第10話 フィアラ屋敷に帰る

ヒュオオオオオオオオオオォォォォォ…

 風を切る音と、美しく赤い鎧の様な鱗を煌めかせ羽ばたく竜。


 一瞬のうちに近づき遠のいた記憶と交差する…


 遠い遠い昔の、私が別の誰かであった頃の記憶……



 それよりもこの世界の空の美しい事


 曇りのない美しい青い空……奇妙な十字島……


 時を巡る旅の果てに……遡る記憶


 愛しい、薄紫の…私の大切な人……


 残して逝く哀しさ……

 

 なんて哀しいのだ、胸が痛くなる


 これは誰の記憶?


 私の遠い記憶の扉が開かれようとしている





 一瞬、うとうと、とした間に垣間見た夢は、直ぐに脳裏に去って行った。


 私を待っている人がいる。もうすぐ会える。


 外を見ると、アカイノが一際高くいな鳴いた。

『もうすぐだよ』


 アカイノは、旋回しゆっくりと周るように、火喰い竜の住む火山の麓の屋敷の前に降り立つ。


 そっと置かれた籠巣の中から出ると、すぐ近くにザクが笑って手を広げて立っていた。


「早く着いたな」

「ザクっ!」


 私は、嬉しくなってザクに走って行き、飛びつく。

 長い白銀の髪が風に靡(なび)き細められた薄紫が甘く揺らめいた。


 これは、私の大切な人


 ぎゅっと高い位置にある彼の腰に腕を回して胸に頭を擦り付けほっとするじぶんに気付いた。


 この人と離れるのは怖い。もう離れたくない。このとりとめもなく湧き出る不可思議な気持ちは何だろうか。


 出会ってほんの少しだと言うのに、自分の彼への依存度に驚いてしまう。


 そして、恥ずかしくなって、腕を解きザクを見上げた。

 すると、ザクはポンポンと頭を撫でた手で私の左手を取り、手を繋いだ。


「竜の籠に乗るのは怖くなかったか?」

「うん、怖くなかったよ、アカイノは飛ぶのが上手だから」


「ほう、名を付けたのだな」

「なんか、付けた事になってた」


「そうか、それならば、お前が名付け親だな」

「もう少しカッコいい名が良かったなあ」


「だが、気に入っている様だ」

「私が名前を付けても良かったの?」


「ああ、構わぬさ、滅多に無い事だ」

「そう?なんだ」


「だが、良く名前を付けさせたものよ」


 ザクはおかしそうに笑った。



「おおコレは凄いな、良い籠巣を編む竜だ」


 知らない男の人が腰に手を当て、アカイノが作った、籠巣をしげしげ見ながら感心している。


 腰まである黒髪に黒い長衣を身に付けた、ザクよりも背の高い人だ。

 その人に向かって冷たい声でザクが言い放った。


「そなたが、赤竜を唆して、腐り卵をフィーに浄化させる為に、通り道に置く様に指示したのか?」


「ほんっとお前酷いねえ、何その言い方。コレはね運命さ、彼女の浄化だからその竜は生まれて来れたんだ」


「だが、私はフィーに無理をさせるつもりは無かった。ここに連れて来るだけで島の浄化が強まるのだと言ったであろうに、無茶をさせる」


「もう、ちょっとも保ちそうに無かったんだよ。火喰いの長も嫁もこの卵がダメだったら心が折れそうな雰囲気だったからさ、悪かった。もう今度からお前の許可無しでこんな事しないよ」


「眷属を気遣う気持ちは分からぬではないが、フィーを傷付ける様な事があれば、私の結界内には置かぬぞ」


「わかったよ、本当に悪かった。もうしません」


 均整のとれた大きな美しい姿をしているのに、小さくなって謝る姿と、くずれた口調がなんだかちぐはぐだなと思った。でも、本当にザクと仲が良さそうだ。



 火喰い竜は、愛らしい鳥の姿に変幻する竜なのだそうだ。


 彼らはそのほとんどをその小回りの利く姿で過ごす。今は数を減らし、この十字島にしか居ない。


 長夫婦の産む卵から次の長が生まれ、次代の長が決まる。

 長命な彼らは、あまり卵を産まない。

 そして人に変幻は出来ない。そういう種族らしい。


 稀に竜が認めた場合、主従契約が成される場合がある。名付けというそうだ。



「さて、今回の島散策は、この位で良い、エルメンティアに帰ろうか」


「うん、帰る。アカイノ、連れて来てくれてありがとう、また島に来たら遊んでね」


 大きな竜が頭をフィアラの近くに下げたので、頭を撫でた。気持ちよさそうに目を閉じている。


 そうして、アカイノが一声鳴くと、あっという間に頭上に火喰い竜の一団が頭上にやって来た。


 空高く大きな円を描いて回る。そうして、例えようのない美しい音を奏でた。

 それは、弦を弾いて出す様な音とも似ている。


「何だろう、この音?」

「これはな、火喰い竜の寿(ことほ)ぎの歌と言う」


 ザクが何か呪文の様な言葉を呟くと、方手に掲げた透明な魔石が赤く色付いたのが見えた。それを満足そうにみると、今度は視線を落とし私を見つめた。


「では、帰ろう」

 

 こちらに伸ばされた手を取り、私は嬉しくなって頷いた。


 ザクと私の足元には青く輝く魔法陣が現れる。


 すると彼は私をローブの中に巻き込むように隠した。


 いつも魔法陣で移転をする時には、ザクはこうしてくれた。

 

 すぐ傍にザクの体温を感じて安心感がある。


「え、紹介なし?」


「そなたには、また連絡する」


 ザクは友達にそう言って、私を連れて転移した。


 




 城に帰って私はドワーフのおじさんに貰った皮袋を開けてみた。


「ほわあ!」


 白トリュフがゴロゴロ10個以上入っている。

 すぐに袋に戻し、離れの納戸に入れた。


「そんなに慌てずとも、袋には状態維持の魔法が掛けてあるぞ」


「嬉しい〜明日の朝は目玉焼きに削って食べようね、後で料理長にもお裾分けして来よう」


 離れに帰ってから、魔力の確認もした。

「行く前よりも、魔力の流れが強くなって安定している」

「本当?良かった」


「どこも怪我はしていないな?」

「うん、大丈夫」


 いつもの様に離れの居間で私が暖かいお茶を煎れる。二人でソファーに座りそれを飲みながら、お菓子を摘まむ。

 

 私が島での話をするのを、ソファーの隣で黙って頷いて聞いてくれるザクが居る。


『不思議、ずっと前から二人でこうしていたみたいな、なつかしい感じがする』


 ずっと、このままこうしていられたら幸せなのにと、そう願う私が居た。




 

 


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