第6話 美味しい島
しばらくザクの消えた辺りで、佇んでいたが、気を取り直して地図を見る。
ザクは待っていると言ったのだ。終点まで行けば必ず待っていてくれる。
そう考えて私は落ち着いた。
だって、わざわざ私の勉強の為に連れて来てくれたのを分かっている。
こんなに色々良くしてくれるザクの気持ちにちゃんと答えたい。
ザクの所に来てから、彼が私に言った事を違えた事等一度も無いのだ。
首からぶら下げていた方位磁石を外し地面に下ろして東西南北を合わせた。
「ふむ…」
しゃがみ込み、地面に地図を広げて方位磁石を置くと、地図方向を確認する。現在地がココで、火山は真南、うん、大丈夫問題なし。
十字島の地図には色々な物が書き込んであった。
「えーとマンドラゴラ農園…農園?」
めちゃくちゃ不穏な響きがある。
矢印で書き込んである文字を見て、なんだか見えなかった事にしたくなった。
ザクの家で貸して貰った『人に非ざる者図鑑』にありました。ありましたよ確か。
なんか、微妙に避けて通ったはずなのに、
…何故だか、この広がる紫の花の海…。
あたし、避けて通った筈だったんだけど・・
地図と方位磁針で確かめる。うむ、間違いない。
て、事は地図を作った後で農園が拡大したとしか考えられない。
私、地図の読める女だし。
ナスの花に似た紫色の花が咲き乱れている。広大なマンドラゴラ畑だ。
何だろね、この看板。
「えーと、ダイロク指定優良農園…?」
「そうですぞ、ここは閣下の農園にございます。お嬢様」
「閣下?」
思わず振り向くと、誰もおらず、つんつんパンツの膝の辺りを引っ張られ下を向くと、なんか居た。膝下位に、植物系の何かが居た。
「…アンタ誰?」
「おお、これは失礼しました。私、農園管理人のマンドラゴラのマンドレイクでございます」
「私は、フィアラよ」
「フィアラお嬢様ですね、よろしくお願い致します」
下に生えてるマンドラゴラと同じ緑の葉と紫の花を頭に、身体は人型の動く根っこで出来ている様な感じだ。
そうそう、異世界の記憶に近いのがあった。あの、高麗人参っていう人型の根っこみたいな感じ、あれだ。それに腰ミノを巻いた、南国の現地住民みたいだった。
そのマンドラゴラな自称管理人がこちらを見上げていた。
ここしばらく、ザクから『人に非(あらざ)るもの図鑑』と言う本を貸して貰い、目を通していたのだが、そこに載っていたのを憶えている。
この植物は、錬金術、魔術や医療、薬に良く使われる素材として使われると書いて有った。
でも、『叫び声を聞いたら死ぬとか言うのは嘘です』とも書かれていた。
成熟すると、自分で土から抜け歩き回るともあった。
「…よろしくね」
フィアラは、じっくりと頭から葉っぱや紫の花を生やした植物もどきを観察した。
「こちらのマンドラゴラは無農薬有機栽培で、肥料は火喰い竜のフンで御座います、ああ、成熟前に全て引き抜き、隈取り蜂のシロップで瓶詰めにしてしまいますので、勝手に歩き出す個体はおりません、ご安心を」
そう言う端から3体位が眼の隅をよぎって行き、好き勝手な場所にズボズボと埋まっている。
そりゃあ、農園も広がるはずだよね。
「・・・」
それを見たマンドレイクは、言い訳がましく付け足した。ちょっと目が泳いでいる。
「もしも、成熟して動き出し勝手に増えても大丈夫で御座いますよ、最終的には火喰い竜の火炎放射も有りますからね」
そんな物騒な事を言っている。
「なんか、地図よりもだいぶ農園が広がってるけど…」
「いけません!いけませんよ!そんな事仰っては、地図などただの目安でございますっ!そうでございますとも!」
「…へー、そうなんだ」
その後、マンドレイクに、甘くて美味しいマンドラゴラ茶はどうかと誘われたが、丁寧にお断りして、先を急ぐのでと言って農園を後にした。
別れる時には、隈取蜂のシロップで瓶詰めにされたマンドラゴラをくれた。
ちょっと不気味だった。でも買ったら高いかもしれない。
いそいそと、いくら入れても膨らんだり、重くならないリュックに瓶詰めを詰め込んだ。
ちなみに、十字島での諸注意は、シルクによーく言い聞かされている。
『マンドラゴラ茶を人が飲んだらお腹を壊すので、しつこく勧められても飲んではいけませんよ』と言われていた。
そうして、ジャングルを抜けてどんどん進むと地図通り、今度は広大な牧草地にパオが点在している場所に出た。
地図にはドワーフ自治区と書いてある。
この、地図にある豆豚(まめぶた)の放牧って言うのが、特に気になる。おいしそう。
しかし、もしかしなくても、あの遥か彼方に霞んで見える雲を被ったマウンテンが火喰い竜の山ではなかろうか。ちょっと、気が遠くなった。
この、豆豚と言うのは、例の図鑑にミニ豚と猪豚の魔種を異空間で練り合わせ精錬したモノ、と書いてあった。個体の生命力の一番強いものが雄化するらしい。
特徴: 小さいがとても美味である、よく走る。魔石、レアメタル、白トリュフをよく探し出す。(注:トリュフは直ぐに取り上げないと、好物なので食べてしまう)などと書いてあった。
そう言えば、最近、夕食はたいてい紫苑城の大食堂でザクと2人で食べる様になった。食事のマナーの練習も兼ねている。(でも30人用の長テーブルの端と端に座って食べるのは、遠すぎて如何なモノかと思う・・)
その時に、私が喜ぶので、料理長が、この白トリュフをよく使ってくれるのだ、黒トリュフと違い、生で食べられるので舌触りが滑らかでとても食べやすく、妖しい魅惑の香りが格別良い。とても好物になった。
目の前で、トロトロのスクランブルエッグの上にハラハラハラハラと削って沢山この白トリュフをかけられると、もうたまらないのだ。どんな香りとか、聞かれてもぴったり来るのがない。
もちろん、半熟の目玉焼きや、リゾットもいい。とろけたチーズをプラスしてもいい。ああ、なんかお腹すいてきた。
料理長が言っていたが、超高級食材らしい。知らなかったんです。
大きいのだと、一個で家が一軒建つお値段だって…。
そんな高価な物を遠慮なくバクバク食べて、おかわりなんてしていた自分が恥ずかしい・・って思ってたけど、そうか、ザクの島に生えていたんだね。なら、いっぱいたべても大丈夫だったって事だよね。
あの白トリュフを豆豚と一緒に探してみたい。採れたらもちろんリュックの中のザクから貰った保存袋に入れて、お家に持って帰るのだ。朝、自分の作った目玉焼きに塩胡椒し、その上に自ら好きなだけあの白トリュフをトリュフスライサーで削りまくると言う極上の幸せが目に浮かんだ。
うん…
それはとっても魅力的な妄想だったけど、まずはザクの所までいかなければ…
当初の目的を思い出し、我に帰った私は、一歩踏み出した。
その横を豆豚らしきモノに乗った小さい人が走り去って行った。
「ん?」
「おおっと通り過ぎてしまったわい、お嬢さん、閣下の所のお嬢さんじゃろ」
豆豚に乗っているのはどうやらドワーフの様だった。小さい人だけど子供じゃない。
馬具・・じゃなくて豚具も付けずに胴体をしっかり足で挟んで、耳を掴んで乗っている。自由自在に操れる様で、Uターンして戻って来た。
「閣下って言うのがザクの事であれば、そうですけど」
「そうじゃよ、ザクアーシュ様は閣下様じゃからにして」
「ふーん、そうなんだ」
豆豚は小さいけどしっかりどっしりして、身が詰まっている感じが美味そうだった。じゅる。
「お嬢さんが来られると聞いて、皆で歓迎の昼食を準備しておっての、迎えに来たんじゃ」
「昼食…!ありがとう!」
もはや満面の笑みで、ドワーフのおじさんに付いて行く。
そう言われてみれば、とっても美味しそうな濃い香りがパオの辺りから流れて来る。幸せの香だ、美味しい香り!色んな匂いする〜。
抗い難い匂いに釣られて一緒にパオに向かった。
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