閑話2 遅すぎた反省

 ある日仕事が終わり家に帰ると、食事の支度がしてなかった。

 いつもなら、質素ではあるが暖かい食事が用意されている時間だ。


 どうしたのかと妻に聞くと、長女のフィアラが出かけたまま帰ってこないのだと言う。


 妻は、貴族の出身で、家事がとても不得意だ。結婚当初は近くに住む私の姉に手解きを受け、一通りは家事をする様にはなったが、四角い所は丸く掃き、洗濯物はシワシワ、食事はいつも大変に不味かった。


 だが、彼女はとても美しく、子供3人もうけても、その美しさに遜色が無かった。私は細かい事を言う事が嫌いだったので、其の内コツを掴むだろうと、長い目で見る事にした。


 そして、長女が7才位になると、次第に家事を長女が引き受ける様になった。元々頭の良い子で、分からない事等があれば、私の姉に聞いたりして、卒なくこなしていく様になった。


 汚れていた家の中は、その頃から次第に小綺麗になり、食事も美味しくなっていった。


 妻は、自分に外見の似ている長男と次女を溺愛していた。2人とも金髪碧眼の天使の様に愛らしい子だったので、私も勿論可愛がった。だが、長女が可愛くなかった訳ではない。


 よく姉に、妻の子供の扱いが、長女だけ差があり可哀想だと言われ続けたが、食べ物を与えない訳でも、学校に行かせない訳でも無いので、それ程気にしていなかった。


本人もあまり文句も言わなかったし。家の事は妻に任せていた。だが、それは大きな間違いだったのだと、今になって後悔した。





 長女が居なくなった夜は、私の姉の所にでも泊まって居るのだろうと、妻も私も深く考えていなかった。


どちらにしても他に行くところなどありはしないのだから、翌日になれば帰って来るだろうと軽く思っていたのだ。


 それよりも、夕食の準備もせずに一体どう言うつもりなのかと妻は激怒していた。だが、翌日も夜になっても帰って来ず、やっとその時点で心配になり始めた。そして姉の所に確認に行くと、長女は昨日も行っていない事が分かった。


 姉とその家族にそれでも親なのかと非難され、事の重大さにやっと気付き、町の警備隊の分団に捜索願いを出したが、その時には居なくなってから、丸一日経過していた。


 さすがに、妻もおろおろとして落ち着きを失くしていた。


 だが、その後娘の足取りは全くと言って良いほど分からなかった。誰も娘を見た者がいなかったのだ。



 そもそもどうして長女が家を出て行ったのか聞くと、妻の話では、長女が奨学生として上の学校に行きたがったので、次女をスレントの女学校へ行かせる為に、働かせると言ったらしい。


 その時腹を立てている様子だったと言うのだ。私はそれを聞き、あまりの話に頭にきて初めて妻に怒鳴った。怒鳴られた事の無い妻は、顔を青くして怯えたが、私とて許せる事とそうで無い事もある。


 長女はとても賢い子で、気も回るし何でも卒なく出来る子だった。本人が行きたいのであれば、上の学校へ行かせる事は可能だったのだ。


 しかも次女をスレントの女学校へ行かせるだの無理に決まっていた。次女は確かに愛らしいが、勉強は全く出来なかった。


とてもでは無いが、長女とは頭の出来が違いすぎる。次女が入学試験で受かる様な事は天地がひっくり返っても無いと言える。そう言う事を妻は全く分かっていなかった。


 それに妻は、長女を自分の付属品とでも思っているのか、次女の生活費は長女が負担する義務はないのに、押し付ける気満々だった様子に呆れ果てた。


 私は、自分が子育てに関わって来なかった事をとても悔やんだ。どうしてあれ程姉が忠告してくれていたのにちゃんと聞く耳を持たなかったのだろうかと。


 それでも、まだ、その時はすぐに見つかるであろうと安易な気持ちでいた。


 長女が見つかったら、上の学校へ行かせよう。次女との扱いに差を付けないようにしようと妻に話をした。今度は間違えない様にしなくてはならない。



 けれども、その後も長女は見つかる事は無かった。まったく、何一つ手がかりが無かったのだ。


 その後、日々の事で逃げるわけには行かず、仕方なく妻の作る食事はとてつもなく不味く、どんどん家の中は不衛生になり、家の中の全ての事が上手く回らなくなった。


今までのツケが一気に回って来たのだ。妻は自分の自慢の金髪を手入れする事もままならなくなり、後ろで一つに括る事が多くなった。


 長女が居なくなった事で生活は一変してしまった。近所での外聞も悪く、長女の家出の事が知れると陰で非難されるようになった。よく家の事で働くあの子は近所でも可愛がられていたのだ。そんな話を姉から聞いた。


 次第に妻は身に構わなくなり、ボーっとする事が増え、鬱のような症状が見える様になり、これではいけないと、見兼ねて休日は私も次女も家の片付けをするようになった。姉にも頭を下げて洗濯や掃除のやり方を3人で習ったりもした。




 あれから一年かけてようやく家が落ち着いて来たが、とても長女のやってくれていた家事の水準には3人で協力しても届かない。


 ここに来てようやく幼かった娘に大変な事を背負わせていたのだと言うことが私たちにも理解できたのだった。




 そうして、そのうち連絡が来るのではないか、帰って来てくれるのではないかと、思いながら日々を過ごしているが、長女の部屋は今も主人は帰って来ることが無く、そのままになっている。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る