。戸籍のない事に怯えて隠れた生活を送らなくても良い。


 それがどれほど幸せなのか、今まで、彼らがどんな暮らしをしてきたのか考えようともしないのだ。


 雑貨屋でナツメヤシの入ったシロップケーキやキャラメルを、前世の日本の駄菓子屋の様に大きな硝子で出来た蓋付き瓶に入れて並べるという案はかなり斬新だった様だ。ガラス自体が高価な物なのだが、この入れ物もドワーフのおじさん達に頼んで作って貰った。雑貨屋のカフェのカウンターの前に並べるととても可愛い。


 見ただけで、可愛いくて、美味しそうなお菓子が中に入っているのが見えるのが良い。このガラスの蓋付きの入れ物には状態維持の魔力が掛かっている。


 ジャスティールや手伝いにきてくれている十字島の者達は、どのお菓子も試食したがった。小さいトングで小皿に取り分けてそれぞれ食べては感嘆の声を上げている。紫苑城の料理長が作ってくれた物だ。


 こちらのカフェでも作れるようにレシピを纏めてあるので、従業員が作れるようにしないといけないのだ。


 昔憧れたアイアン製の優雅な形の鳥籠をドワーフのおじさんに作って貰った。中には銀色の小鳥が居る。店の中に吊り下げてあり、お客が来ると、作り物だけど生きている様に動いてさえずる。こういう細かい細工物はドワーフのおじさんだから作れる。錬金術師でもあるので魔法を組み込む事も出来る。


 庶民の鍛冶師は殆どが、農具や生活に使う物を作る人で、武器と武具を作る鍛治師は数が少ない。そういう鍛冶師は大きな鍛冶工房を持つ貴族の御用達や、王都に店を構えるような鍛冶師だった。


 鶏を飼う時に庶民は、竹によく似たババンブの木を細工したカゴを使った。ちなみに竹の子に似ている植物はバンブという。紛らわしいね。


 所で、前にドワーフのおじさんに作ってもらった泡だて器と濾し器とピーラーは絶対いいと思っている。何がいいかって、庶民も使うし、貴族も料理人に使わせたいと思うだろう。料理人なら絶対欲しいと思うはずだ。使い方を知れば人気が出ると思う。これを作って売れないだろうか・・・。そんな事ばかり考えているのだ。


 こういう物を北部地域で作る工房が出来れば、ここの一つの主な製品に出来るのじゃないだろうか?


 そんな事も考えている。ここで何かするならば、他の領地と被らない物にしないといけない。これは大切な事だ。


 他所の特産品を邪魔するような事をすればトラブルになる。他所の領地が欲しがる様な物を作る事が大事なのだ。


 一度に色々な事案が動いたけれど、前から少しずつ考えていた事なので、想定内の事が多い。


 北部地域の人達の税金の事は三年分既にヴァルモントル公爵が支払いを済ませてしまっている。戸籍の問題も解決した。


 だけど貴族院や有力市民の中でも北部地域の人達を排除しようとした人達の思惑は通らなかった。だからそれに不満を感じる人達がいるだろう。そもそもその二つの大きな勢力は裏で繋がっているのだろうと思われる。それは何を考えての事だったのだろうと思う。



「フィー、どうした。そんな難しい顔をして?」


「あっ、お帰りなさいザク。えっそんな顔してた?」


 離れのソファーに座って、北部地域の地図とにらめっこしていたようだ。


「ああ、眉間にシワが寄っていたぞ」


「えーっ、それはやだな」


 思わず人差し指で眉間を抑える。


「疲れたのではないか?何事もユックリ進めて行けば良いのだ」


 心配そうにザクが言うので、私はあわてて言った。


「違うよザク、疲れたんじゃなくて、ちょっと考え事をしていただけ」


「そんな風にフィーの心を奪うような考え事とは何なのか気になる所だ」


 そんな事をサラッと言いながら、ザクは私に小さなかわいい包みを渡してくれた。


「わあ、お土産?ありがとう」


 いつもの癖で、ザクをぎゅうっとしてからお礼を言う。


「王都で今人気のあるチョコレート菓子だそうだ」


 見上げると、薄紫の瞳が細められていた。


「ほんと?前にお兄様に聞いたことのあるお店なのかな!嬉しいっ。お茶を淹れて来るね」


「ああ、ゆっくりで良いぞ」


「はーい」


 こうやって、ちょっとしたお土産をザクは時々買って来てくれる。その心遣いがいつもくすぐったくて嬉しかった。色々な事を想像する。どうやっていつもお菓子等を彼は手に入れているのだろうか?


 誰かに頼んで買ってきてくれるのかな?それだったら誰に頼むのかな・・・。


 それともまさか、彼が直接お店に行く事もあったりするのだろうか?その過程を考えて、私を想って色々な事をしてくれていると思うと、もうそれだけでどうしようもなく満ち足りた気持ちになった。


 ずっとずっと傍に居られますように・・・。


 




 







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