第11話 蟲毒の森(最終話)

「ここまで瘴気が漏れて来ている。早く処理しないとガルトの町にも悪影響を及ぼしそうだ」


 ヘレナが暗い森の中を進みながら眉をひそめた。


「馬はこの辺りで繋いで行った方が良いだろうね。小川の傍で草の有る所に置いて行けば暫くは大丈夫だろうし」


 ヴィルトさんがそう判断するように、これから先の道は馬を痛めそうだ。置いていった方が良いだろう。


 それぞれの馬に瘴気避けの魔石を取りつけ、荷物を降ろした。一人ずつ持っている野営用のリュックは、程ほどの大きさで女性が背負っても動きの邪魔にならない程度だが、中にはかなりの道具が入っている。収納魔法が付与されているのだ。内側に取りつけられている魔石に触れながら取り出したい道具の名を持ち主が唱えれば道具が出て来る仕様になっている。そしてとても軽い。


 使用時にリュックの魔石に自分の魔力を通すと、それ以外の者は勝手に出し入れ出来なくなっている。もちろん私物を詰める事も出来る優れもので、重量軽減の魔法も付与されているのでとても使いやすい。このリュックは当然仕事が終了すればダイロクに返さなければならないのだが、皆、


「これ欲しい、ダイロクが作って売ってくれればいいのに」と言っている。


 実はこれ、ザクが私用に作ってくれた十字島で使ったリュックを元にした物で、あのリュックは、私が十字島で困る事が無い様にと、ザクが色々考えて作ってくれたリュックだ。


 同じようなリュックが魔法師団で使えたら便利で良いのにと常々遠征等で思っていたので、セレッソにこんなのがあったら便利なのだと相談したら、ダイロクで作ってくれたのだ。


 もちろん、ザクには許可を取ってからセレッソに相談した。遠征に行く現場の団員と、城の中でひたすら魔道具を作っているダイロクの者との間にはやっぱり温度差があるので、こうした必要だと思える物があれば直接話をする機会があった方がお互いが分かり易いのだと思った。


 私は偶々セレッソと知り合う機会があったから、こんな風に直接話をする事が可能だけど、普通は作業部屋に籠っているダイロクの天才と話をする機会はあまり無いだろう。それに、セレッソでなければ、ここまでザクの作った物に近い物は作れなかっただろうと思った。


 馬を降りて適当な場所に繋ぎ、リュックを背負い目的地に向けて歩く。下には柔らかい腐葉土が層になり滑りやすかった。背丈の伸びた雑木が陰を作り、枯れた木の株や倒木が多い。


「足元が悪いな、気を付けろよ」


 ぶっきらぼうだけど、優しいヘミングスさんが言った。


「こっちは長い事人が入った形跡が無い様だね」


 先に立って歩くヴィルトさんとヘミングスさんが確認しながら前に進んだ。


 ヘミングスさんが、お掃除魔法・・・じゃなくて得意な風魔法を使い、邪魔な雑木等をどけて道を作りながら進む。それに連れどんどん瘴気が濃くなっていくのが分かる。少し離れたら目視で相手が見えない位には霧が深くなっている。


 ヒュンヒュンと軽い風を切る音と共に雑木が軽く脇に飛ばされ、道が拓ける。


「なんか、えらくキレが良いな・・・」


 ヘミングスさんが頭を傾げてボソッと言った。


「キレって?何ですか??」


 私が彼を見上げて不思議そうに言うと、


「いや・・・」


 と、黙ってしまった。


「?」


「予定通り、結柱(けっちゅう)には緑柱魔法石(ルチルエメロード)を使う。皆、確かに携帯しているね?」


 ヴィルトさんの確認に皆無言で頷いた。緑柱魔法石の結晶を皆それぞれ所持している。


「じゃ、行くよ。皆、少し下がってくれるかな」


 皆が一泊置いて下がったのを確認して、手を突き出したヴィルトさんの身体から、一瞬、蒼い火柱が上がり手のひらからゴオッ・・・という音と共に鋭い槍の様な青い炎が古い結界を貫いた。



 パリン・・・



 軽い音と共に古い結界が音を立てて崩壊した。


 何故か、ヴィルトさんは驚愕の表情をしたが、頭を振り、そのまま飛び込む様に壊れた結界の中に入って行く。


 私以外の四人は結柱となる緑柱魔法石を新しい結界を張る為に、この地に鎮める必要があるのだ。すぐさま四方に散って行く。


 


 長い時の中で、閉じられていたまま維持され続けたその惨状を目にして絶句する。深い苦しみに囚われたまま、彼らはここに縛られていたのだろう。辺り一面に頭蓋や骨が積み重なっている。でも、それを呆けたように見ている余裕などない。今からやらなければならない、私の仕事がある。


 私の浄化の魔力を、皆の持っている緑柱魔法石に共鳴させるように、身体の中の魔力を指先かた飛ばすようなイメージを浮かべる。いつもよりずっと早く強い魔力が身体から湧き出るような気がする。


 遺骨の山が、一瞬にして崩れる。それが苦しみもがく人の姿に変わり、それから黒い蝿の塊に姿を変えて空を覆う。辺りは夕方の様な暗さになった。幻の様な人影が彼方此方でゆらゆらと立ち昇っては消えた。


 ヴォン・・・ヴォンと羽音が渦を巻く様だ。


 

 還りたい・・・


 皆、還りたいのだ


 けれども囚われたまま、積み重なり化石の様になってしまった恨みの念が、彼らをこの地に繋いでいる


 このまま結界から外に出たとしても、その魂は救われない。


  

 キュイ――――ン!



 その時、音叉が響き渡る様な結柱の設置完了音と共に、四方から緑の光が打ちあがり、新しい結界が張り巡らされた。


 「「「「完了」」」」


 イヤーカフから四人の声が聞こえる。


 其々が自らを魔力を強く纏い、四人が跳躍して、私の周囲に戻って来た。


「すごい、絶好調なんだけど、皆そう?」


 ジュディーが首を捻っている。


「絶好調?」


 何だろう?、何か四人とも私の方を物言いたそうな表情で見ている。


「フィアラジェント、頼むぞ」


 ヘミングスさんの声に、はっとした。私は取り出していた『聖女の瞳』を握り締めた。身体から浄化の魔力を放出した。その時になって、いつもより魔力の力が、強く働いている事に気付いたのだ。


「えっ、なんで・・・」





 張られた結界ごと、緑金の四角柱が天に向かい、無音の轟音とでも言うのか。振動と共に打ちあがった浄化の光のあまりの眩しさに思わず目を閉じた。


 その地に繋がれていた魂は、黒い蝿の姿で巻き上がり、光の勢いとともに天に上る。


 魂の歓喜が押し寄せて来た。


 還ろう


 還ろう


 還ろう


 さざ波のように、そう、伝わって来た。


 


 強烈な光の中に居た筈なのに、私は唐突に深い森の中に立って居た。


 『あれっ、おかしい、いつの間に・・・』


 周りに他の四人が居ない事に気付く。ここは、さっきまで居た場所ではない。何処か別の場所に飛ばされてしまったのだろうか?そして暫くして、何かが動いている事に気付く。


 ひょこひょこと、金髪の子供の頭が、草木の中で動いている。


 よく見ると、地べたに膝を付いて手でかき回しているようだ。何をしているのだろう?


「どうしたの?」


 思わず私は声をかけた。


 男の子はびっくりして振り返り私を見た。


 いかにもな貴族の子供の服装だ。上質な絹を使ったかなり品の良い物を身に着けているのが見てとれる。


「・・・だあれ?メアリーは?」


「えっ?知らない。私はフィアラ」


 そう言う私を暫くじっと見てから、首を傾けてその子は言った。


「・・・あのね、探してるの」


 男の子は、さも困った様に眉毛を下げて、泣き出しそうな顔をしている。透明な水色の大きな瞳をしてる。


「何をさがしてるの?」


「母上の下さった、ネックレス」


「落としたの?」


「うん。大切なのに・・・」


 私も膝をついて辺りを見回す。


「私も一緒に探すよ、どんなネックレスかな?」


 すると男の子は嬉しそうに笑った。


「金の鎖に綺麗な石が付いてるんだ」


「わかった」


 私はぐるりと辺りを見回す。魔力を使えばもしかしたら見つかるかもしれないと思った。ここはどの辺りだろうか?森の感じからガルトの近くかもしれないと思う。


 少し何かに気を惹かれる様な気がして、その方向を見る。目の端に何か気になる物が引っ掛かったような気がしたのだ。


「あっ、人が・・・」


 雑木の林の中に人が倒れていた。一瞬、仲間の誰かかと思ったが、全く見知らぬ人だ。同じ位か、少し年上か・・・。


 走り寄って傍にしゃがみ様子を見る。顔色は良くないが、胸が微かに上下しているので、生きて居る様だ。


「あ、これ?」


 その人は仰向けに倒れていたが、その右手にはキラリとする繊細な金の鎖が絡んでいた。


 そっとその掌を開くと、手の中に切れた金の鎖と一緒に水色の石の填まった指輪が握られている。ああ、この色はさっきの少年の瞳の色に良く似た、淡く澄んだ水色をしている。


「それだよ、僕、それを探していたんだ」


 男の子が嬉しそうに駆けて来た。


 私はそれをそっと切れている鎖ごと指輪を摘まみ上げて男の子の方に差し出す。


「ありがとう!」


 彼は小さな掌を差し出して嬉しそうに受け取り、両手でぎゅっと胸に抱きしめる。


 その瞬間、急に光が弾け、突然に少年の姿が消えていた。





 

「フィアラ何処にいる!?」


「フィアラどこっ?」


「「フィアラジェント!!!」」



 イヤーカフから突然声が響き首を竦めた。


 四人の声だ。やはり私は別の場所の場所に飛ばされて居た様だ。


「あ、えっと、うーん。何処かな?」


「「「「はぁ?」」」」


「お前は動かなくていいから其処に居ろ。此方から探していく」


 怒ったようなヘミングスさんの声が聞こえる。


「・・・あの、人が倒れていたので、救護もお願いします」


「誰かわかるかい?」


 ヴィルトさんの声だ。


「知らない人ですけど・・・」


 私は言葉を切った。もしかしたらと思ったけど、確信を持てなかった。


「うん、それで、フィアラジェントは怪我はないかな?」


「大丈夫です」


「分かった、こっちも浄化はちゃんと完了してるから大丈夫。お疲れさん。ちょっと待ってて」




 そう言ってからすぐに四人は私の魔力を辿り来てくれた。やはりガルトの町に近い森の中だったのだ。


「フィアラが居ないから皆とても驚いたんだ」


 ヘレナが迎えに来てくれてから直ぐにポンポンと背中を叩いてそう言った。どうやらあの時、ほんの少しの間だけど四人は暫く気を失って倒れていたらしい。


 気が付くと、あの場所は更地の様な有様で、何も残っていなかったそうだ。


 それから、あの倒れていた人は、驚いた事にフォルテス財務官の子息だった。行方不明になった時の服装や、絵姿を私も出発前に確認していたので、もしかしたらと思ったのだ。


 彼は、ガルトから行方不明になった辺りの事は全く覚えていなかった。よくもまあ生き永らえていたものだと皆驚きを隠せなかった。


 そして、シュバリー伯爵は見つからなかった。やはり状況的に亡くなってしまったのだと思える。


 あの後、領主館に飾られた代々のシュバリー伯爵家の肖像画を確認したが、金髪に淡い水色の瞳の方だった。並びに飾られている前領主夫妻の肖像画の、夫人の指には見た事のある様な水色の石の指輪が描かれていた。


 明日には、王城から事後処理の応援部隊が派遣されて来る。私達の仕事は入れ替わりで終了する。

ガルトの町は、光の柱の話題で持ち切りで様々な憶測が飛び交っていた。


 そして、何処からともなく、あの光の柱は聖女様の浄化の光だ。曰く付きのあの恐ろしい森の不浄の地が清められたのだという噂が囁かれていたという話を、あれから大分経過した後に聞かされた私は遠い目をしてしまった。


 



   ※   ※   ※





 焼けた石の上でジュウジュウと親鶏の細切り肉と野菜が焼かれている。


「うんっま!」


 ジュディーの頬袋がやばい事になっている。リスそっくりだ。当然、ヘレナは呆れた顔をして見ている。


 それ以外にも、鹿のソーセージや野菜と肉の煮込み料理等もあり、蒸したジャガイモもある。田舎のごちそうだ。


「ジュディー、食べ物は逃げない。喉に詰めるぞ、ゆっくり食べろ」


 ごもっともな事をヘレナに言われても、うんうん頷くだけで、手はジャガイモの方に伸びている。


「ジュディー、そのまま触ると熱いから、横に置いてある乾いた布巾使わなきゃ」


 私の声に、頷いてから、手を引っ込めて布巾を取る。口の中は咀嚼を繰り返していた。


「いやあ、君達、元気だね・・・」


「あひたぬわ帰るひ、食べたひもにょ食べなひゃ」(訳:明日には帰るし、食べたい物たべなきゃ)


「ん、何て?」


 ヴィルトさんは聞き返している。


「ええい、行儀の悪い。食ってからしゃべれ」


「うぎゃ」


 ジュディーはペシリとおでこをヘレナに叩かれている。


 

「あーそういえば、フィアラジェント・・・」


「はい?」


 ヴィルトさんが、珍しく何とも言いにくそうにあのナツメヤシの缶筒を出した。


「これなんだけど」


「おかわりはありませんよ」


「いや、おかわりじゃなくてね、このナツメヤシの威力についてなんだけど・・・」


「威力?」


 野菜と肉の煮込み料理を口に入れようとして思わず止めて聞き返す。


 ああ、早く口に入れたい。何の肉だろうか?くたくたになった肉の繊維が端からほろりと解けて行きそうな程に、柔らかく煮こまれている。早く食べろよーと匙の中でフルフルとしながら私に話しかけて来る。


「私達の魔力が倍増したのは、どう考えてもこのナツメヤシが原因なんじゃないかと思い至ったんだ。これを口にした四人共が魔力が上がった。一時的なものだったけどね。フィアラジェントも異常を感じなかったかい?」


「えっ?ええっ!」


 大きめの木の匙で、掬い上げていた肉は、木の器の中にボトリ・・・と落ちていった。




 



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