閑話6 白いネズミ

 白いネズミの話しをしようと思う。


 私の住むザクの屋敷には沢山の部屋がある。

 様々な広間、図書室、画廊、玄関ホール、食堂室、サンルーム、数えきれない程の客間等の部屋などなど…。だけれども屋敷には、通常の貴族の屋敷と比べて、あまり人が居ない。大抵の事はザクの魔法で済んでしまうので、使用人は最低限だ。


 そんな屋敷中、好きな場所で過ごして良いと言われ、あちこち探検してみた。それでも大抵は図書室やサンルームで過ごしていたのは一番落ち着く場所だったからだ。


 そうして、気がついた事だが、物陰から、よく私を伺っている白いネズミがいるのだ。


 屋敷の中をチョロチョロしているのを、目の端に捉えることもあり、ソレがただのネズミでない事だけは、分かっている。


 まず、生き物ではない。

 この屋敷に害獣は入れない。害獣だけでなく、生き物は須(すべか)らくザクの許可が無ければ入れないのだ。逆に、魔物でも『契約済み』ならば結界を通り抜けられる。


 それに、ザクが居る時は現れない。まるで見つかることを恐れているかのように。




 今日も、白いヤツは静かに、椅子の足元から此方を伺っている。椅子の脚を手で持って、立ち上がって、空いた方の手で口元の髭を撫でつけたりしている。大きさは意外とデカイ。掬い上げれば胴体が手のひらを覆う位はありそうだ。ふっくらモフモフしている。


 クリクリつるんとした赤いサンザシの実の様な色の目をしている。

 生きている様に口元もピクピクしたり、体毛や髭も波打ち、立ち上がったり、両手で顔をゴシゴシ擦ったりもする。めちゃくちゃ可愛い。ビジュアルやディテールに細かいこだわりが有るのかもしれない。


 しばらくすると、これ見よがしに、モッタリとした尻を見せ付けながらもたもたと部屋を出て行こうとする。

 此方を振り返って見る。…何だろう、付いて来て欲しいのアンタ?興味を惹かれて、廊下に出ると、暫く進み、振り返って付いて来ているか確認する様な素振りをするのだ。


 迷路の様に広い邸内をグルグルと上に上がり、最上階の奥部屋に辿り着くと、扉に溶け込む様にその部屋に消えた。…ホラーだろ。


 とは言え、恐怖感などは無く、ドアノブを引くと何の抵抗も無く開いた。

 遮光カーテンが全て降ろされているので昼間なのに暗かったが、一歩足を踏み入れるとシャンデリアの灯りがともり、部屋中が照らし出される。広い部屋の壁一面にたくさんの額縁に収められた大小様々な肖像画が掛けられており、それだけでは無く、置き場のない肖像画が所狭しと壁側に立て掛けられている。

 埃こそ無いが、これは全て古い絵の様だ。


 そして、その描かれた対象はどれも、これも、ザクだった。幼少の頃の物も沢山ある。その類稀(たぐいまれ)なる美を写し取ろうとするかの様な、様々な絵描きによって描かれたろうソレらには、執念すら感じる。長い年月をかけて、誰かがザクを沢山の絵師によって描かせた物だ。

 置き場に困ったのか、かなりおざなりに置かれている。

 白銀の髪に、薄いすみれ色の瞳…


 気がつくと、白いヤツが足元に居て、立ち上がって両手で髭を弄(いじり)ながら絵を見ていた。

 なんかエラそうである。


 その中で、ふと、白いヤツが見ている絵に目を止める。

 珍しく子供が二人で描かれていた。


 幼いザクと一緒に居るのは、12〜3才位の少年。白い髪に、赤い目…。

 ひざまづいて、幼いザクに花冠を乗せる、光の溢れる幸福で美しい絵だ。

 少年のその面差しは色こそ違えどザクに似通っていた。



 ーーー 突然、幻の様に 画像が、切り替わる。いや、これは幻だ。

 歳を取り、やせ細った誰かの白い手を、ベッドの脇にいるザクが握っている。その姿は今と変わらない。


「そなたを、遺(のこ)して逝くことだけが…心遺りである…」

「兄上、兄上!」

「どうか、そなたがこの先…愛し、愛される者に、出会いますように…」



   ※   ※   ※



 気づくと、あの部屋で一人立ったまま、惚けていた。白いヤツは居ない。

 アレは、過去の幻(まぼろし)だったのか


 そうしてその後、白いヤツを見る事は二度と無かった。



 エルメンティアの三代前のルチアーノ王は、白髪に赤目の大変に強い魔力を持つ王族だった。

 その為、51才と言う若さで早逝している。母は、弟を生んだ翌年に亡くし、父は帝国軍に暗殺されている。

 歳の離れた先祖返りと言われる、美しい弟を何よりも大切にし、こよなく愛していたそうだ。

 だが、敵対する者には冷酷無比、父の暗殺を手引きした一族は王宮の一室に集め、赤ん坊から年寄りまで自らの魔力(ちから)を振るい、皆、惨殺した事は有名な話しだ。


 妃に選んだのは、弟の乳姉妹である伯爵家の令嬢であった。

 趣味は、宮廷に画家を招き、弟の絵を描かせる事だったそうだ。




   ※   ※   ※




 私が、十(とお)になった年に弟が生まれた。

 しばらくして、母上が亡くなった。

 元々、体の弱い方(かた)だったが、魔力の強い子供を2人も産まれ力尽きてしまわれたのだろう。フレデリクを産まれて、体調のもどらぬまま儚くなられた。


『愛していますよ、ルチアーノ…あの子をお願いね』

 それが、母上の最期のお言葉だった。


 その頃、父上は激化する東の国との戦と国内の貴族の内乱に悩まれていた。

 母上の死を悼む時間も与えられない様な状態であっただろう。


 弟は、稀に見る美しい赤児で、魔力が王族の中でも最高位になるほど強いと言われる私でさえ、弟の魔力は最早測りきれぬほどの強さを持っていた。


 私の魔力は強く、成長と共に髪の色は抜けて白髪となり、瞳も同様に赤目であった。


 けれど弟はそれ程の魔力の強さを持ちながら、薄紫の甘い色の瞳を持ち、髪は私の色素の抜け落ちた白髪ではなく、輝く白銀の髪を持っていた。


 一つ年をとる毎に女神の様な麗しさが増していく。なのに哀れにも感情の起伏をあまり持ち合わせていないかの様な子であった。


 だが私はそのような弟が可愛くてならず、周りに置く者には細心の注意を払った。


 心配でたまらず、身に付けている者に対して害意を持ち、魔力や暴力を振るうと、全てがその者に還る、古(いにしえ)の魔導具と言うのを思い出した。そして、全ての毒を無に返すという指輪も有った筈だ。


 その愛らしい小さな白い指に指輪をあてるとまるで彼の為に造られたかのような小さな指輪になった。

 もう一つの魔導具のチョーカーも身に付けさせると、やはり身体に合わせて縮んだ。


 それでようやく私は少し安心した。


 その魔導具は、付けた者にしか外せない仕様になっている。


 そして、私が十五になった頃、父上が暗殺された。獅子身中の虫と言う奴だ。


 まだ私の紫苑の君は5才になったばかりであった。


 私には大切な者をを守る権利がある。

 例え多くの魔力を使い命をすり減らそうとも、いとけなきこの君を守るのだ。


 愛する母上が逝き、父上が逝った

 私の愛する者をこれ以上奪うことは、神であっても許されない


 父上には出来なかった、魔力(ちから)による粛清に次ぐ粛清。


 誰もまだ十五の王子が血の粛清を行うなどとは思っていなかったであろう。


 口を割っても割らなくても、私にはその者のやって来た事を、過去見の力で暴く事が出来た。

 証拠が有ろうと無かろうと、殺すと決めた者を抹殺する事は、私には容易い事で有った。


 だが、どれ程の血にまみれようとも、私は何とも思わぬ。

 ただ気になるのは、その血生臭さを、いとおしいものに嫌われる事だけである。


「我をきらいではないか?いやではないか?」

「いいえ、あにうえをいとおしいとおもいます」


 私は、ことあるごと、このいとおしい君に、『そなたを、いとおしいと思う』『とてもいとおしい』と言っていた、まだ意味も分からぬであろうと思いながらも…


「そうか…」


 血にまみれた私でもいとおしいと言ってくれる、この君の、生きていかねばならない世界を少しでも生きやすくするのだ


 杞憂であれば良いと思えど、過去見の力で見えるはずのないものが見えた


 守れるのだろうか


 守るらねばならない


 守りたい



 ただただ、その思いで駆け抜けた短き年月を、…思いが残り、身体を失くしても逝けなかった私を……


ものかげから覗くだけの、白きこの私を、


 その娘が解放した……。







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