第二章

第1話 あれから半年後

 



 東との戦いから、半年が経過した。


 ネクシーズの民が東に雪崩込み、様々な憶測を呼んだけど、ヴァルモントル総師団長が各国に、北の国の崩壊と、北の国が精霊の国となった事を説明し、理解を求めた。東の国はエルメンティアと、ロードカイオスの監視下に置かれ、今後の成り立ちは目下試行錯誤中の様だ。


 エルメンティアの遠征には、ロードカイオスだけでなく、カイナハタンも加わり、結構忙しい。なので、騎士団も動かされる事になった。騎士団は魔法師団と同じように第一騎士団から第六騎士団まであるのだ。

魔法師団より人数も多く、皆魔力持ちで貴族しか居ない。


 ティーザ家の次男のゼルトお兄様はこの第一騎士団に居て、長男のヘンリクお兄様は城で官吏をされている。


 どちらのお兄様ともティーザー家でお会いしているし、次男のゼルトお兄様とは、時にはお茶をご一緒するようになった。最もそれは、商家にお嫁に行かれている、3女のマリエルお姉さまの影響が強かった。お姉さまは王都の大きな商家にお嫁に行かれている。それで、何かと私を気にかけて下さるのだ。


 エルメンティアの騎士団は王族を守る為に作られたのだけど、今となっては意味合いが違ってくるようだ。


 『エルメンティアの貴族が魔力を持ち、庶民よりも良い暮らしができるのは、有事の際にはその力で国を守るからだ。そうでなくては、魔力を持たずに生まれた者は、この様な格差は認められないだろう?』


 いつだったか、ザクが私にそんな風に言った事がある。


 


 

    ※   ※   ※





 あれから私は、ザクにお願いして、南の大陸ロードカイオス経由で、東の大陸カイナハタンのナツメヤシの苗を十字島に持ち込み、島にナツメヤシ農園を作ってみたのだ。アカイノやドワーフのおじさん達、エルフの皆、他にも様々な種族の仲間が、何かしら手伝ってくれるのはありがたい事だった。


 ナツメヤシの実がある事を知ったのは偶然で、ザクとカイナハタンに行った時に市場を見て回り、買い物をした時の事だ。


 『甘くて美味しいよ』


 と言われて差し出された指先の関節より少し大きい程度のドライフルーツは、前世で見た物とは違い、色や形が歪だったが、齧って食べたら、その甘さに懐かしさが込み上げた。


 実は私の記憶には、前の世界でのナツメヤシの実『デーツ』の記憶がある。

 現地でザクに聞いて貰うと、やはり同じくここでも『デーツ』と呼ばれていた。


 この『デーツ』が好物だったのだ。あっちでは物凄く身体に良いドライフルーツだという事が分かっていて、しかもとても美味しい種類があったのだ。含まれる糖分は脳みそ唯一の栄養(エネルギー源)であるブドウ糖だ。


 疲れて頭がぼーっとした時等にも良かった。米やうどんと言った炭水化物を食べて、分解された糖質を脳が吸収するのを待たなくても、デーツを食べれば直ぐに小腸から吸収される。


 自然の恵みなのに、キャラメルのように濃厚な甘さがあり、癖がなく食べやすい上に、便通や貧血改善になり、ダイエットに最適となれば、女性の強い味方だった。妊婦さんや、産後の女性に必要な成分がたっぷりだ。


 前世では、私は朝起きると仕事前に、頭の働きが良くなる様に、まずはこの位の小粒のデーツを三粒食べて、牛乳をコップ一杯グイッと飲んでいた。


 デーツの種類は多く、その中でも小粒の、癖のない濃厚な物が好みだったけど、大粒のねっとりした柔らかいタイプのデーツは、色も食感も干し柿に似ていた。デーツの中にはピーナッツの様な形と色をした縦に溝の入った種がある。




 さて、十字島の私の農園は、島の西の尖りにある、もう一つの紫苑城の近くに作ってある。その農園にはフィルグレットと馬に引かせる荷車に乗って農園まで行ったり、アカイノに乗せて行って貰ったり、自分で馬に乗って行ったりと色々だ。


 ザクが一緒ならば、魔法陣で飛ぶ事もあるけど、島では色んな事をするのが楽しいので、農園の行き帰りの道中もそんな感じでやっている。


 農園には、一応、休憩所や管理棟、倉庫なんかもドワーフのおじさん達があっという間に建ててくれたので完備されていて、ちゃんとした農園になっている。今の所はデーツの研究をしながら、お試し段階なので、有志の皆でワイワイやっているという感じだ。


 そのうち、この農園では、仕事が欲しいと希望する島の『人で非ざる者達』と呼ばれる人々の、仕事に出来ないかと思案中だった。それと、あともう一つ、その他に別の計画を一つ考えている。まだこの事に関しては試行錯誤していて、ザクや他の皆にも相談したいと思ってる。


 十字島では、この農園の事だけではなくて、他の事もしていて、アカイノに乗せて貰って島の中を飛び回っている。セルバドさんの所でお茶したり、ドワーフのおじさんと秘密のキノコ採り(白トリュフ)等をしたり、隈取バチのハチミツを貰いに行くのについて行ったりもする。色々な場所に行き、話を聞くのも勉強になる。

 エルフの人達のモグル養殖なんかも見に行っている。




 カイナハタンでは、ナツメヤシの実を、現地の一握りの人が必要なだけ採って食べている現状だ。樹の上で完熟して、天日干しになって半乾燥した物を、少しずつ取って食べているといった程度なのだ。


 20m級の高い木の上に登って取るというのもなかなか難しく、限られた者にしか取れない。あとは落ちて来た実を取って食べるのだ。


 そこから農園として始める為には色々な経営の準備や、育てやすい美味しいナツメヤシへと品種改良なんかが必要になって来ると思う。


 これは私の考えなんだけど、ナツメヤシはだいたい15メートルから25メートルくらいの高さにまで伸びるので、それをなるべく低く抑えて、良い品質の美味しい実が、定期的に採れるようにしたいのだ。私が大好きだった『デーツ』の種類に近い物はないだろうか?後は、ナツメヤシを使って他に何が出来るのかを考えたい。


 ネクシーズが崩壊して、北から雪崩れ込んで来た人達は、今はカイナハタンの難民キャンプで保護されている形になっている。今後、そういう人達が働ける場所も必要になって来るとザクが言っていたので、私も何か出来ないかと一生懸命考えている最中なのだ。


 ナツメヤシは、種子から育てると時間がかかり、雌雄の区別が分かるのは成長してからだという特徴から、脇芽から苗を作る方法を取る事にした。


 脇芽もなるべく親木の根に近い場所にある芽が良い様だ。上の方にある脇芽よりも根の発達が良いらしい。

これだと2~3年分は育つ速さが早いはずだ。もっとも、これは前世の知識から考えついたんだけど。こっちの世界ではどの程度同じような特徴をもった植物なのかは、研究してみないと分からない部分がある。


 十字島では魔法を使って、成長速度を早めている。


 東の国の土質に似せて、気温を魔力で調節する事も必要で、温度や湿度を変えて育てたり、どのようにすると良く育つのかとか皆とても研究熱心だ。


 ナツメヤシの苗木は植え替えて直ぐにしばらく潅水を行うのが重要で、数か月は常に土壌が湿った状態にしておくのが一番育ちが良いのだと分かった。


 こういう事も、十字島では上手く行ったとしても、現地ではどうなるか分からない。

 そしてあとは、受粉の問題があった。この世界では人工授粉なんて考えは無いけど、十字島では隈取バチさんにお願いしているのだ。こうすると全然実の付き方が違う。現地で農園にするならば、これも課題になる。



 

 私は、麦わら帽子に長袖シャツ、生地の厚い足首まであるパンツに長靴を履いて、畑を耕して穴を開けてある場所に苗を植えた。農作業の時はだいたいフィルグレットが傍に付いていてくれる。


 離れた場所で、島の手伝いしてくれる皆も何かしらの作業をしていた。


 フィルグレットも私と似た様な恰好をして作業をしていて、荷車に苗の鉢を積んで、運んでくれた。必要な道具を細かく配慮して何時も用意してくれている。


「お嬢様、そろそろ休憩に致しませんか?お茶の時間までに帰らないと、怖いですからね」


「え?何が怖いの?」


「いや、決まってるじゃないですか、シルクさんですよ」


「シルク?」


「ええ、そうです」


 真面目腐った顔で頷いたフィルグレットにクスリと笑い、私は返事をした。


「は―い、じゃ、コレ植えたら屋敷に帰ろう」

 

 予めナツメヤシの脇芽を、軽い材質の素焼きの鉢で、ある程度育てている。

 それを手に取り、中指と人差し指で苗の根本を抑えるようにして、鉢をひっくり返して土ごとすぽっと抜いて、畑にに植えて行く。


「ええ、そう致しましょう。旦那様も心配されますからね」


 そういいつつ、彼も手際よく手にした残りの苗を植えていた。


 彼の軽い口調と、冗談を交えた態度に騙されてしまいそうだが、彼の本質はとても慎重で真面目なのだと今までの付き合いで知っている。


 それにシルクに対しては、姉に対するように従順なのだ。

 でも、それはフィルグレットだけじゃなく、私もそうかもしれない。

 

 私が屋敷に来た時から、シルクはいつも、私の先生でもあり、姉でもあり、そして母の様でもあった。時に厳しく、時に優しく、常に私を導いてくれるのだ。傍にいてくれてずっと心強かった。私の大切な人だ。


 上空をアカイノが飛び回り、色々教えてくれる。

 もう色付いたナツメヤシの実がたくさん生っている樹もあるようだ。食べてみたら甘くて美味しくなっていたよと教えてくれた。

 

 


 

 十字島の農園の入り口には、『みんなの農園』という看板がある。

 これは、マンドレイクが作ってくれた。マンドラゴラ農園の看板もマンドレイクが作ったんだって。


 彼は結構器用なのだ。でも、最初、マンドレイクがナツメヤシの農園の管理人をやりたがったんだけど、「マンドラゴラ農園の管理人なんだから、ちゃんとマンドラゴラを管理しろよ、これ以上増やすな!」って島の皆から怒られて諦めたみたい。まあ、仕方ないよね、時々島の中走ってるマンドラゴラいるし・・・。



 「いけません!いけませんよ!そんな事おっしゃっては!!!わたくしだって一生懸命責務を果たそうと努力はしているのです!」


 って叫んでいたけど、最後には諦めて、そのかわり看板作らせて欲しいって言うから、じゃあと、お願いした。

 木の看板にはちゃんと色付でナツメヤシの可愛い絵も描いてあってとても上手だった。意外な特技持ちだった。


 


 ナツメヤシの実は、ロードカイオスやカイナハタンでは前世と同じでデーツと呼ばれている。

 エルメンティアには無い植物だ。気候が違うからだ。


 これは、私の前世の記憶とも同じ名前の実だ。というか、どういう仕組みなのか分からないけれど、だいたい、ほぼ似た物は私の中で同じ名前や似た名前に変換されているようだ。だからと言って、そっくりそのまま同じ物だとは限らず、すこしずつ違っている物もある。それは、今までの経験で知っている。


 どんな風に違うのかと言うと、竹の子によく似たバンブという山に生える植物は、味や形は良く似ている。だけど一メートル位にしかならないし、季節に関係なく年中山に生えている。生えてから枯れるまでは3か月程だ。枯れたら次が下の根から伸びて来るのだ。


 前の世界でも、色んな産地に色んなデーツがあり、大きさも形も少しずつ違い、高級品がら安価な物まで沢山あったが、こちらでも、カイナハタンとロードカイオスには違う種類があるようだ。


 そして、デーツは、乾燥させてその残った水分量で、同じ物でも味や食感も変わるし、含まれる成分も種類の違いで少し違う。


 前世の日本では、デーツをネットのオーガニックショップで、よく購入していた。そのデーツは中粒で色も明るいオレンジがかった物なんだけど、キャラメルのようなコクと甘みがとても美味しかったのだ。食感も、干し柿ほどネッチリとはしていなくて、あの独特の風味のような癖も無い。紅茶に入れて自然の甘みを楽しみ、そのまま食べたりもした。


 コーヒーの時にも、スイーツ代わりに食べるのも良い。好きだったザヒディという種類は大きさも中粒の2~3㎝位で、マジョール種等の4~5㎝位に比べると大分小さい。ネッチリとした半乾燥の実は餡のように濃厚で甘くて美味しかったけど、大きいのを一つ食べるのより、小さいのを3粒食べる方が私のライフスタイルに合っていた。そういうのは、好みだろう。


 だからお店等に置いて見るのならば、あっさりしたタイプと濃厚なタイプ、柔らかいのと硬いのと、後は大きさの違う物が欲しいなと思う。


 あっちの世界では、昔はこの乾燥デーツとラクダの乳だけで、何十日も砂漠を旅していたそうだ。

 成分が研究されて、あちらの世界では、ずごいミラクルスイーツとして扱われていた。


 農薬なんかの心配もあって、有機農法に拘った製品を選んでいたけど、こちらの世界では農薬の心配は無い事が嬉しい。


 麦わら帽子を除けて空を見上げる。


 



 ―― ああ、どこまでも空が高くて、なんて青いのだろう……

 

    青空をアカイノが気持ちよさそうに旋回して「クエ――ッ」と言った。


『遊びに行く?』


「お茶した後でね」


 すると、暫くして帰る用意をしているフィルグレットの周りに、緑のデーツがバラバラと上から落下して来ての周りに散らばった。青いバナナも混ざっている。当たったら痛いだろう。どこに隠していたのやら。

 

「こらーっ!」


「アカイノは、やんちゃですね。私がいつもお嬢様と畑仕事しているのが面白くないのかもしれません」


 フィルグレットは笑っている。


 アカイノの仕業だ。もちろんフィルグレットの魔力で全て当たらずに散らばっている。そうなると分かってやっているのだ。最近、アカイノは反抗期らしい。でも、そういう所も可愛いのだった。


 ヒューンと地面近くを掠めて掠めて飛んで行き、私の近くにポテッと黒バナナを置いて逃げて行った。


「あ、黒バナナだ」


 思わず拾って直ぐに皮を剥いて食べる私を見て、フィルグレットが笑っていた。


「うーん、アカイノはお嬢様の気を引きたくてしょうがないんでしょう」


「ふぁいひょうぶ、あとれちゃんろふおろおふるから!」

(大丈夫、後でちゃんとフォローするから)


「あ!」


 なんか、フィルグレットが私の後ろを見てワタワタしている?


「お嬢様、拾い食いをしたり、食べ物をお口に入れたままお話をされるなんて、お行儀がまだまだ出来ていませんね」


 振り返ると、シルクが腕を組んで仁王立ちしていた・・・。


 私の帰りが遅いので、迎えに来てくれた様だ。



 



    





 

 

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