ACT4
さつきの試合はAブロックの第二試合に組まれていた。
控室から俺達三人が廊下に出ると、あの髭男がプロレスラーみたいな体格のお供だかボディーガードだかを引き連れて立っていた。
奴は如何にもこっちをバカにしきったかのように、口元に嫌らしい笑みを浮かべている。
さつきはそっちの方を一瞥もしなかった。
いや、俺達を出迎えたのは照明ばかりじゃない。
客席を埋め尽くした、例の民族衣装を身に纏った男達だった。
しかも連中が口にしているのは、明らかに敵意の籠ったブーイングだ。
(アラブ人は東洋人に好意的だと聞いていたが?)
そりゃまあ、生意気にも東洋の端っこの島国から光栄ある国王陛下の大会に出場してきたんだからな。
野次の一つも飛ばしたくなるのかもしれん。
それとも金でも賭けてるのか?
しかしさつきはそんな罵倒なんざ、まったく気にしていない風だった。
ケージに近づくと、係員が入口のカギを開ける。
『いいか、さつき、良く見てゆくんだぞ?』
先輩が肩を叩いて声を掛けた。
俺は何も言わなかった。
黙って指を立ててやる。
彼女は大きく頷いて、ケージの扉を潜った。
ガチャン!
扉が締められた。
もうこれで試合が終わるまで、選手とレフリー以外は中に入ることは出来ない。
すると何やら大ボリュウムで場内アナウンスが始まった。
最初は巻き舌の現地語で、
次は少々独特のイントネーションではあるが英語で、どうやら双方の選手紹介をしているらしい。
対戦相手がコールされると、場内にはそれなりに『拍手と歓声』が挙がったものの、さつきに浴びせられたのはさっきと同じ、ブーイングの嵐だけだった。
相手はさつきよりかなり図体もでかく、ゴリラのようあな筋肉をした、褐色の肌の女だった。(何でも昨年この大会で2位に入ったという)
リングサイドからは、例の髭男がにやにや笑いのまま、腕を組み、選手を見上げている。
ケージの中では、中央に描かれたリングを挟んで、さつきと相手の選手がレフリーに注意を受けていた。
相手の大女は、頻りに視殺戦を挑んでいるようだが、さつきの方は別に何ということもなく、自然に相手を見つめているだけだ。
一端別れてコーナーに戻る。
さつきは俺達の方を見て、にこり、と微笑んだ。
ゴングが鳴る。
マットを蹴って、二人が中央に駆け出した。
歓声とブーイングが混じり、場内のボルテージが一挙に高まった。
だが、肝心の試合の方は、極めてあっさりしたものだった。
相手の選手は猛然と太い腕で左右のジャブを繰り出し、ローキックを狙ってくる。
だが、さつきはそれらの攻撃を、さながら猛牛の突進を交わす闘牛士の如く交わし続ける。
どちらも決定的な場面を欠いて、五分間は終わった。
コーナーに戻って来た彼女は、軽く汗をかいている程度で、息の乱れはほとんどない。
却って向こう側の女闘士の方が疲れているみたいだ。
第2ラウンドのゴングが鳴った。
すごい声を上げて相手は突っかかって来た。
と、最初の右フックを交わした刹那、
さつきの身体が宙を飛び、女闘士の右腕に絡みついた。
勝負はそれで終わりだった。
二人の身体がマットの上に落ちると同時に、女闘士が苦痛に顔を歪め、タップしたのだ。
『飛びつき肘十字固め』が決まったのだ。
場内は一瞬凍り付き、それからどよめく。
レフリーが高々とさつきの右腕を差し上げた。
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