第4話 フィアラ家を貰う

 貴族のタウンハウスが立ち並ぶ貴族街に入る。

 整然とした美しい街を通り抜け、暫く行くと、これはもはや城だよね?と思うような広大な敷地を持つ、美しい屋敷が目の前に現れた。


 どこまでも永遠に続いているんじゃないかと思われるような、屋敷をとり囲む見上げる高さの金属の柵には、緻密な細工が施されている事に目を奪われる。


 その屋敷の壮麗な美しい正門は、蔓薔薇の透し模様に鳥や花等の植物が絡み合い、贅沢に金銀も使われていた。


 その門が音も無くゆっくりと内側に開き、馬車で通り抜ける瞬間、そこから急に空気が変わった事に私は気付いた。


 門を通り抜ける瞬間、ピリリとした何かを感じた。そして今の今まで普通だと思っていた空気をどんよりと感じるような、さっきまでとは全く違う、清涼な空気の場所へと誘われた事に気付く。


 どう言う仕掛けなのか自動開閉の不思議な門はまた音もなく閉じた。

 そこから、馬車でそのまま奥に進み、城の様な本邸を通り越した。


 そのまま、一番奥まった場所に有る、本邸に比べればだいぶ可愛らしい、離れと呼ばれる建物の馬車留めまで走り抜けた。


 どうして途中に泉や森があり、妖精のような羽根つきの浮遊物が飛んでいるのか理解が追い付かない。なんか、ユニコーンとかも見たような気がする。


 そこまでたどり着くのにも距離感がおかしかった。ここの屋敷の奥行は、どうなっているのだろうか?一体この屋敷はどこまで続いているのだ?


 どうしてここは、森の中なんだろう。

 離れに着くと、ザクは呆然としている私の手を引いて、その離れの中に入って行った。緑の中の、木で建てられた別荘という風情だ。


 白い木で出来た美しい建物だった。蔦や花が溢れ、おとぎの国に迷い込んだ気分になる。


 「フィーには、この離れをあげよう。私の穢れを払ってくれたお礼のほんの一部だと思ってもらったら良い」


 と、ザクはとんでもない事を言った。


「ええっ、家をくれるの?なんで、どうしてそんなにしてくれるの?」


 私は驚愕した。家ってそんなに簡単に貰えるものなの?


 たかだか、13才の小娘に家をくれるの!?そんな事ありえないよね?


 目を真ん丸にして棒立ちの私の肩を抱いてソファーに座らせると、その横に座り私の両手を握った。


「フィーは、生きたまま内側から腐って行っていた私を救ってくれたのだ。言わば命の恩人だ」


「えっ、でも、それは、貰いすぎじゃないかな・・い、いいのかな・・?」


 色々と許容範囲を超えていて、ちゃんと物事が考えられなくなって来た。そして間近にある麗しい顔が近すぎる事に気付き、今度は顔が熱くなる。


 間近にザクの美しい顔を見ながら、握られている手とザクの顔を交互に見て、私じゃあまりにも絵にはならない構図に慄(おのの)く。


 ぼーっと、菫色の稀有な宝石の様な瞳をしばらく見つめ、そろそろ失礼になりそうで、そっと視線を外した。挙動不審だ。

 でも、私って案外この状況で心臓強くない?なんて馬鹿な事を思った。


 「そんな事はない、お前が喜んでくれると嬉しい」


 その後、家を貰う貰わないで、二人で押し問答したけれど、最後には根負けしたようになった。


『まあいい、ま、くれるって言うんだから貰っておこう』

 と結局考える事を放棄した。


 「えっと、じゃあ、お家もらうね。ザク、ありがとう」


  家を貰ってこんな軽いお礼で良い訳ないよね・・


 私にとって、明日起きて、それが夢だったとしても、驚かないだろうと思うほどには現実離れしていた。



 その日は、離れの家の中を探索した。ここを全部私の好きに使って良いとザクは言うのだ。


 私はまず、普通に自分でお茶を淹れて飲みたくなった。そうしたら落ち着けそうだ。

 台所に連れて行ってもらうと、美しい台所で、洒落た耐熱レンガのカマドにオーブンも付いていて、ちゃんと煙が抜ける様に暖炉になって煙突も付いている事に気付いた。


 それに鍋やら一式、まるで標本の様に美しく、大きさ順でレンガの壁に掛けられている、素晴らしいセットだ。調理台はもちろん、生地を伸ばす麺棒や調理器具も大小揃っている。


 水回りも蛇口を捻れば豊な水が出て、台所の勝手口から外に出ると、香草や野菜が育つ農園があった。凄い!


 キッチンとは別に食堂(ダイニング)があり、そちら木製の落ち着いた長テーブルとイスのセットがあり、燭台に炎が灯っていた。完璧である。


 食器棚には白い食器セットが並び、引き出しの中には美しい揃いのカトラリーが揃っていた。少女の夢が凝縮されている様な台所だった。


 お茶葉やお菓子等、この離れにある納戸部屋には何でもあるようだった。


 お肉や他の生ものもあって、納戸には状態維持の魔法がかかっていると教えられた。


 面白そうに、私の後をついて回り、その反応を見ながら、喜んでいる様子をザクは確認しているように見えた。


「お茶を淹れたいんだけど、火を起こすモノは…」


 私の言葉に、ザクは、ほんの一瞬で魔法を使って種火を付けてくれた。


「フィーも少し勉強すれば、自分の持つ魔力でこの様なことが出来る様になる。私の血の澱(おり)を浄化してくれたが、その後もフィーの体内の魔力は安定しているようだし、魔力量はかなり多い。生活魔法等は直ぐに使える様になるはずだ」


 ザクの身体の中に溜まっていた悪いモノは、血の澱(おり)というものらしい。


 あまりにも現実離れしていて、ピンと来ないのだけど、直接本人から説明された事によると、ザクは王族で、三代前の王様の弟なんだそうだ。


 フレデリク・ザクアーシュ・ヴィ・ヴァルモントル公爵様。

それが、この世界でザクを表す言葉なのだ。


 つまり、本来ならば私なんかが軽々しく名前で呼んだり傍に居たり出来ない人なのだ。その位は私にでも分かる。


 と、そう思ったのでそのまま口に出すと、逆にザクにはこう言われた。


 「なにを言う、傍にいて欲しいのは、私の方なのだ」

 

 こんな風に言われると、大分語弊があるとしか言いようがないのだけど・・・

 相手が私なので、勘違いするわけもないと思われているのかもしれない。


 「あのね、そんな風な言い方したら、女の人はみんな勘違いすると思うよ」


 一言申したのは仕方のない事だと思う。

 だけど、逆に不思議そうな顔をされてしまった。



 それから、王族の秘密の話をザクがしてくれた。

 外では口外してはならないと言われた極秘事項の内容は、王家の血筋の者は、沢山魔力を使うと、身体の中に毒の様なものが溜まって早死にするらしいのだ。

その事を血の澱(おり)と呼ぶらしい。


 私が触れた時に、ザクの身体から立ち上った黒い煙の様な物は瘴気というのだそうだ。


 そして、それを知る人の中では、この世界を造った兄妹神の妹神の呪いと言われていて、王族の中では口に出すのもはばかられるような、怖い言い伝えの様だ。


 世界を造った神様の話で私が知っている話といえば、双子の神様が兄妹喧嘩して、兄神様はエルメンティア大陸に降り立ち、妹神様が北の大陸に降りて、それぞれの王族の始祖になったって話くらいだ。

 だいたい北の大陸なんて、遠すぎてどんな所なのかも想像がつかない。

 でも、裏話の様な神様の話の言い伝えが別にあるらしい。


 それから、もう一つ、ザクは先祖返りと言われる程の、強大な魔力を持っているので、外見的には20代からあまり変わっていないそうだ。


 けれど、魔力を使う事でだんだん身体に毒が溜まってしまい。とても身体に不調を抱えていたそうだ。だから、ティーザー家の浄化師の中でも、それを消す事が出来ると言われている、『穢れを祓う瞳』の持ち主を探していたらしいのだ。


 だけど、その『穢れを祓う瞳』を持つ者は300年現れていなかったらしい。


 その『穢れを祓う瞳』を私が持っていたのだと言われてもピンと来ないが、魔力を多く持っているのだと言われてとても嬉しくなった。


「それ、ほんとう?」


「ああ、本当だ。まず、魔力循環から始めれば良いだろう」


「嬉しい、私、ちゃんと魔法を使えるようになるように勉強する!」


  私が、魔法を使えるなんて、未だに信じられない気分だった。とてもわくわくする。


 ちらりと母の事が頭に浮かんだ。もし、私が生まれた時から、魔力を持っていたら母の私に対する態度は違っていたのだろうか?と、いや、過去の話だ。いくら考えても意味をなさない。やめよう。


 それからお茶を淹れて二人で飲んだ。


「美味しい!やっぱりお茶葉が良いと、こんなに違うんだね」


「いや、淹れ方を知らぬ者が淹れれば、やはり不味いものだ。フィーはお茶を淹れるのが上手い」

 

「そうかな?いつも家でやってたからかな?褒められて嬉しいよ。ありがとう」


 何か、ザクと二人でこうしているのはとても落ち着く。前からずっとこうしていたみたいな感じがするのだ。不思議なものだ。

 

「この家で、フィーが好きにするのは良いが、外ではフィーは自分でお茶を淹れてはならないぞ」


「えっ?どうして?」


「貴族には面倒な決まり事があるのだ。まずは侍女が必要だな」


「侍女?いいよ、そういうのは・・」


「いや、そういう訳には行かぬ。私の所で暮らすのなら、いろいろ決まり事があるのだ。それにフィーはティーザー侯爵家の一員になる事が決まって居る。だから今から学ばなければならない事が他にもあるのだ」


「えっ、でも、でもザクはここに居て良いって言ったよね」


 私は急に不安になった。ザクと離れるのはとても嫌だと思った。


 『やっと、傍に戻ってきたのに』と、そんな意味の分からない思いがよぎったのだ。

 一体なんなのだろうか、この感情は?



「もちろんそうだ。此処に居れば良い。だが、フィーを守る為にも、侯爵家の身分は必要なのだ」


 ザクの返事にほっとしながらも、私の事を考えて言ってくれているのはよく分かった。彼が必要だと言うのなら、必要なことなのだろうと。


「シルク」


  ザクの一言で足下に青く光る魔法陣が浮き出て、メイド服を着た女性がその中に現れた。


 私は今までそんな光景を見る機会が無かったので、目をまん丸にして凝視した。


「旦那様お呼びでしょうか?」

「ああ、ちょっと頼みごとだ」


「どうそ、ご命令を」

「フィーに必要な身の回りの物を揃えてやってくれ、他にも何か必要な物があれば、そなたが考えて揃えてくれれば良い。私には女性に何が必要なのかがよくわからぬ」


「はい、お嬢様に必要な物を揃えましょう」


 そう答えたシルクって人は、まっすぐな黒髪を背中辺りで綺麗に切り揃えたとても綺麗な人で、瞳は金色、まるで猫の様な感じの人だと思った。


「私(わたくし)ケット・シーのシルクと申します。お嬢様宜しくお願い致します」


「あ、よろしくおねがいします」


 そこで、ふと、ケット・シーってなんだっけな、と思ったが、まあいいかとも思った。


 それが何者であっても、自分にはあまり関係なさそうだったからだ。

 だが、この考えは後日改める事となった。


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