閑話4 宰相の憂鬱

 エルメンティア王国の皇太子は御年22才になられる。


 アルフォンソ・テオドラ・フォン・エルメンティア 皇太子殿下


 エルメンティアの王は側妃を3名まで持つことが出来るが、その殆どの王が、妃は一人で良いと言われる様だ。今までそれで済んで来たのは、幸いな事に、後継ぎの王子に恵まれて来たからだろう。


 今世の王も、王妃お一人を愛されて、他には妃は必要ないと言われている。

 王妃お一人との間に、王子がお二人、王女がお一人である。

 皇太子はすでに婚約者がおられ、来年には結婚されるご予定だ。

 

 どちらにせよ、王位争いや政権争いの種などなくて良いと私も思う。


 だが、平和ボケした貴族の子弟には、また馬鹿な連中が出て来るものだ。


 現在存在するの王族の中でも皇太子はかなり強い魔力をお持ちである。

 そうは言っても、ヴァルモントル公爵閣下とは比べるべくもなかったが、月とスッポンと言う奴で、もちろんスッポンと言うのは皇太子の方である。


 今世の王は自分の力量をよく分かっておられ分別のある方だ。


 魔力も王族の平均辺りの強さであると言われる。


 故に、ヴァルモントル公爵閣下を敬い、常に気にしておられるのも考え物だが……だが分をわきまえるという事は、大切な事だと思うのだ。


 けれども、アルフォンソ皇太子はあろうことか、対抗心というものをヴァルモントル公爵に持たれてしまった様だ。


 口には中々出しにくいものだが、王は皇太子の教育を誤られてしまったように思う。誰だとて、常に全てを肯定されて育てば慢心する。


 王が皇太子の教育に付けられたのは、王妃の血筋関係の学者や有識者であった。


それは、王がお許しになってしまったのだ。


 どのような教育を施して来られたのか、内容を知る事が出来ないが、皇太子の出来上がり具合を見るにつけ、失敗としか言いようがなかった。


 帝王学の中には『皆に公平に、好悪に偏るべきではない』など、様々な教えがあるが、皇太子の行動を見ていると、その一つ一つが皇太子の頭の中にあるとは私には思えなかった。


 

 まず要因としては、ヴァルモントル公爵閣下は公式の場には全く出られず、その桁外れの魔力(ちから)を振るうと言う事をなさらないので、皇太子は今までヴァルモントル公爵閣下に直接お会いすることが無かった。


 噂で伝え聞く美貌、強大な魔力。

 だがもしかすると、自分の方が上ではないのか?


 自己顕示欲が強く、思いあがった気持ちがだんだんと膨れて行った様である。

 魔力が強ければ強い程美しいというのは、ある程度本当の事で、故に皇太子は美しかった。


 だが、王家には呪いがある。強い魔力を使えばその残滓とも言える澱(おり)が溜まるのだ。


 いずれその残滓は体を弱らせる。王族の夭折はよくある事だった。


 つまらぬ力の見せつけに魔力を使ってはならぬと、父親である王や、他の側近に注意されても皇太子は使って見せた。それをバカな貴族の子弟共がすごい、すごいと持ち上げる。ご機嫌取りの頭の悪い連中だ。


 公爵閣下のお力で、今のエルメンティアの平和な状態があるという事を分かっていない。


 これには王もまともな重鎮たちも頭を抱えた。

 今の貴族の教育の在り方が悪すぎる、これからの王族、貴族の教育方針の練り直し、ルチアーノ王が行った粛清の意味を考えなければならない。過去、多くの思いあがった貴族達が命を落とした。


 今、まだまともな者がいるうちに今後の在り方を考え整えて行かなければならない。次代の若者の育成は大人たちの大切な仕事だ。


 何故と聞かれれば、エルメンティア王国はヴァルモントル公爵閣下の庇護の元に成り立っているからである。


 かの方が手を引けば、簡単に崩れるような国であってはならないのである。


 それを考えれば、第二王子のマクシミリアン殿下は年若いが、かなり賢い方だった。第二王子の教育係は国からの人選という事で私と以下の大臣で、推薦させて頂いたのだが、良い結果となった。


 皇太子の見直しも考え直されているとも知らず、アルフォンソ皇太子殿下は、必要のない魔力を使い続けた。


 身の丈に見合わない力の使いようは、身を亡ぼす。

 とうとう、皇太子殿下は原因不明の熱を出し倒れた。


 つくづく甘い話だが、王はヴァルモントル公爵閣下に助けを求めた。

 皇太子は熱が下がらず、日に日に痩せて行く。

 自業自得とは言え助けられるものならば助けてやりたい。


 『王族の血の澱を取り除くと言われるティーザーの浄化師をお貸し願えないか』と・・・


 かの少女の噂は届いており、少し前にも王女の『覗き』騒ぎがあったばかりだ。

 頭の痛い事ばかりだ。


「貸せとは?どういう事だ?そなた私の大切な者を貸せと申すのか?」


 わざわざヴァルモントル公爵に足を運んで頂いた王の執務室は、王の不用意な言葉で急速に温度が下がっていった。


「はっ、申し訳ございません、言葉を選び間違えました。ご助力願えないでしょうか?」


「皇太子の件を私が知らないと思うか?全ては周りの者が阿呆ぞろい、そなたも含めてな。そなた、一体あれに何を学ばせて来たのだ?万事について自らの力に溺れるなど考えられぬ。……ティーザーの穢れを払う瞳は滅多に現れぬ。現れても、短命だ。何故だか分かっているだろう。王族のせいだ」


「はっ」

 王は冷や汗ダラダラである。


「所でそなた、皇太子を元に戻す事が出来れば、そのまま据え置くつもりなのか?どうなのだ。もしや国を傾けさせるつもりなのか?」


「いいえ、そんな!滅相もございません」


「王族が華美な暮らしが出来るのは、今までその責務を果たして来たからだと分かっているのか?」


「はっ、はい……」


「では言う。皇太子はこのまま何もせずとも、しばらくすれば熱は下がり、このまま生きて行くことは出来る。だが魔力は元の様には使えぬ、使えば次は身体が持たぬぞ。そなたたち国の未来を考えなければならない者達がこの後始末をどのようにするのか見せて貰おう」」


 身内だから助けてくれるだろう、王族だから、などという考えは捨てねばならなかった。平穏な治世に生まれ、過ごした王自身が平和ボケしていたのだ。軌道修正できる立場の者がいなければどうにもならなくなる。


 私は、そうなるだろうと思っていたので、そのまま見守った。結局はヴァルモントル公爵に、事の始末を委ねてしまった。いや、そうなる事を期待していたのだ。


「は、肝に銘じて、よく考え、行動致します」


「言っておくが、私に隠れてティーザーの者に手を出すでないぞ、周りの者にもいらぬことを悟らせるな」


 ビリビリと重圧がかかるような魔力を感じ、体中に力が入る、冷や汗が流れて止まらない。

 言葉も無く床にひれ伏す王と私を尻目に、魔法陣とともにヴァルモントル公爵が消えた後も、しばらく二人は動けず放心状態だった。



 そして、ヴァルモントル公爵の言葉通り、暫くしてアルフォンソ皇太子の熱は下がったが、以前の様に魔法は使えず、そのせいで腑抜けの様になって使い物にならない様子だという。


 病気療養の名目で皇太子を排され、高貴な者が入ると言われる修道院に送られた。本人は抵抗されたが、魔力を使えば命が削られる事を考え、魔力も封じられたそうだ。



 その後、改めて皇太子になられたのはマクシミリアン殿下だった。

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