第2話 ちょっと、そこの黒いローブの人臭いです
そして、夜通し馬車に揺られてから、次に今は船に乗っている。30人乗りのトイレ付きだ。結局、川下りコースを選んだのだ。
初めて乗った馬車は揺れるし、家出の興奮からかあまり眠れず、少しウトウトした程度だった。
朝ごはんは乗合馬車の終点に朝市があり、そこで安価な朝粥を買って食べた。
上に乗せる具は多種類ある中で選べる。私は普通に赤魚のほぐし身を選んだ。
素朴な木の腕に入った湯気の立つ粥は温かくて、木の匙で掬って食べる粥は、塩気の効いた赤魚が丁度良い仕事してくれてとても美味かった。
兄の水筒を拝借して来たので、空になった水筒に、甘水屋で売っていた梨水を入れてもらう。甘い良い香りがしてたまらず、すぐに半分くらいごくごく飲んでしまった。
「兄ちゃん出稼ぎに行くのかい?」
「ああ、おばちゃん、そうなんだよ出稼ぎするにはこの辺りじゃどこに行くのが一番仕事があるんだろ?」
「そりゃあね、リンドが一番だろうね、あそこは魚河岸も、青物市場もあるしね、仕事探すんならあそこが多くていいだろうよ」
声をかけてきた朝粥屋のオバちゃんに、川下りの途中にある街の特色を聞いてみた。
終点のリンドと言う漁師町が活気が有って良いらしい。そこから船で海に出てぐるりと右回りすると、後は海岸沿いに2時間かけて行けば、王都近くの港にも行く事が出来るそうだ。けれど乗船賃はグッと跳ね上がる。
とりあえず、リンドに行って見ようと思って船に乗ったは良いが、どうにもいけない…
何がいけないって、この臭いだ。臭い、臭すぎる。鼻を摘みたくなる程の臭気だ。あの、黒いローブを着た人から臭う。
『くっさ、だめじゃん、これ絶対ダメな奴じゃん、ほんと鼻まがるし!』
とにかく物凄く嫌な臭いだ。うーんたまらない、引くわー。
なのに、皆、全く気にしていない?となりに座っている親子らしき2人連れも、前の席にいる禿げた商人風のおっさんも、後ろに居るおばあさんも…?。
こんなに饐えたドブの様な、半端ない臭いも感じないと言うのだろうか?
みんな鼻、腐ってんの?
それとも、臭いの私だけ?いや、そんな馬鹿な・・・
周りを見回してみるが、まったく誰も気にしていない。
心の中で悪態を吐きながらもう堪らなくなり、直ぐ次の町で降りる事にした。
所が、ところがだ!何であんたがが降りるの?
何と、黒いローブの男も降りるではないか。自分の直ぐ後から付いてくるのだ。
えっ、もう無理! 主に、臭いが!!!
うっ、と、なりながら慌てて小走りに桟橋を駆けて通り抜ける。
だのに、何故か、走って抜けたその先に黒いローブの男が立っていたのだ。
えっ、何で?ウソでしょ?何で? あ“!グザッ!思わず鼻をつまむ。
「お前、何者だ? 先程から不思議な気配がしていた…」
近づく男に、後退る私。慌てた私は、すり抜ける様に身を翻し脱兎のごとく走って逃げた。
「待て、害意はない!」
何か言っていたが、私は普段から鍛えられている脚力を使って走り回った。
まだ早い時間帯に、人通りもなく路地に入り込む。
「何て、すばしっこい・・」
もういいだろうと思った瞬間、すぐ傍で呆れたような声が聞こえた。
男に腕を掴まれた瞬間、男の躰から黒い煙の様なモノが立ち登り、まるで、焼けた鉄鍋に、落とした水が蒸発する様な勢いで、何かが音を発てて蒸発した。
「っつ!!」
男のローブのフードは背中に飛ばされ、驚愕の表情が見て取れた。わあっ!なんて綺麗な男の人!ちょっとお目にかかれない程の麗人だ。
綺麗という言葉が陳腐に思える程の美貌だった。
「お前!、ティーザーの浄化師か!」
「あ、臭くなくなった…」
ん?ティーザー?…浄化師?
ティーザーと言う響きに、なんか聞き覚えがあるような?
しばし無言で考え、思い出す。ああ、母親の実家の家名がそんなだった様な…。
そこまで考えて、やけに暗くなったなと思った頃には、ブラックアウトしていた。
「おいっ」という慌てた声と、誰かに支えられた体温を感じたまま。何も分からなくなった。
次に私が目を覚ました時、宿屋の寝室だった。
私のベッドの側に椅子を置いて座って居たのは、あのローブの男だ。
今はローブを脱いで裾が床まである、高級そうな刺繍飾りに縁取られた服になっている。
倒れる前に見た男の顔は、タチの悪い事に、素晴らしく綺麗で、13才の私から見ても、常人離れした麗人だと感じた。
髪は輝く白銀、瞳は宝石の様な淡い菫色。その色合いは、エルメンティアに伝えられるこの国を造った神のようではないか。
「気分は悪くないか?、喉が乾いていれば水があるぞ」
その男は、目を覚ました私に優しげに話しかけて来た。そして、もうあの時の様なドブの様な臭い匂いもしなかった。
寧ろ、なんだろう、ふわりと薔薇の花の様な良い香りがする。うん、見た目と合っている、などと勝手な事を思った。
取り敢えず、ベッドから身を起こし座ると、彼の差し出したコップの水を飲んだ。
コップを掴む男の指は長く白い優雅な美しい手だった。
「お前、名は何という?」
その時私は、男装していた事も忘れ、普通に自分の名を答えた。
「フィアラ」
「そうか、フィアラか。私はザクアーシュ。ザクと呼べ」
彼は、機嫌良さそうに、笑うと大きな手で私の頭を無造作に撫でた。地味に痛い。
スラリとした、かなりの長身で、繊細な顔立ちの麗人だが、やはり男のひとなのだなと、ぼんやり思った。
「所で、フィー、どうして髪を短くして、男の形(なり)をしているのだ?、女子としてはかなり思い切った格好だと思うぞ」
それはそうだろう、この国の女性は貴賎を問わず、髪を背中まで伸ばしている。髪が短いのは普通、平民の男性と相場は決まっている。
男性ですら、貴族の男性は髪を伸ばすのが一般的というのに、毟られたひな鳥の様な頭の私って何、恥ずかしい。
私にだって羞恥心はあるのだ。てか、フィーなんて、なんて、ちょっと仲よさそうに響いてそっちも恥ずかしい、一体何なんですか、あんた・・。自分でも頬が熱くなるのを感じた。
このザクアーシュと言う人には、自分が女だと言う事はもうバレちゃってるし、どうしたものかと考える。それにこの人は黒いローブを着ていた事といい、魔法使いなのだろう。人攫いと言う訳でもなさそうだし、身なりからしてもかなり身分も高そうだ。
それに、不思議な事に、何となくだが、自分には危害を加えないだろうと言う根拠のない妙な感覚が有った。
「私は家庭に不満があり、家を出てきました。家から離れて自分の足で立って暮らしたかったんです。女だと人攫いにも会いやすいと思って、手っ取り早く男の子に変装しました。それよりも、貴方は何故私に声をかけてきたんですか?」
13才の子供らしからぬ、無駄のない受け答えは地である。私は、おおよそ記憶に間違いが無ければ、物心ついた時からこんな感じだった。
おかしな事だが、自分でも子供の中に居る大人の様な感覚が有った。自分勝手な母親と妹をいつも冷めた目で見ていたのは確かだ。
そんな所も母親には伝わっていたのかも知れない。以心伝心っていうもんね。
私は、正直にザクに今の現状を話した。この人なら話しても大丈夫と思えたからだ。
確かあの時に、母の実家の『ティーザー』と言う家名を言っていたのも気になる所だ。
「ああそうだな、フィー、お前はとても強力な浄化の魔力を持っている。その力に私は惹かれたのだ。私は力の強い浄化師を探してティーザー本家の侯爵家、その傍系の家系を探していたのだ。差し詰め、お前の母は傍系の子爵家から出たと言う4女なのではないか?」
ティーザー本家である侯爵家は浄化魔力に特化した家系だそうだ。だが、他の魔力の遺伝とは異なり、強い浄化の魔力は必ず直系に引き継がれると言う訳ではなく、たまに傍系の家系にひょっこり力のある者が生まれたりするらしい。
浄化の強い魔力を持つものは、『穢れを祓う瞳』と呼ばれる特別な瞳を持つ。それはとても稀有な瞳だそうだ。
傍系にその瞳を持つ者が現れると、昔からの習わしで本家の子供として引き取られるのだという。
そして、ザクアーシュは個人的に浄化師を探していて、残るは母の血筋の確認だったようだ。だが、あまりに薄くなった血筋なので期待はしておらず、一度王都に戻り出直そうと思っていたそうだ。
「でも、私は『穢れを祓う瞳』なんて持っていないんだけど…」
私は頭を傾げた。私の瞳は、少し緑がかった薄い茶色の瞳をしていたのだ。
「お前の場合、何かの要因で閉じていた魔力孔が後天的に開いたのだろうな、私と触れ合った瞬間に爆発的に浄化魔法が発動し、開眼した様だ。」
「開眼?」
開眼とはどういう意味なのだろうか?
「『穢れを祓う瞳』とは、深いエメラルドグリーンの瞳に、金の虹彩を持つ。そしてお前の瞳は、まさにその瞳になっている」
ザクに言われて洗面台の鏡を見に行くと、私の瞳は美しい金の光彩を持つ深い緑色の、稀有な瞳へと変貌を遂げていた。
その後、私はザクと一緒にまた船に乗り、漁師町のリンドにやって来た。リンドから船で海を周り直接王都に向かう。
そして、何故私がザクと一緒に行動しているかと言うと、ザクには私の持つ強い浄化の力が必要らしく。高給で雇うと言われたのだ。
しかも、衣食住付きでちゃんと休暇も週2で貰えると言われたら、即決である。
(月に大金貨10枚出すと言われたんです。ちなみに父の給与はひと月、大金貨3枚だった)
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