第3話 港町めぐりとゼルトお兄様

 港町門から見覚えのある石畳を抜けて、すぐ傍に海のある通りに出る。

 海に面した商店街と、賑やかに並ぶ露店の風景は、初めて見た時と変わらないように見えた。


 そして、ザクに手を引かれて露店の並びを見ながら歩いた時の事が、つい昨日の事の様に思い出される。

 あの時、一緒に食べた『とん平棒』が美味しかった事、帰りに素朴なお菓子を買って貰った事等、そして私は十三歳だった。


 今回、マリエルお姉様に、この港町に行きたいと言ったのは私で、東の国の復興の事や、他にも考えている事があって、どんな物が流通しているのか知りたかったからだ。この港町は外国からの輸入品のお店等が多く、アダラード商会の関係のあるお店も多いと聞いた。


 実際に自分の目でじっくり港町の様子が見たいと思った。


「先に商会の方に寄ってからお店を回りましょう。護衛も付いているけれど、ゼルトが傍にいれば安心ですもの。フィアラちゃんの事はとても閣下が大切にされていると聞いているし、何かあったら大変ですから」


「ありがとうございます、お姉様」


 お姉様の気遣いに、笑顔でお礼を言った。私はティーザ家の皆には、本当に良くして貰っている。

 兄妹として、分け隔てなく扱って下さるのには、良い意味で驚いた程だ。


 港街のお店は、此処からは貴族の店という風に線引きされているわけではないが、やはり貴族御用達の店の並んでいる場所があり、そういうお店は店構えからして高級感が溢れているのだった。


 もし私一人で入ったりしたら髪の色で何か言われる事もあるかもしれない。そういう事をするつもりはない。まあ、何らかの事情でその様な事が起きた場合は、一応説明するつもりはあるけど、そんな面倒事は避けたい。


 貴族専用の店ばかりが並ぶ一角があり、その辺りには見るからに高級品を扱っていますと言った風情の店が並んでいる。そちらに出入りする客は、貴族だと主張するキラキラの髪の者ばかりだった。


 貴族らしい貴族という者は、立ち食い等はしないし、露店を回って見たり、カフェ等でも外に出ている椅子やテーブルには座らないものだった。それを考えると、初めてザクと一緒にここで買い食いをした時、何の躊躇いもなく私と食べ物を立ったまま食べてくれたザクは、なんて凄いのだろうかと思った。おそらく、彼はそんな事した事もなかったろうに、私に付き合ってその様な事をしてくれたのだ。


 また、庶民のカフェ等に貴族が入る場合は、庶民の店だと分かっていて入るのだから、無粋な真似はしないものだ。偉そうで傲慢な態度をしない事がマナーでもあった。


 アダラート商会の事務所は貴族専用の店が並ぶ一角に近い辺りに店を構えている。アダラート商会自体が貴族相手に商売をしているのだから、それもそうだろうと思う。

 

 馬車を降りると、商会の人が六人程迎えに出て来て挨拶をしてくれて、お姉様と二人事務所の中に案内され、三階にある海の見える来客用の居間に通された。


「ゼルドも、もう直ぐ来るようだし、お茶を頂いて待っていましょう」


「はい。お姉様、このお部屋とても景色が良いですね」


 大きな窓の外には遠くに水平線望む海が一望出来る。青い海は太陽の光を反射して煌めき、白い波も見る事が出来た。商船や漁船も見える。とても開放的な景観だ。


「でしょう?ここ景色が良くて私も好きなの。窓が大きくとってあって、海が目の前に広がって、素敵よね」


 この様な大きな硝子窓をはめ込むのには大層なお金がかかるだろう。と私はそっちの方も気になった。


 そんな話をしていると、直ぐにメイドさんが二人やって来て、ワゴンで運んだティーセットでお茶を淹れてくれる。そして、小皿に切り分けられた『クマドリハチミツケーク』が出された。


「うふふ、大切なお客様にお菓子を出すと言えば、『クマドリハチミツケーク』という位、今は人気の商品になってしまったのよね。でも、今日お土産に頂いた、『デーツのシロップケーキ』と、『生キャラメル』というのは……この上を行くと思うわ。何というか・・・そう、今までに無かった複雑な味でとてつもなく美味しかった」


 お姉様は、頬に手を当てて、何か考え込んでいる。


 今日手土産にしたケーキは、作り方は簡単だし、オーブンのバットに薄く板の様に広げて焼いているので時間もかからないけど、色々な材料を贅沢に使っているので美味しい。そして、お菓子の知識が限りなく低いこの世界で、私の前世の知識を加えている。


 そしてメインの材料が東の国の一部の人だけが食べている様な物なので、知られていないのだ。だから珍しさもあるだろう。


 一応、勝手にこちらの世界のお菓子事情やら何やらの歴史を私が変えてしまう事になってしまっても良いのかどうか考えた。それをザクにも話をしてみた。


「別に構わぬではないか。この世界の未来はこれから作られるものだ。フィーは美味しい物をここで作って、自分だけで食べるのは嫌なのであろう?そういう嗜好品の部分での発展は今のオリジェントではなかなか難しいだろう。だが、庶民の皆が、そう言う美味しい物を気軽に食べる事の出来る世界になる切っ掛けになるのであればフィーは嬉しくないか?フィーがこの世界の物を使って作って、この世界に新しい物として出したとして、受け入れるか受け入れないかは、また別の問題だ。やって見れば良い」


「……うん。そうだね」

 

 私は、その時、彼の言葉で胸がいっぱいになった。そんな風な未来に向けて、ザクと二人で向かって行きたい。

 それは、丁度、私がこの頃考えている事に繋がる話だった。




 その後、ゼルトお兄様が友人を一人伴ってやって来た。


「こいつ、同じ騎士団の友人なんだ」


 お兄様と同じ第一騎士団にいるというその人は、背中までの癖のないプラチナブロンドを瞳の青と同じ色の細いリボンで括っていた。


「はじめまして、バレリュー・ロイナスです」

 と、挨拶をすると、優し気に笑った。ん?微かに違和感を感じたんだけど。何だろう?


 第一騎士団と言えば、王城付きで、精鋭が選ばれていると聞いている。でもこのバレリューという人は、どちらかというと武官というよりは、文官といった風情だった。ゼルトお兄様と身長はさほど変わらないが、身体の厚みが薄くほっそりとしているのだった。


「姉のマリエルです宜しくね」


「妹のフィアラジェントです。初めまして」


「前に姉と妹と一緒に港町を歩くって話したら、こいつも行きたいってしつこく言うから連れて来たんだ。領地から出て来て今まで港町に行った事が無いっていうからさ。ああ、フィアラジェントの髪の色の事はこいつには説明している。事情は知っているし、わりと第五師団のお前の事は有名だから大丈夫だ。それに私はフィアラジェントの髪色はとても綺麗だと思っている」


 ちょっと照れ臭そうに言う様子が、ゼルトお兄様らしくて好きだ。大きくて立派な体格の持ち主だけど、なんていうか純情で、爽やかな感じがする人なのだ。


「第五師団の聖女様の話は有名ですよ、今日お会い出来てとても嬉しいです」


 すかさずバレリューさんがそう言った。

 いやいや、何なんだろう、聖女様って……浄化の力は聖なる力という考えから来ているのだろうか?

 そういう事を言われる度に、自分とは結び付かないと溜息が出そうになる。


「ありがとうございます。髪の事は特殊な事例なので、周りの方に混乱を招いてしまいますが、そんな風に言って頂けて助かります」


 いや、実際、庶民なのだけど、言える訳はないし、当たり障りのない所を言っておく。


 ティーザー家の家族にも、私はティーザー家の傍系の出で、希少な『穢れを祓う瞳』を持って生まれた為に、早くから安全を考え隠して育てていたという説明をされていて、細かい説明は省かれているのだ。


 稀有な力を持って生まれて、その上身体が弱い為に親元から離され育った可哀そうな子供の印象が強い様子だ。嘘ですごめんなさい。


 髪の色の事も本当に魔素による、偶然の変異によってそうなったのだと信じているのだ。そして身体が弱くてヴァルモントル家で過ごしていたと言うのも信じてくれているのだから、良心が痛む。


 髪色の事は、綺麗だとか、いい色だとか会うたびに兄姉には褒められるので、気を使わせて申し訳ないと思って居る。


 お兄様が言っている髪色の事は、魔法師団では皆慣れてしまって何か言う人等もいない。

 今までずっとヴァルモントルの名やディーザー家に守られて来たので、直接的に誰かに何か言われた事も無いのだ。まあ、陰で何か言う人はいたのだろうけど。それに、女性ばかりの社交場という場にも出向かないので悪意にさらされる事も無かったのだ。



「まあ、じゃあ騎士団の人が二人もいて、警護は安心ね」


「ああ、任せてくれよ」


 今日のお兄様達の装いは、シャツとベスト、下はトラウザーと半ブーツで、質は良いが、一般的な庶民男性とあまり変わらない様な格好をされている。


 ゼルトお兄様は背中辺りまでの癖のある金髪を、首元で細い革紐できっちり括っている。一度髪を短くした事があるらしく、毎朝起きた時の酷い寝ぐせ直しに時間がかかるのが面倒だったそうだ。

 お姉様も同じ癖のある金髪に、深い緑の瞳をしている。髪は癖を活かしつつ華やかな形にいつも綺麗に結い上げてある。お姉様の侍女は腕が良いみたい。


 それから四人で港町を歩いた。私が見たかった市場にも連れて行って貰った。他国から入って来た様々な物が所せましと並んでいる。ここには商人関係の許可証が無ければ入れないので、お姉様に連れて来て貰って良かった。


 「せっかくなので、騎士団で聞いた『エルドラ』に行ってみたいのですが、どうでしょうか?」


 彼方此方見て回る途中、バレリューさんがそう言った。


「エルドラ?バレリューさんはエルドラに行きたいの?」


 お姉様は意外そうにそう言った。


「騎士団の他の仲間が綺麗な店だと言っていたので、見て見たいのです。出来れば妹に土産でもと・・・」


「そう、まあ、綺麗な店ではあるけれど・・・」


「姉上、何事も経験に勝る事はありませんから、良いではないですか、行きましょう」


 ゼルドお兄様は、身体の向きをクルリと変え、それまで行こうとも思っていなかった、高級店が並ぶ通りへ向かったのだ。


「お姉様、『エルドラ』とは有名なお店なのですか?」


「うふふ、有名は有名よね、エルメンティアで最も高い品物を扱うお店とか言われてるわよ」


「そんな高級店なのですか?」


「そうね、とにかく桁が違うわね」


 なんだかな、このバレリューって人、そんな店が好きそうには見えないんだけど、と思った。庶民のお店でも中間区域に住むような庶民向けの高級品を扱っているお店は沢山ある。貴族って事に拘らなければ、良い店も他に色々あると思うのだ。


 貴族専門店に入るには、庶民だけだと入るのは憚られる。でも連れに貴族が居れば別に構わないらしい。

 別に関所がある訳ではないので、入るだけなら入る事は出来るが、店員に相手にされない様だ。


 庶民が、わざわざその様な嫌な思いをしに貴族専門店に行こうとは思わない。それに、貴族の客とトラブルが起こらないとも限らないのだ。

 

 私は、一見、髪の色からどう見ても精々裕福な商人の娘だろうけれど、一緒にいる他3名はどう見ても貴族なので、問題は無いだろう。


 その『エルドラ』という店は、高級店が並ぶ中でも特に立派な店構えをしていた。やはり、大きな硝子窓に木製の枠には金の意匠が施され、高級感が漂う。


 店の表に作られた、馬車留めには家紋こそ入れられて無いが、立派な馬車が留まっており、貴族が中に居る事が伺える。

 ドアをお兄様が引くと、ベルがチリン、チリンと鳴り響いてすぐに店の売り子が対応に出て来た。


「いらっしゃいませ、エルドラへようこそ」


 恭しく挨拶される。


 広い店の中には、反物やドレス、宝飾品等が並べられていた。


 ざっと見回しただけで、これと言って気になる物もなく、バレリューさんの動きに目をやる。

 彼は宝飾品を見ている。妹に土産と言っていたけど、そこにある物はお年を召した方が好みそうな大ぶりの石の付いた物ばかりで、彼がしげしげ見ているのを不思議に思った。


 お姉様もお兄様も店内を見回しただけで、私と同じ様に入った場所で動かなかった。やはり店の様子を伺っているようだ。


 広い店の奥にソファーセットやテーブルが幾つか置かれており、人の気配がするが、衝立があり丁度見えなかった。

 すると、まるで執事の様な雰囲気の男性がそちらからやって来て、ゼルトお兄様に向かい声を掛けて来た。


 「ティーザー家の皆さま、あちらでエルディン公爵がお茶にお誘いですが如何なさいますか?」


 お姉様の眉間に縦ジワが寄っている。

 こんな所で、此方の事情を知っていて、そんな誘いをかけて来るような人物が居るなど不自然極まりないからだろう。お姉様とお兄様の視線は、バレリューさんに向かった。特にお姉様の視線はジロリと、不機嫌な物を含んでいてそれを隠そうともされて居なかった。


 如何も何も、公爵様からのお茶のお誘いを、断る訳にもいかない。

 そして、この不自然極まりないお茶のお誘いは、状況的に見て明らかにバレリューさんがその機会を意図的に作ったとしか思えなかったのだ。


 


 



 



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