第2話 マリエルお姉様とアダラード商会

「シルク、今日は以前言っていたようにマリエルお姉さまのお屋敷に出掛けて来るね」


 その日の朝、私の寝室に朝の支度の為にやって来たシルクににそう声をかけた。

 今日は仕事が休みの日で、その予定は、前からザクにはもちろん、シルクにもフロスティーにも伝えていた。


 ティーザー家の三女のマリエルお姉さまは、王都にあるアダラード商会にお嫁に行かれている。アダラード商会はエルメンティアの三大商会のうちの一つだった。


 侯爵家から、商家にお嫁に行くというのは、大変珍しい事だけど三大商会のうちの一つともなれば、あり得ない事でもないと納得する人も中にはいる様だ。


 逆に、貴族の次男以下の男子は、貴族の一人娘に婿入りや、商家の跡取り娘の婿として庶民の家に入る事はよくある話だった。



「はい、お嬢様、伺っております。午後一時二十分位に馬車を玄関に回しますので、それに合わせて支度のご用意を致します」


「ありがとう、じゃお願いするね」


「料理長からも、手土産のお菓子を預かる様にしていますので、大丈夫ですよ」


 そうなのだ、今日の為に料理長と相談して新しいお菓子を用意するようにしていたのだ。


「うん、あのお菓子、美味しく出来たから、持って行くの楽しみ」


「ええ、とても美味しいお菓子でしたね。お嬢様は本当に色々な事をご存じですね」


「私が食いしん坊なだけだよ、それに料理長にお願いすると、何でも作れるの。ホントすごいよね」


 実際、向こうの世界で好きだった食べ物を、こちらにある材料で再現するという試みを色々繰り返している。

 自分でも色々やってみているけど、料理長に相談して作る事が多い。

 同じような材料は、探せばあるものなのだ。同じ様に作る事が出来た時は、とても嬉しい。



 そのマリエルお姉さまから手紙を貰い、今日は、お姉さまの住む屋敷に遊びに行く事になっている。

 と言っても、今日が初めてではない。以前、2度程お屋敷に行った事があった。


 ティーザ家の、お姉さま方との姉妹の付き合いとして、手紙や贈り物をやり取りするうちに、マリエルお姉さまから隈取バチのハチミツを扱わせて貰えないか?と言われた事があったのだ。今から三年以上前の話だ。


 お姉さまが言うには、あまりに美味しかったので、お客様がいらっしゃった時に、デザートに隈取バチのハチミツを添えてお出しした所、自分の店に卸してもらえないかと言われたという話だった。その人は貴族御用達の菓子店を経営しているそうで、その菓子店は『ラ・ディーア』というそうだ。あ、聞いた事あると思った。確か、フィルグレットが時々お菓子を買って来てくれるお店だ。


 マリエルお姉様の旦那様であるアダラード商会長の、バルディスさんの長年の友人だと言われた。


「沢山でなくて良いの。毎月、1000ミリ-ル一瓶でも良いので卸してもらえないかって言われたのよ」

 とはマリエルお姉さまの言葉だ。


 1000ミリ―ルっていうと、前の世界の1000mlとほぼ同じだから、それならば何の問題もなさそうだと思ったけど、一応、ザクに相談した。(ちなみに1000ミリ―ルは1リーラになる)


 すると、ヴァルモントル公爵家の領地からハチミツを出していると出所を分からないようにするのであれば、構わないと言われた。もしザクの領地から流通させていると知れたら、あちらこちらから欲しいと言われるようになる事を懸念しての話だ。ザクは十字島を使って儲ける考えは無かった。彼はお金には全く困っていないのだ。



 隈取バチは十字島にしか生息して居ない。可愛い丸々した金色の蜂で、目の周りが黒いので隈取バチと呼ばれている。胸部は金色のモフモフがある。大きさや形は、前世でのクマバチに似ている。


 でもハチの巣は、ミツバチの巣が大型になった様な感じらしい。森の中の樹の枝にぶら下がっているのだそうだ。


 様々な花が咲き乱れる十字島で、隈取バチの巣からは、いつもハチミツがタラタラと流れ落ちる程、蜜が溜まっていて、その下に容器を置いて置くと一つのハチの巣から一晩で2リーラ採れると聞いた事がある。つまり前世の単位では2リットル位という事になる。


 隈取バチの巣が近くにあると、甘い香りがするのですぐ分かるらしい。隈取バチはとても温和な性格で、害意を持っていなければ、攻撃して来ないそうだ。人の言葉も分かるというよりは、感じとるのだそうだ。


 ドワーフやエルフの人達は、ハチミツを貰うお礼に、隈取バチの為に島に花を沢山植えているらしい。


 私が隈取バチのハチミツが大好きなのを十字島の『人で非ざる者達』は、何処からか聞いた様で、いつからか十字島から瓶に詰められて定期的に送られて来るようになった。こういう島とのやり取りは、フロスティを通してフィルグレットがやってくれているみたい。


 十字島から他にもこちらに、手伝いの『人に非ざる者達』が入れ替わり来ているらしいのだけど、紫苑城は広いし、色々とアレなので直接会う事が無く。遠目に、見たことない誰かが庭に新しい花を植えているなとか、あっちの部屋の模様替えをしているなとか見かける事はあるのだった。


 隈取バチのハチミツを『ラ・ディーア』に卸すようになってから、新しくお店の商品になった【クマドリハチミツケーク】を目当てにする人達が増え始めた様だ。少量しか作れないので、滅多に食べられないという事で、よけい人気に火が付いたみたい。


 その後のやり取りから、月に5000ミリ―ル卸すようになると、毎月の様に『クマドリハチミツケーク』がひと箱、お姉さまから送られて来るようになった。ハチミツと卵をふんだんに使って作られた、シンプルなケーキだ。しっとりしたカステラによく似ている。この世界では画期的なお菓子になる。


 今では『ラ・ディーア』を代表するお菓子になっているようだ。卵と蜂蜜をたっぷり使った贅沢な生地は、隈取バチのハチミツのお陰で、他所では絶対に出せない極上のきめ細かいしっとりとした舌ざわりを与えていた。みっちりとした重厚な味なのに、スッと口の中に消える絶妙な甘さをもっと味わいたいという要求に駆られてしまうのだ。




   ※   ※   ※




 今朝はザクと離れのテラスで朝食を摂った。私の作った朝食だ。

 食事の上げ下げも片付けも私がするので大丈夫だとシルクに伝えて、作った朝食をワゴンに乗せてテラスに運ぶ。

 緑に囲まれて、小鳥の声を聴きながら食事をするのは気持ち良い。風が通って行くと、爽やかな緑の香がした。


 今朝は『フレンチトースト』とハムエッグに、裏の菜園から採った新鮮な野菜のサラダを横に盛り付けて、大きめの白いお皿を使ってワンプレートにした。こういう盛り付けは前世のやり方だ。


 王族の彼には向かないかも知れないと思ったのだけど、以前ザクから「フィーが好きな様に作れば良い。お前の作る料理なら私は何でも食べたい」と言ってくれた事がある。


 サラダのポイントはドレッシングだろうか、オイルと香辛料とレモンやフルーツの搾り汁を加えた物をかけると、生野菜も沢山食べる事が出来る。こういう物はまだこちらの世界には無い。


 飲み物は大きなカップにたっぷりのミルクティーにした。

 約束の時間通り、青い魔法陣がテラスに浮き出て、そしてザクが現れた。


「おはよう、ザク」


「おはよう、フィー」


 いつもの様に、朝の挨拶をする。ザクの腰の上辺りに手を回しぎゅっとハグする。そして顔を見上げた。

 身長差があるのでこの体制は致し方ないのだ。うむ。


 こうして、ザクの顔を見上げると目が合う瞬間が好きだ。何か、こう、ぶわっとこみ上げて来て、朝から嬉しくて笑ってしまうのだ。


 そんな私を静かに静かに見下ろし、彼は髪を撫でてくれる。


 『フレンチトースト』はこの世界にはまだ無い物だった。でもパンは色々な形の物がある。

 柔らかい焼きたてのパンは、紫苑城では料理長が焼いて出してくれる。このフレンチトーストは、料理長が焼いたパンを使って作った。昨日、朝食用にどうぞと貰ったのでそれを使わせて貰った。


「ザク、美味しい?」


 ザクが美しい所作で、ナイフとフォークを使いフレンチトーストを食べるのを見ながら聞く。

 

「ああ、とても旨いな。フィーは料理が上手だ」


「えへへ」


 私はじっくりと時間をかけて卵とミルクとハチミツで作った液をパンに吸わせた。それから焼いた厚めのふわとろのフレンチトーストをほおばり、ハチミツとバターでテラテラした口元でふにゃりと笑った。


 ザクに褒められると、いつも照れてしまう。でもこうして居られるだけでとても幸せだ。


 『フレンチトースト』は、此処に来て暫くした頃、料理長に教えてあげたら、今では紫苑城の料理長の作る朝食の定番になりつつある。上にたっぷりの隈取バチのハチミツをかけて頂く。厚めに切った田舎パンに、卵とミルクとハチミツを溶いた液をしっかりと吸わせて、十字島産の羊のバターでじっくり焼く。


 厚めに切ったパンの生地が、プルプルしたふわとろになり、上にたっぷりかけた上品な隈取バチの甘みがたまらない。ちょっと焦げ目が付くくらいに焼いて食べるのが好みだった。出来立ての熱々を口に入れて噛むと、外がカリッとして中がじゅわーっと来るのが良いのだ。


 仕事が休みの日は、時々私が離れで朝食を作る。自分が作る時は前もってシルクやフロスティーに伝えるし、ザクには一緒に離れのテラスで朝食を食べないかとお誘いしておく。


 紫苑城に来てからというもの、贅沢で豊富な食材にびっくりした。エルメンティアで庶民時代に培った貧乏食レパートリーではザクの口に合うまいと、前世の記憶の料理の知識を色々思い出しては材料と照らし合わせる。彼に美味しい物を食べて貰いたい、そう考えて記憶を掘り起こした。




 休日のザクの服装は、仕事の時とは違いゆったりとした服装をしている。普段ザクの仕事着は、いかにも高位の魔術師といった服だけど、休みにはその魔術師仕様の上着を脱いでいる。そして柔らかい絹生地の丈が膝下まである上服と、揃いの生地の足首を隠す丈のパンツを履いているのだ。


 上服の裾の左右に動き安いようにスリットが入っていて、ウエストにはサッシュが巻いてある。丈の長いシャツと言えばよいのだろうか?


 前の世界ではイメージ的に近いのが中東の男性が着る丈の長い白い服に似ている感じかな。もっと生地が柔らかい感じだけど。首回りは襟付きだったり、立ち襟だったりと色々だ。そして、大抵は美しい刺繍が同色の糸で袖周り、裾、首回りにされていた。


 服の色は、黒の上下、薄紫の上下、白の上下という感じの、上下色を合わせていて。それに同色の刺繍が入った、一見地味にも見えるが、逸品物をザクは着ていた。靴はブーツではなく、柔らかそうな革の室内履きを履いている。ローファーみたいな感じだ。


 今日は白い生地の上下に、薄紫のサッシュを巻いていた。とても綺麗だ。いつもザクの着る服はフロスティが用意しているみたい。とても彼に似合う物を選ぶ素敵なセンスをしているなと思う。


  

「今日は、午後からマリエルお姉さまの所に行って来るね」


「ああ、聞いている。気を付けて、それにあまり遅くならないようにな」


「うん、気を付けるね」


 えへへ、と笑いながらザクを見ると、じーっと見られていた。思わず、前回、遅く帰ってしまった事を思い出す。


「あ、この間は遅くなってごめんなさい」


「そのように何度も謝らなくても良いのだ、気にするな」


 そう言われて、私はますます反省してしまう。


 前にお姉さまの所に行った時に、話をするのに夢中になりすぎて少々帰りが遅く帰った事があり、ザクに心配させてしまったのだ。気が付くと時間がいつの間にか経過していて、慌てて帰った事がある。それで夕食の時間に遅れてしまったのだ。とても反省している。 




   ※    ※    ※

 



 アダラード商会の本宅は、庶民の富裕層が住む中間区域とも呼ばれる場所にある。 

 

 庶民は貴族の居住区には許可証を持っていなければ入る事は出来ないけれど、貴族は庶民の街には遊びに行くし、許可証などは必要がない。前世の記憶が戻る前までは、貴族と庶民の生活の隔たりは、当たり前の事だったけど、前世の記憶が戻ると、そういう事が絡むと、何だかもやもやしてしまうようになった。


 マリエルお姉様の住む屋敷は、広い敷地にロードカイオスの建築様式を意識した、南ハサド風の風通しの良い異国情緒たっぷりの屋敷で、ナツメヤシに似た背の高い南国風の樹木が植えられている。


 二度ほど来た事があるけど、雰囲気がとても明るくて好きだ。壁の色が明るいオレンジがかった色土で作られてとても素敵なのだ。同じ色のレンガを塀や花壇に使い、植物も珍しい物が植えられて、まるで違う国に来たような錯覚を起こさせるのだ。警備は私兵を雇っている。


 商会では国内だけでなく、東や南の食べ物や生活用品なども流通させているので、私も勉強がてらにこちらに来て話が聞きたかったのだ。お姉様の屋敷の行き帰りは紫苑城の馬車で、フィルグレットが送ってくれる。


 今日のマリエルお姉さまへの手土産は、『生キャラメル』と、『デーツとナッツのシロップケーキ』にした。十字島産の羊のミルクとバター、それから隈取バチのハチミツを使って料理長が作ってくれた。生キャラメルはプレーンな物の他に、ナッツを入れた物、デーツを刻んで入れた物も用意して貰う。


 もう一つはデーツを使った焼き菓子を考えて、こちらも前世の記憶から考えた物を料理長に相談して作った。商会へのお土産となると、珍しい物を用意した方が喜ばれるので、手土産は何にしようかと考えるのだ。


 エルメンティアでは甘味は貴族の物といったイメージが強く、庶民では裕福な者でないとなかなか口にする機会がない。バターやハチミツ、と言った物も簡単には手に入らないし、ましてや『生キャラメル』所か、キャラメル自体存在していなかった。私が家族と住んでいた頃なんて、甘い物を口に出来る機会なんてまず無かった。


 もっと安価に、例えば飴の一粒ずつでも、昔の日本の駄菓子屋さんの様に、子供が小遣いを持って買いに行けるような環境が出来れば良いのにと思う。


 私の前世の記憶にある、冷蔵庫にある物で簡単に作れるスイーツなんて物でも、ここでは大変に貴重で高価な物になるという訳だ。


 生キャラメルなんて、ハチミツとバターとミルクを煮詰めるだけで、簡単だ。硬く煮詰めればキャラメルだし。


 なんとも思わずに紫苑城の料理長に作って貰う様にレシピを書いて渡し、説明したら、物凄く驚かれた。塩を利かせると塩バターキャラメルになる。ミルクを入れたり、煮詰める柔らかさを柔らかく調整すると、生キャラメルになるのだ。硬くすれば飴になる。使う材料に関しては、十字島から手に入るので、作り放題なんだけど……。


「お嬢様、凄いです、このお菓子の作り方を教えて下さってありがとうございます。考えた事もない作り方ですよ!」

 って料理長がめちゃくちゃ感動するから、私の方がびっくりした。そして、出来上がった『生キャラメル』を食べてまた感動。これだけで、お店が出来そうな位美味しい。ハチミツとバターを焦がして色付いた時のほんのりとしたカラメルの苦みと、隈取バチのハチミツの上品な甘みがこたえられない。それに加えて塩気とバターのコクは、この世界にはまだ無い味だ。


「おっ、美味しい!なんて美味しいの、ホッペ落ちそう!!」


 大きめの生キャラメルを口に放り込み、咀嚼して噛みしめる。甘くて幸せ。弾力があり柔らかくて粘着感のある食感を楽しんだ。濃厚な甘さにバターの良い香りが鼻に抜ける。ああ、この世界で、生キャラメルが食べれるなんて思わなかった。もちろん、材料に十字島の隈取バチのハチミツや羊のミルクを使っているからこんなに美味しいのは分かっている。羊の乳は牛乳よりも脂肪分や他の成分が高く、チーズを作ってもコクがありとても美味しいのだ。


 最も成分なんて言っても、ここではそういう概念が無いけどね。


「お嬢様、こんな甘味は初めてですよ、美味しいですねえ!」


 料理長まで、私と同じ様に両手でホッペを抑えて目をウルウルさせている。分かるなあ、その気持ち。


 

 あとは、キャラメルを包むオブラートの様な物が欲しくて、料理長に説明した。

 油紙に包むという事も考えたけど、手土産にするなら、ちょっと可愛くしたい。

 綺麗な蓋付きの容器に並べるという手もあるけど、手軽に食べられる感じにしたかった。


 そんな訳で、オブラートの材料はジャガイモとかのデンプンだ。まずデンプンをジャガイモからどうやって取り出すのか実際にやってみて説明した。手間暇かけて、遊びと研究を兼ねているようなものだけど、楽しい。


 これはべつに難しいことじゃない。ジャガイモをすり下ろし、水を入れた容器の中で、それを目の粗い布で濾すのだ。

 水に溶けだしたデンプンは水の底に溜まるので、上の水分を捨てて底のデンプンを残せば良いのだ。


 濾したジャガイモはもったいないので、後で別の料理に使う。


 この世界にはおろし金が無かったので、十字島のドワーフのおじさんに説明して、以前幾つか作ってもらった。

 前の世界のピーラーだとか、おろし金とかは絶対欲しい物だったので、大きさや説明はペンで紙に書いて渡した。

 紙やペンを自由に使える贅沢も、未だに感慨深い。


 ジャガイモのデンプンの取り出し方は前世で知っていた。『簡単な葛湯の作り方』というのを料理本で読んだ事を思い出してこちらでも離れの台所で試しにやって見たのだ


 ジャガイモから取り出したデンプンの溶けた水に、加減した少量の熱湯を少しずつ入れ、糖分を混ぜればトロトロの簡単葛湯もどきを作れる。ショウガに似たこちらの世界の、ジンジャウなんかを入れると寒い時など身体が温かくなるのだ。


 蛇足だけど、前世では、片栗粉の原料は昔はカタクリから作られていたけど、今ではジャガイモから作られていると書いてあった。だからすりおろしたジャガイモをそのまま焼けば、少しねちっとした食感のジャガイモもちが作れる。他の野菜を刻んだ物と一緒に火を通して、お好み焼きのようにしても美味しい。お肉系を入れたらガッツリ食べられる。 そう言えば、確か前世では、お好み焼きのソースには、デーツが使われていたのだ。すごい事思い出した。


 料理長がまずこの道具に食いついて来たので困ったけど、幾つか持っているので、後であげるねと言ったら、落ち着いてくれた。料理のこういったツールにはとても興味がある様子だ。


「お嬢様、今日は何を教えて下さるんですか?早くやりましょう!」

 

 料理長は作る気満々だった。私の思いつきに料理長の料理の腕が加わると、なぜか美味しい料理が出来上がるのだった。これは、料理長の知識と腕が素晴らしいからだと思う。


「旦那様の食欲が以前に比べて増された様子です。大層、美味しそうに食べて下さっている様子なのです。これもお嬢様のお陰です。ありがとうございます」


「それは、料理長の腕が良いからだよ、ザクの体調が良くなった事もあるし」


「ええ、ですがそれもお嬢様の魔力のお陰なのです。旦那様の結界内は清涼な気に満ち溢れ、これは私達、『人に非ざる者達』には大変心地よい事なのです」


「そうなんだ。うん。こちらこそありがとう。いつもザクと私に美味しい物食べさせてくれて」


 いつも、皆ありがとう。ここはかけがえのない私の大切な居場所となっていた。



 さて、そのデンプンを乾燥させて固め紙の様にして『生キャラメル』を包みたいって頼んだのだ。

 最初は頭を捻っていたけど、私の言いたい事が分かると早速色々試してくれた。


 料理長は、炎を魔法を操る事に長けているので、水溶きで薄く延ばされたデンプン水を上手に蒸発させてくれた。

 うす皮の様に出来上がったデンプンの膜を、風魔法でぺりぺりとバットから剥ぎ取る。


 最初、何度か失敗した。デンプンの濃さの調整が難しかったけど、破れない丁度良い厚さ具合を見つける事が出来たら、分量を確かめて何度か作り、完璧に作る事が出来る様になった。


 でも、料理長の魔力を流してデンプンを馴らしてくれたので、直ぐに調整出来たけど、そうじゃなかったら難しかっただろうと思う。この魔力のお陰で破れにくくて細工がしやすい丈夫な物が作れたのだ。


 結果、とてもいい感じのオブラートになった。こういうの魔力の無駄遣いって言うのかな?

 普通に魔力持ちの人間は貴族なので、料理に魔力を使う様な事はしないからね。こういうの工作みたいでなんか面白い。


 オブラートを包むのに丁度良い大きさに切り分けた。後はバットの中で固めた生キャラメルをナイフで切り分けて包むだけだ。生キャラメルを一つずつ、出来たオブラートで両端を捻って包んだ。とても可愛い感じだ。中身が透けて見えるのが良い。


 作っている最中に思ったのだけど、このオブラートに赤や緑や紫といった野菜や果物の色素を混ぜ込んだら、色付のセロファンのようになるのじゃないかな?きっとそれで包んだらもっと可愛くなると思った。また今度料理長に相談してみよう。


 紫苑城の厨房の皆にも、他の使用人の皆にも、後で沢山作って分けて貰ったら、皆、驚く程喜んでくれたので嬉しかった。



   ※   ※   ※



「まあ!フィアラちゃん、この可愛らしい物はなあに?」


 淡い桃色に染められた絹の巾着から宝石の様に色とりどりのオブラートに包まれた生キャラメルをテーブルの上の白いお皿に零すとそれを見てマリエルお姉様は声を上げた。


 白いお皿はここのメイドさんに頼んで持って来てもらった物だ。どうせなら驚いて貰おうと演出してみたのだ。

 

「マリエルお姉さま、これは『生キャラメル』というお菓子なの。とても美味しいから食べてみて」


「これがお菓子なの?どうやって食べるの?」

 

 お姉さまは目を丸くしているので、お姉さまの目の前で、両手でキャラメルの包の両端をキュッと引っ張り、中身を取り出した。そしてそれを口に入れ頬を抑えてニッコリ笑う。それを見て、お姉さまはすぐさま真似をして生キャラメルを口に入れた。


「!!!」


 そしてやっぱりマリエルお姉さまも両頬に手を当ててニッコリ笑った。


 もう一つのお菓子はデーツシロップに砂糖と卵を入れて泡立て、ドライフルーツのデーツの果肉と素焼きのナッツをたっぷり混ぜ込んで焼いた焼き菓子だ。これは、料理長が考えて作ってくれた一品だった。


「なあんて美味しいの!どちらも食べた事のない美味しさだわ、この中に入っている甘くて美味しい物はなあに?」



「お姉様、これはねデーツという東の国お果物よ。乾燥させてあるの」


「まあ、とっても甘くて贅沢ね、食べた事のない食感で、お菓子の生地のアクセントになっているわ、それにナッツが砕いて入れてあるのが、ザクザクしていて、なんて美味しいの!」


 お姉様から大絶賛を貰った。なかなかの掴み具合だった。



 その後、今日は一緒に港町に行く約束だったので、玄関に馬車が用意されると、それに乗って出かけた。

 港町は特殊な場所なので、身分証が無いと出入り出来ない。外国の船客も出入りする場所だからだ。


 初めてザクに連れられて王都に来た時に船で着いた場所だ。


 そして、珍しい物もたくさんあり、アダラード商会の事務所もあるのだった。


「今日はね、久しぶりにゼルトと会う約束もしているのよ」


「ゼルトお兄様と?」


 ゼルトお兄様というと、ティーザー侯爵家の次男で、上から五番目で、マリエルお姉さまのすぐ下になる。

 

 お城の第一騎士団で仕事をされているのだ。


「今日は仕事が休みらしくて、フィアラちゃんと港町に買い物に出ると言ったら、自分も会いたいから、店の方に顔を出すと言っていたわ」


「わあ、ゼルトお兄様とは久しぶりにお会いします」


 馬車が港町門をくぐり抜けて、景色は一変する。アダラード商会の馬車は馭者の持つ通行証でスムーズに商人専用の門を抜けた。

 






 

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