ACT6
おまけに真正面の席には、明らかにそこだけ空気の違う一団が鎮座ましましている。
真ん中にいる背の高い男だけはあのベールのような被り物だが、下はご丁寧にも軍服をご着用に及んでいる。
ただ、イスラムの男がどこもそうであるように、ブラシのような口髭と顎髭。それだけだととても若造には思えない。
(ははぁ、あれが新国王殿下ご一行様だな)
俺は思った。
試合前のセレモニーが始まる。
正面、王様ご一行の10メートルほど上に国旗が掲げられ、まず対戦相手、つまりは某国の国家が流れる。
国民は全員起立して斉唱をしている。俺達『異邦人』も、取り敢えず相手方に敬意を表して起立していた。
しかし、今度はわが日本国の国歌の際は酷いものだった。
全員の雰囲気は明らかに『どうでもいいや』という感じだった。
『君が代』も、どこかだらけたような調子で、明らかに手抜きで演奏しているとしか思えない。
まあ、彼らにとっては東洋の端っこの島国の国歌なんて、別に興味もないんだろうが・・・・。
『国王殿下』が右手を挙げた。
会場が一瞬静まり返る。
しかし、さつきと、そして向こうのディフェンディングチャンピオンがケージの中に入り、選手の紹介がそれぞれ行われると、また歓声とブーイングが交錯した。
勿論、歓声は自国のチャンピオン、ブーイングはさつきに向けてだが、
正直と言えば正直だが、
俺は腕組みをして、会場を見渡した。
ケージサイドには例のGM氏が、腕を組んで不遜な顔つきでリングを見上げている。
レフリーが二人をマットの中央に呼び、注意を与える。
相手の女は、もうこの段階でどう試合が進むか、
やけに涼しい目で、さつきの方を見ている。
さつきも同じような眼差しだった。しかし彼女の眼の中には、それとはまったく別の、何か決意の炎のようなものが
一端コーナーに下がる。
会長が親指をぐっと上に立てて見せた。
黙って彼女は
ゴングの音が場内に響き渡る。
勝負の方は、
鋭い左右のジャブを繰り出し、一向に
さつきもローやミドルなど、キックで応酬するが、向こうには効き目がないようだ。
1R、2R・・・・そして遂に勝負は最終ラウンドにもつれ込んだ。
これでも決着がつかなければ、ラウンド制限なしの3分1ラウンドによる延長戦に
突入する。
例のGM氏は、唇を噛みしめ、身体を揺すり始めた。
それと同時に、場内の空気も変わってきたようだ。
歓声もブーイングもなくなり、シンと静まり返って、試合の行方を見守っている。
最終ラウンドのゴングが鳴った。
その時である。
チャンピオンが不用意に放ったミドルキックを、さつきの右腕ががっちり捉えた。
と、彼女がチャンピオンの左足を刈って倒した。
チャンピオンはそのまま仰向けにマットに倒れた。
さつきの右腕はチャンピオンの右足の膝に絡みついたと同時に、チャンピオンは大声を挙げてタップをしていた。
場内には歓声とどよめき、そして拍手の音が鳴り響いた。
それはチャンピオンに対してではない。
東洋の小さな島国からやってきた少女に対するものであった。
さつきはにっこりと笑い、右腕の拳を高々と上げてそれに応える。
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