第5話 十字島へ行こう
この『ヴァルモントル公爵邸は、タウンハウスなのですよ』
なんて、シルクが言うので(シルクさんと呼んではいけないと怒られた)思わず鼻を膨らませて笑うのを耐えた。
だって貴族のタウンハウスって、自分の領地にあるカントリーハウス(領主館)に対して、社交シーズン等で王都に居る時に住む為の住まいだろう。
だから、普通に考えたらこんなお城の様なタウンハウスがある訳がないのだ。
これのどこが『タウンハウス』なんて奥ゆかしいモノなのか説明して貰いたいと言ったら、シルクがどうしてそうなったのか説明してくれた。
先ず、ザクは三代前の王様だったお兄さんに大変可愛がられて育ったらしい。
王様であるお兄さんは、弟のザクが公爵になったお祝いに豊かな大きい領地を与えようとしたらしいのだが、ザクが要らないと言ったそうだ。
けれどお兄さんはそれを許さなかったので、ならば領地の変わりに十字島を欲しいとザクが言うと、快く承諾したのだそうだ。
エルメンティア王国は西の大陸だが、その大陸の周りには大小様々な島が点在している。そして一般庶民の知らぬ事だけど、その島々には珍しい種族が保護されているらしいのだ。
ザクが欲しいと言った島は西大陸から一番離れた一番珍しい島だったそうだ。
その島は十字の形をした大きな島で、その尖った先の一つに火山があり、そこに火喰い竜が住んでいる島だった。
火喰い竜!何それこわっ。本物の竜とか見た事ないし。
なんでそんな島を欲しがったのかは知らないが、もしかしたら領地の経営とかが面倒くさくて欲しくなかったんじゃないかな、と私は勝手に想像した。
そんな遠い島に行く手段だって、魔法を使うのだろうから、普通の人には行くことも出来ないような場所だ。
それこそ、王族だとか、魔力が高くて、そういう魔法の使える高位貴族に限られるのではないだろうか?
そして、ザクが今住んでいる『タウンハウス』は、お兄さんの王様から無理やりプレゼントされたお城だそうで、紫苑(しおん)城という名があるそうだ。
『タウンハウス』が紫苑城で、領地である十字島にもザクのお城があるらしい。
そちらが『カントリーハウス』になるのだという事を聞いたのだった。
王様は弟のザクを目に入れても痛くない程に可愛がり、そして彼の瞳の色に因んで、紫苑の君と呼んでいたそうだ。
そして、ザクの為にこのお城を建てて与えたそうだ。そう言われてみればこのお城の屋根は紫色だなと思った。
でもそんな風にお兄さんに大切にされるなんて、とても羨ましい。
そんな話があった後、この間、執事のフロスティに言われた。
「お嬢様、旦那様が近々お嬢様を十字島に連れて行きたいので用意しておくようにとおっしゃられておりました」
「ええっ、いやだ、行きたくない。竜とか無理!」
「ですがお嬢様、旦那様のご命令であればわたくし達は拒絶は出来ませんよ?」
むう・・
そうなのだ、ここではザクのいう事は絶対なのだ。
そう言えば、執事のフロスティは、ジャック・フロストという雪と氷の精らしい。
ここに暮らすようになってだんだん分かってきたのだけど、ここでは人の姿をした人でない人達が城で働いている。
執事のフロスティは、私と初めて会った時こう言った。
「初めましてお嬢様、ジャック・フロストのフロスティでございます」
見たことがない程色白で、瞳と髪が銀色のオールバックのおじさんだ。
ここまで来ると流石に鈍い私でも気づこうってモノ。ザクに聞くと、「私と魔法契約している人に非(あら)ざる者達だ」とあっさり答えていた。
それで、ザクから『人に非ざる者図鑑』を借りて調べたのだ。
因みに、ケット・シーは猫妖精なのだそうだ。
フロスティーに十字島の話を聞いた後、すぐにザクから十字島の話をされた。
「そうだ、フィーに言うのを忘れていた。もう少ししたら、十字島という島に連れて行ってやろう」
「え、いやだ行きたくない、竜とか住んでるって聞いたからすごく怖いし・・」
「ふむ、竜と言っても物語の竜の様に狂暴ではない。とても穏やかな竜だ。それに十字島は魔素が多いので、あそこに行けば早く魔法の扱いが上手くなるのだが・・」
「えっ、本当?」
ピクリと反応する。
「本当だ」
魔法が上手くなるという魅力的な言葉を聞いたら、それは行きたくなる。
この頃は少しずつザクから魔力循環のやり方を習っている。
ザクと両手を合わせ、指先から送られる魔力を受けて身体に回して行く練習だ。
温かい魔力がじわりと指先を伝わる感じが好きだ。
早く魔法を上手く使えるようになりたい。少しでもザクに近づけるようにがんばりたい。その気持ちはとても強く持っている。
「他には何しに行くの?」
「十字島には私の友人の家があるのだ」
「‥友人?」
「その友人が言うには火喰い竜の卵が孵らないらしくてな、ここ二百年は新しい卵が孵っていないらしい。それが気になるらしく、来てほしいと言うのだ」
「…二百年?」
「そうだ二百年だ、おかしいだろう?」
いやそっちじゃなくて、おかしいのはその友達…
「それに、ダイロクから竜の寿(ことほ)ぎの歌を取って来いと言われているのでな」
「ダイロク?歌を取って来るの?」
なんて不思議な事を言うのだろうか?
「ああ、竜の寿ぎの歌は魔道具等の材料になる。その歌を魔法で取って来る、という言い方をするのだ」
「そうなんだ」
なんとなく、言っている意味はわかったけど、実際はあんまり分からなかった。
まあ、そのうち分かる様になるかもしれない。
それに、よく考えてみたら、こっちに来てから始めての遠出だし、ザクが魔法で連れて行ってくれるって言うから、それはちょっと楽しみだったりするんだよね。
火喰い竜ってどんな竜なんだろう。なあんて、
…そんな事を思って見たりもしました!ただ今、絶賛後悔中・・
まさかのまさか、密林一人旅をするとは思ってなかったんですけど?
確かにザクは、各島々に点在させてある移転魔法陣を使い私をその島に連れて行ってくれました。
到着すると、超、密林の中、私はザクに一枚の地図を貰ったのです。
その日の私の出で立ちだが、まるであの家出の日宜しく、シャツにパンツに帽子にリュック。水筒斜めがけ付き。そして首から方位磁石もぶら下げているのだった。
但し、シルクが用意してくれたそれらは上質で、ザクの様々な魔法が付与されたものらしく、大きなリュックは背負っていてもぜんぜん重さを感じさせなかったし、履いているブーツは直角の岩壁を駆けあがれる様な代物だった。
チンチクリンのショートカットはまだあれから三月(みつき)程しか経っていないので健在であり、それについては普段お外向けに艶やかな茶色の艶々ロングヘアに見える魔法をザクがかけてくれているのだが、自分にはショートにしか見えないので、とてもシュールだった。
が、それも必要ないので、ショートのままの姿なので、どこから見ても少年な私だった。
「まず出発地点は今立っているここだ、そして終点はここだな」
ザクは地図をその白く優雅な指先で示すと、フッと優しく笑った。
いや、要らないからそれ、なんで煌めくエフェクト付きの亡国スマイル、タレ流しちゃってるの?しかも私に・・
十字の島の地図には赤でバツ印が付けられ、出発地点とある。
4つある十字島の飛び出た端っこの一つ。
終点はそこから真っ直ぐに指差された対極にある、出っ張りの火喰い竜の住むと言われる火山。の麓にある友人の家の様だ。
「………遠い」
地図で見ただけだけど、距離感半端ない。
「では、私はここで待って居るから、フィーは色々な経験を楽しんでくると良い」
「えっ、ちょ、待っ」
あっという間に、ザクの足元には青く輝く魔法陣が現れ、あわてて私が掴もうとしたザクの上衣は指先にザクの体温を残したまま消え去った。
「うっそー」
空を見上げた。
南国ぽい葉が生い茂る樹々の隙間から見える空はどこまでも青かった。
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