ACT5
場内はブーイングからざわつきに変わっていた。
さつきは
うっすらと汗をかいている程度である。
『涼しい顔』ってのはああいうのをいうんだろうな。
彼女はケージを出てくると、会長とパチンと手を合わせ、俺にはあの何とも可愛らしい笑顔を投げてくれた。
控室に戻る。
全員の視線が一斉にこっちに触れた。
俺達二人も彼女も、まったく意に介さず、自分たちのテリトリーに腰を下ろした。
そこに現れたのはまたしてもあの髭のGM氏だ。
同じようにプロレスラー(くずれ)を二人従えてずかずかお出ましになるや、会長の前に腕を組んで立ちはだかり、早口の、それも訛りだらけの英語でまくし立てる。
(話が違うじゃないか?勝つにしろ長引かせるはずだったろ?!)
会長は『そうですな。まあでも仕方ないでしょ?流れでああなったんだから』と、半分苦笑いをしながら誤魔化す。
(まあいい、しかしこの次からはこっちの『ブック(と、はっきり口にした)』通りにやって貰わないと困る!)
それだけ言うと、プロレスラーズを引き連れ、大股で出て行った。
俺は腕を組んで側に立っていたが、さつきは少し離れたところでそっぽを向き、何か鼻唄を歌いながら他人事のような顔をして、タオルで汗を拭いていた。
(度胸が
俺は思った。
格闘技なんかやる人間はこうでなくちゃいかん。
それから、立て続けに2試合はこなしたかな?
話にも何もなりゃしなかった。
彼女は完全に他人を気にせず、自分のペースで闘っていた。
もう『ブック』なんかに乗る気持ちは完全に
リングサイドにいるGM氏のイライラは絶好調に達していた。
試合が終わって控室に下がってくる度にやってきては何か怒鳴りつけて帰ってゆく。
そうしてついに、彼女は
対戦相手は無論この国の選手、前回、そして前々回と二度に渡って制覇をしているディフェンディング・チャンピオンと言う訳だ。
GM氏は決勝の前、やはりやって来た。
前以上に押し殺した声で、
(分かってるだろうな?今度こそ・・・・)
今度はそれしか言わなかった。
しかしもう、さつきも会長も、腹を括ったみたいである。
会長はスポーツタオルを彼女の肩にかけてやり、
『いいよ、後はお前の思い通りにやれ。』
と告げた。
彼女は黙ったまま、まっすぐ前を見つめていた。
軽くステップを踏みながら、重い扉を開く。
廊下にはもう誰もいない。
俺と会長は彼女の後ろ、数歩離れて後に続く。
普段あまり熱くならないこの俺も、何となく他人事みたいな気分がしない。
(さあ、あと1試合だ。さっさと終わらせて日本に帰ろうぜ!)
俺はそう言ってやりたかったが、何せノドがひりついていて声が出ない。
こっちもそろそろ限界なんだ。
そして彼女の姿が見えると、飛んできたのはやっぱりブーイングだった。
そして
彼女の方にはやはり歓声だった。
まあ、当たり前だろう。
裏で何があったかは知らないが、ここまで勝ち上がってきたんだ。
鍛え上げられたいい身体をした、背の高い女だ。
腰にはド派手な赤い地のチャンピオンベルトを巻いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます