第16話 凡庸なる王子

 病気の療養という理由で皇太子を降りられた兄上に変わり、私が皇太子になった。


 あの兄上の状態ではとても皇太子としての務めは果たせない。だから私に皇太子になるのは仕方のないとは理解している。


 確かに、私は兄上のスペアという立ち位置で間違いなかったが、皇太子になりたいと思ったことは今まで一度も無い。私の名は、マクシミリアン・エルンスト・フォン・エルメンティア。この国の第二王子という立場だ。


 兄上の婚約者だったフロレンツィア・ロッソ伯爵令嬢は、兄上が駄目なら今度は私の婚約者に納まるつもりだった様だが、もちろんハッキリ断った。冗談では無い。もともと政略的な婚約では無く、兄上が見初めて是非にという話で決定した話だった。


 年齢的には彼女は私のひとつ上で、近い年齢ではあったが、彼女には欠片も魅力を感じなかった。確かに容姿は整っているのかも知れないが、心根の悪さが人相に浮き出ている。


 フロレンツィア嬢は魔力もそこそこ強かったらしい。そういう所も兄上は気に入ったのだろう。


 だが、強いと言っても魔法師団に入れる程の強さも、根性や気概があるわけではない。けれど自分に合う合わないという魔力は分かる。私には彼女の魔力は合わない。心地よいか悪いかという事だ。



 エルメンティアでは魔法師団とは超エリート集団である。エルメンティアの貴族の枠からは逸脱した存在だ。


 魔法師団員は社交界には、ほぼ顔を出す事が無い。家の都合で仕方なく出る場合はあっても、自分が社交界に出たいと思うような人物は居ないのだ。その様なフワフワした考えの者は魔法師団にはまず入団出来ない。それ程の実力主義の世界だった。


 そのような分かり切った事を踏まえながらも、父上は未だに王室主催の様々なパーティー等にヴァルモントル公爵に来て頂くためにせっせと招待状をお送りしている様子だ。馬鹿げている。


 ヴァルモントル公爵が婚約者のティーザー侯爵令嬢を手元に置かれている事は、すでに高位貴族の中にも周知され始めている。まず、誰も手が出せない、近づく事も出来ない。そういう状況だった。彼女を幼い時から手元に置かれていたという事には驚いたが、守るという事において一番の方法だったろう。


 そして、その稀有な能力と強い魔力で魔法師団に入団してしまえば、魔法師団員は仲間意識が強い。皆、彼女の味方だ。これもまたよく考えられていると思った。



 そう言えば、フロレンツィア嬢と彼女の父親のロッソ伯爵の、彼方此方で起こす傲慢な行いの噂は偶に私の耳にも入った。あの兄上の事だ、口で良い様に褒めたたえられ、自分の欲しい言葉をくれる相手だと言う事と、財力、魔力の強さと容姿から彼女を選ばれたのだろうと予想した。


 挙式を間近に控え、フロレンツィア嬢もロッソ伯爵もかなりはしゃいでいた様子だが、兄の病で一転、婚約は無かった事になり、今では悲劇の主人公という所だ。


 だからと言ってその後始末を私に回して来られても困る話だ。一生の事ゆえ、私とて無理である。父上にも、母上にも、宰相にもハッキリと意志を伝えた。自分の人生をそこまで犠牲にする気にはならない。そもそも王とは本来、孤高を強いられる立場だ。


 せめて傍に居る者は大切に思える者でないと、国の為の贄になどなる事は出来ないのだ。代わりに彼女に釣り合いそうな者を選定し、宰相を通じて釣書を渡してもらう様に整えたが、どうやら全て彼女にはお気に召さなかった様で、叩き返されたそうだ。兄上は大変な自信家であったし。似た者同士で意気投合したというのか、彼女はとても貴族的な令嬢だった。


 彼女にしてみれば、兄上が『凡庸だ』と言い蔑んでいた弟ならば、喜んで自分をそのまま娶るのではないかと思った様だ。本当にお生憎様としか言いようがない。


 ロッソ伯爵家はもともと領地自体が土地の肥えた場所にあり、豊かな領地であった。先代までで貯蓄された豊な資金を使い貿易会社に出資し、資産を増やしていた。


 彼はとても野心が高かったので、娘のフロレンツィア嬢を計画的に兄上に近づけたのは分かっていた。だが、中央に出たがる貴族とはそうしたものだろう。彼女には弟が一人居た。彼女が皇太子妃になれば、弟は良い位置に就く事が出来る。それはロッソ伯爵にとってとても都合が良い事だった。


 私は、事実上、廃嫡した兄上に変わり、粛々とやるべき事は片付けているが、彼の周りにいた腐った上流貴族の連中の様な者がなんと多い事だろうかと辟易する。私に取り入ろうと必死なのが見て取れる。


 だが、この様に分かり易い者達も泳がしておくには良いものだ。


 今までヴァルモントル公爵の力によりエルメンティアが守られて来た事で、それがあたかも日常の様に感じ、自分達に与えられた特権とでも思っているような貴族達の振舞いには胸糞が悪くなる時がある。


 父上も少しは兄上のあの一件で、考えを改めた様子ではあったが、人は何度でも同じ歴史を繰り返すらしい。所謂平和ボケと言われる症状だ。ルチアーノ王の粛正から年月を経て、また上流貴族の中でも腐敗が進行しはじめている気配がする。


 私は兄上やその取り巻きに、『凡庸だ』と評されてきた。兄上に比べれば、魔力も弱く、容姿も凡庸だそうだ。


 凡庸結構。だが、兄上の様にいくら良い資質が有っても、使いこなせなければ持っている意味がない。それに、人の話を聞ける耳を持つという事は大切な事だが、兄上にはその耳が無かった様だ。まあ、母上に付いている強欲なる血族が回りを固めてしまった事が原因でもある。


 良い機会なので、そろそろそちらの皆々には退場して頂こうと思っている。


 兄上は人として、少々残念に育ってしまった様だ。魔力の見せ付けは幼年期からで、御学友達は耳に心地よい言葉を並べ立てて褒めそやしていた。彼らは親からそうして皇太子に取り入るのだと言われていたのだろう。

 

 皆が兄上を持ち上げる横で、私は放置されぎみの第二王子の立場から少し外れて見ていると、その馬鹿馬鹿しい有様が良く見えた。おかげで私には目を向ける者がおらず、伸び伸びと過ごす事が出来た。


 それに、宰相から寄越された私の教授陣は大変に優秀な人材が多く、素晴らしい教育を受ける事が出来た。


 私の、この凡庸で人の良さそうに見える外見はとても役に立つ。人畜無害に見えるのはとても良い事だ。

 誰しも油断して本性を見せてくれるのが良い。せいぜい有意義に使わせてもらおうと思っている。






      ※      ※      ※






 あれから3年の月日は流れ、オリジェントの他の国々の国交が始まっている。


 私は皇太子として公務をこなしながら、宰相の力を借りて、ひっそりと少しずつ地固めを行っている。


 一番欲しいと思っているのは優秀な人材だった。人を育てる環境はとても大切だ。今までの学友や知識人の伝手で様々な人物との交友を深めている。利益ばかりを求める者ではなく、先々の事を考えて行ける者を集めて今後のエルメンティアを担う人材を育てたい。


 私も王族の端くれであり、魔力は人並よりも多い。今では聖女の瞳があるので、魔力を気兼ねなく使う事が出来る。セレッソ・フィサリスとティーザー侯爵令嬢には足を向けて眠れないと言った所だ。


 セレッソとは同じ王都の学園に通った同級生でもあり、縁戚関係にもある。フィサリス辺境伯家とは王族だという事を別にして個人的に付き合いがあるのだ。もっとも表立ってそのような立ち振る舞いしていない。


 私の立場で一方的にどこかに肩入れしていると分かれば、何かと不都合が相手側にもかかるので要注意だ。


 ただ、ヴァルモントル公爵とはもっと懇意にしておくべきだと思うのだが、なかなか叔父上は手厳しい方なので思う様に意思疎通を図れないのだ。未だにちゃんとお会いした事もなく、言葉を交わした事もないのだから・・・。


 父上の今までのやり方の弊害がここに壁となっている。ハッキリ言えば、相手にされていないのだ。


 そして、ここに来て北部地域の問題が浮上して来た。あれは問題だ。しかも、そのツケを結局ヴァルモントル公爵が払うという事になってしまった。頭が痛いというようりも、慚愧の念に堪えない。


 私は魔力を使って容姿を別人に変え、王城の官吏の中に潜り込むという事をよくしている。北部地域の問題をヴァルモントル公爵がどの様に解決していかれるのか、とても気になり、最近ではこの小技を使い現場に入るという事を繰り返していた。宰相にはやめてくれと言われている。


  


 

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