第10話 蟲毒の森4

 私達五人の居る客間に、靄が掛かる様に黒いモノが入り込んで来たのは、幾らも時間が経つ間も無かった。


 この館に潜む穢れの何かは、異物と思える私達を感じ取ったのだろうか?


 お茶を淹れてくれていた侍女や近くに居た召使い達は瘴気に当てられバタバタと床に倒れ込んだ。


 この領主館の中に居る人達は、どうにも生気に欠けるような感じがしていたが、瘴気に当てられ続けていたせいなのだろう。


 直ぐにヘレナと私が反応して、瘴気を消そうと浄化の魔力をその本体に向けようとしたが、元凶は此処には居ない事に気付いたのだ。そして動物の唸り声の様な、大きな底冷えのする轟音が響くと、部屋の中がぐんと暗くなり、冷気が押し寄せて来る。


「本体は何処に居るのかわかるか、フィアラ?」


「部屋から出れば分かると思うけど・・・でも、屋敷の中じゃなくて、なんか違う」

 

 私は、ヘレナの声に答える。


「じゃあ、この屋敷の中の瘴気は一体?」


 ガタガタと部屋中が揺れ動き始め、テーブルが滑り上の物が飛び散りその辺の物が飛んで来る。


 ヘミングスさんが強い風の魔力で壁を作り、ヴィルトさんが炎で冷気を押し返す。


 ジュディーはブーツに魔力を纏わせて、起き上がり襲って来ようとした侍女を蹴り倒した所だった。


「乗っ取られてるっぽい。不味いんじゃない?この状況。いちいち怪我させないように気を使ってたらこっちが怪我するよ」


 そのジュディーの言葉通り、領主館内の使用人や兵士が操られて此方に向かって来ている気配がする。


「窓を壊して外に出るぞ」

 

 ヘミングスさんの声がした直後、庭に面していた格子ガラスの大きな両開きの扉が外側に暴力的なまでの力で外に吹き飛んだ。


「ヘミングスさん、ナイス!」


 うきうきしたようなジュディーの声がしたが、笑っている場合ではない。一気に外に駆け出す。


 既に屋敷全体が瘴気に包まれ始めている。


「まずいなここを占拠されるのは宜しくない。皆、用意はいいか?領主館に結界を張るぞ。フィアラジェント頼むよ!」


 ヴィルトさんの声に私以外の四人が散った。


「よし、いいぞ、フィアラジェント」


 ヴィルトさんの声に被るようにそれぞれの声がイヤーカフから聞こえる。


「俺も位置に付いた」


「オケ、フィアラ」


「こっちも良い」


 これは今回の遠征でダイロクから貸し出された通信用の魔道具だ。


 結界を張る時にはそれぞれの保持している魔石を必要なポイントポイントに配置する必要がある。


 そして浄化には私の力を使う。おおよそ浄化が必要な仕事が絡む時には、その用意はしているのだ。

 私以外の四人が魔石に魔力を通して領主館の四方に立ち結界を張ってくれた。


 私は自分の魔力を身体の中から溢れさせるような感覚でその結界の中へと充満させた。


 緑の光と共にキラキラとしたさざめきが舞い、黒い霧を四散させていく。その瞬間、


「グギャァ―――!」


 獣の様な声が屋敷中に響き渡る。


 黒い塊が屋根を突き破り外に噴出した。その黒いモノは形を様々に変えながら、ブンブンという音を鳴り響かせて鋭い槍の様な形態になり、結界の一番弱い部分を付いて外に漏れ出た。そして山の方に向かって飛び去って行った。


 「何だあれは・・・蝿(ハエ)の塊の化け物のようだったが?」


 「凄い蝿の数だな、何なんだ、一体」


 ヴィルトさんとヘミングスさんが眉をしかめて話ている。あの蝿の集団は一つの意思を持って動いていた様に感じられる。あれもあの何かの意思に操られているその入れ物だというだけのものだ。


 正気を取り戻した領主館の者達を助け、ヘレナと手分けして屋敷の浄化具合を確認して回る。


 ジュディーがヘレナに、ヘミングスさんが私の護衛に付いてくれて、ヴィルトさんが屋敷の使用人等の様子を確認してくれた。


 屋根を突き破り出て行った黒い塊の居た場所は、領主の部屋だった。


 領主の部屋の中は浄化をかけても入るのを躊躇うような有様で、特に寝室は酷くその寝具の中には領主の物と思われる遺骸の一部が残されていた。既に身体が朽ちてしまっている事に、彼の魂は気付いているのだろうか?

 

 屋敷の者達の記憶は曖昧で、領主に異常が起こったと思われる頃からの事はあまり憶えていない様子だった。


 皆、狐につままれたような様子だった。




 

 その日はとりあえず領主館には結界を張ったままにしておいた。あの穢れが戻って来ないとも限らないだろうという話になったのだ。この程度の範囲の結界ならば、ダイロク製の結界維持装置を使えば暫くは大丈夫だ。


 私達は領主館の後始末を終えると、今日の結果報告を纏めヴィルトさんにダイロクの魔道具を使って送ってもらった。


 転移魔法陣を小型化したような、小さな無機物なら送れる魔道具だ。位置情報が入力されている場所にしか使えないようだけど、大変便利な道具だ。小さな箱型の鞄にしか見えないが、魔法師団の紋章が焼き付けてある。


 シュバリー伯爵が亡くなっているのなら早急にこの領地を任せられる適任者が必要になるだろう。私達は夕方まで領主館で雑事を済ませ、ガルトの宿に戻る事にした。


 明日は朝早くに問題の森に入る予定だ。それなりの用意が必要になるだろう。野営の準備もしておかなくてはならない。


 こうなっては魔法師団が来ているのが領地の者達にバレると困るだとか言っている場合では無い。その後、私達は今後の事を考えて魔法師団の隊服に着替えた。


「やっぱりこっちの方が気分が落ち着くね。仕事しやすい」


 ジュディーは着替えた隊服をパンパンと叩いて気合を入れている様子だ。


「そうだな、やはり着慣れている服が一番楽だ」


 ヘレナはカフスボタンを留めながら言った。


「うん、しっくり来るね」


 私もいつものブルーの隊服を着て思わずそう言った。シワが付かない加工もされているので綺麗なものだ。


 防菌加工という概念はこの世界には無いけど、浄化魔法が付与されているので、隊服に関しては汚れを気にしなくてよくなった。いちいち浄化能力を持って居る者が、その都度他の浄化能力を持っていない者の浄化をしなくても良い。前にセレッソに、隊服に浄化機能を追加出来ないか駄目もとで聞いてみたら、わりと本気で考えてくれて、今期から魔法師団の隊服に関して浄化が付与されたのだ。すごいねダイロク。


 シュバリー伯爵領の代理や領主館に務める者達の話を集めてみると、領主の様子は半年以上前からおかしくなっていた様だ。部屋から出て来ず、ドアの外にいる者に指示を出していた様なのだ。


 宿屋の女将には話しても良いと思える事だけ説明し、魔法師団の者で有る事も説明してある。


 男性陣の宿屋の食堂を借り切って、明日の打ち合わせを行った。テーブルには地図が広げられていて、この部屋から機密内容が漏れないように、小さな結界も張ってある。


「この地にある森の結界だが、ダイロクの調査によると、シュバリー伯爵家の祖先が張った結界らしい。もともと結界を張る魔力に特化した一族のようだ。代々の一族の能力を吸引して結界を持続するように構築されていた様だが、直系のシュバリー伯爵は亡くなってしまい、残存する魔力はスカスカの脆い状態で、今破るのは容易い様だね。」


 顎に手を当ててヴィルトさんは思案顔だ。


「なあ、ヴィルト、この結界の張られていた場所は、もともと曰く付きの場所の様だが、古戦場とかそういう奴なのか?」


 ヘミングスさんがそう言うのも最もな話で、大体において浄化が必要な場所は人の無念が多く残る場所だ。

 特に時の経過した古いそういう場所は質が悪く、恨みつらみの残留思念が浄化されずに残って悪さをするのだ。それは、珍しい話でもなんでもなく、魔法師団に来る浄化依頼の殆どの原因とはそう言ったものなのだ。


「うーん、ダイロクの調査結果から行くと、そうとう古い話らしいが、もとは現在では隣の領になっている場所あたりまで、幾つかの部族が共存していたようだけど、その中でも結界に特化した一族の力による資源独占、まあ、シュバリー伯爵家の祖先らしいけど・・・よくある話、他の部族を虐殺してこの地を手に入れたみたいだよ」


「そうか、でもそれにしては・・・」


「あれは、悪い条件が揃って、強力な呪詛が発動してしまった感じだ・・・」


 ヘミングスさんの言葉を拾って、ヘレナがぽつりと言った。


「そうだな、ダイロクからの回答としても、この現象は『蟲術』に近いものによるかも知れないという事だ」


 今度はヴィルトさんの言葉に、皆が顔をしかめた。


 エルメンティアには呪詛を扱う一族の話が残っているが、それは禁術だ。


 魔法師団でも座学の中でその様な歴史も習うのだ、確かに呪術ではその事に触れてあった。


 蟲(こ)とは人に害を成す毒虫を作り出す呪術の事だ。


 私の記憶にある前世では、中国という国には蟲毒という呪術があった。それは様々な物語にも登場していて、わりと知る機会があったのだ。それは壺の中に100匹の毒虫を入れて共食いさせ、最後に生き残った残った虫の毒を使うというものだ。たとえ世界が違っても人という生き物は、同じような思考に行きつくものなんだろうか。エルメンティアでの蟲術というのも似たり寄ったりの術だった。


 ただ、此方の世界は魔力が関係してくるので、呪詛の類はとても複雑だ。浄化師にも得て不得てというものがあるので、私の持つティーザーの浄化の魔力は万能とも言われていて、こういう時はとても頼りにされるのだった。






    ※   ※   ※




 

 翌日の朝、問題の森へと出発しようと馬に乗る前に、私は皆にデーツの入った長い水筒の様な形の携帯用の缶をそれぞれに渡した。


 すると、ヘミングスさんが直ぐに缶の蓋をキュポンと開けて、中からデーツを摘まみ出し、口に入れた。


「旨いっ、甘い!」


 いつも仏頂面が通常仕様の顔がニッコリ笑って大きなワンコ感満載だ。


「甘党か!」


 ツッコミながらジュディーも缶の蓋を開け、ヘミングスさんと同じように口に放り込んだ。


 その後、ヘミングスさんはプッと種を遠くに飛ばしてドヤ顔をした。


「プッ!」


 すかさずジュディーがそれよりも遠くに飛ばす。


「むっ」


 ヒクリとヘミングスさんの眉間にシワが寄る。


 その後、二人はあーだこーだと種の飛ばし合いの競争を始めてしまい最後にはヘレナに、


「子供かっ!」と怒られた。ヴィルトさんは、ワハハと笑っている。


 でもそのお陰で、私も含めて皆で甘いデーツを幾つか食べて笑って、何だかほっこりした気分で出発出来た。


 アカイノが種を飛ばして悪さをしていた事を思い出し、仕事が終わって休暇が貰えたら、十字島に行くぞーと思った。帰ったら、ザクにも色々話したい事もある。ザクの事を思うと胸がキュンとした。


「何だフィアラ、顔が赤いぞ、種でも喉に詰まらせたのか?」


 そんな事を聞いて来るヘレナの真面目に心配する視線に、どれだけ私はどんくさいと思われているのだろうかと頭を捻る。


「ち、違う違う。大丈夫、あんまりジュディーとヘミングスさんが可笑しかったからだよ」


 ブンブン手を振り挙動不審な私の言い訳に、「そうなのか」と納得するヘレナに申し訳ないと思いつつ、今更だけど私ったら一体どれだけザクが好きなのかと、自覚してしまった。


 胸の奥が痛いような、切ないような・・・そんな感じだった。


 『 よし、今回も仕事頑張ってちゃんと終わらせて、そして”ただいま”って帰るの 』


 大切な人達の所に・・・。


 帰りたい場所があるという事のなんと幸せなことだろうか。



 


 


 





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