ACT7

 さつきは悔しそうな表情で立ち上がろうとした元チャンピオンの元に歩み寄り、黙って手を差し出した。


 向こうはしばらく彼女の顔を眺めていたが、やがてにっこりと笑い、立ち上がって握手に応じ、さつきの手を握ると、もう一度高々と上げて、新チャンピオンとなった東洋の選手を祝福した。


 場内の歓声と拍手のヴォルテージは、ここで一気に高まった。


 いや、二か所だけよどんでいた場所がある。


 例のGM氏と、そして国王陛下の御座所だ。


 陛下はさつきの勝利が決まると、手を挙げて何か言おうとしたのだが、周りの拍手と歓声にされて手を引っ込めると、そのままお付きの連中と共に会場を後にした。

(本当なら手ずからチャンピオンベルトをお渡しになる筈なのだが)


 二人がケージから出てくると、会場の拍手はより一層増幅した。


 花道では彼女に手を出して握手さえ求めてくる有様だ。


『いいのか?』


 お節介が過ぎるとは思ったが、俺が彼女に声をかけると、


 さつきは晴れやかな顔で、こくりとうなずいてみせた。



 俺達三人が控室に戻ると、待っていたのはプロレスラーズを引き連れたあのGM氏だった。


『やってくれたな・・・・私や国王陛下に大恥をかかせてくれた。この代償は大きいぞ』


 唇を歪めてそういい、奴は銀色に光るGIコルトを懐から抜き、まっすぐ銃口をこちらに向けた。


『下がってろ』


 俺は二人に言い、奴の前に立ち塞がった。


 さて、やっと俺の出番だ。


 当たり前だがここは外国、つまり俺は丸腰って訳だ。

 

 だがそんなことは構っちゃいられない。


 少しは探偵らしい(?)仕事をしないとな。


 おまけにこっちののどかわきっぱなしなのだ。


 俺から一か月近くもアルコールを抜いたらどうなるか、この連中に思い知らせてやる。 


 奴が引きトリガーに手をかけようとしたその刹那。

 

 俺は奴の手首をひっつかんで腕をじり上げ、コルトをもぎ取り、ついでに金的に膝蹴りを一撃お見舞いし、そのまま内股にかけて投げ飛ばし、床にたたきつけると、右足で奴の顔を思い切り踏んづけてやった。


 プロレスラーズが、左右から一斉に飛び掛かってくる。


 上等じゃねぇか?!


 俺は自分でもはっきりと分かるくらい、残忍な笑みを浮かべて奴らをみた。


 

 ああ、仕事が終った。


 俺は日本に向かう旅客機のファーストクラス(驚くなよ。今度は自前じゃない、あちらさんの手配だ)のフカフカした、余裕たっぷりのシートにふんぞり返って、さっきから五杯目のバーボンを開けていた。

 

 会長とさつきは俺のすぐ後ろの座席で、さっきから気持ちよさそうに眠っている。特にさつきは、誇らしげに肩から真っ赤なチャンピオンベルトを下げていた。


 向こうの領空を過ぎたところで、CAが『只今より当機の禁酒は解除になりました』というアナウンスがあり、俺は、


『待ってました!』とばかり、下品にも『かけつけ三杯』をやらかした。


 ひりついた喉を通るアルコールの何と心地よいことよ。


 え?なんだ?


(随分はしょったじゃないか?あれからどうなった)だって?


 分かったよ。話してやるよ。


 プロレスラーズをのしちまうのに、おおよそ5分はかかったかな?


 でもその後、特段のおとがめもなしだった。


 新国王陛下は、試合後、

『中東の笛』を吹きかけたようだったらしいが、先代国王、つまり現国王の父親で今は摂政をしてるらしい・・・・その御方が、テレビでさつきの試合ぶりを見ていて、いたくお気に召したらしいんだな。


 で、息子を呼びつけて叱り飛ばし、笛は吹かれず。その上賞金も相場以上に払って下さり、挙句は宮殿に呼ばれておめの言葉もたまわったというわけだ。


 ついでといっちゃなんだが、俺まで、

『ウチのボディーガードを一瞬で片づけたのは大したものだ。流石さすがサムライの子孫だけある。ついては息子の主任警護官になってはくれまいか。給料は保証するぞ』と、何と目の玉の飛び出るような額を提示されてスカウトされたが、丁重にお断りした。


 考えてもみろよ。


 この先砂漠の真ん中で、未来永劫みらいえいごう酒を我慢して生きるより、安いギャラでピーピー言いながらでも、好きなように生き、好きな酒を呑める方が何十倍もましというもんさ。


 おっと、アナウンスが入った。


 あと3時間で羽田だとさ。


 CAさん、すまないがバーボンをあと2杯!

 

 

                          終わり


*)この物語は登場人物その他全てフィクションであり、作者の想像の産物であります。


 

 

 

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bearfoot angel 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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