ACT3
地下のトレーニング場は、充実しすぎるほど充実していた。
これだけの設備を整えるのは並大抵ではなかっただろうが、まあ地下から噴き出る黒い水の恩恵と言う奴なのかもしれない。
彼女はスポーツブラにスパッツ、足だけは裸足と言う総合格闘技スタイルでシャドウやキックに汗を流している。
スパーリングパートナーには会長と俺が交互に勤めた。
え?
(女相手に妙な気持にならないか?)だって?
馬鹿を言いなさんな。
仕事だぜ。
しかし彼女の動きはシャープだった。
先輩に言わせると、
『ここ最近で一番いいデキに仕上がっている』そうだ。
俺は人を批評するなんてガラじゃないが、ジムで練習をしている他の出場選手(勿論全て女性)と比べても
しかし、そこはやっぱり『中東の笛』だな。
空港に来た、ビジネススーツに口髭の、目つきの宜しくない、
『会長(国王陛下のことだ)の代理人兼ゼネラルマネージャー』が何度も先輩の所にやってきて、小声で俺達に聞こえないように話し込んでいた。
訛りのきつい英語だが、俺だってこの位は理解が出来る。
(お前のところの出番は何番目だから、ああしてこうして・・・・)
何のことはない。
こうした業界用語に於けるところの、
『ブック』と言う奴だ。
『八百長』という程露骨なものではないにせよ、つまりは、
『台本通りにやってくれ』というわけだ。
『その分ギャラははずむ』と言いたいんだろう。
GM氏は他の選手たちのところへもどうやら同じことを言って回ったようだ。
まったく、金持ちというのは困ったもんだ。
何をやってもいいと思ってやがる。
さつき自身はこのやり取りを、何と思っていたのかは分からない。
彼女はまっすぐ前を見つめて、黙々とトレーニングに集中していた。
トレーニングの後は、クールダウンのためにホテルの屋上にあるプールでのんびり・・・・するわけにも行かない。
俺はべったり彼女に張り付いていなければならないのだ。
しかし何といってもここは『戒律』とやらに厳格なお国柄でもある。
幾らスタッフだからって、裸に近い女性(スイムスーツは着用してるのにな)を男がじろじろ眺めることもご法度だ。
で、俺はサングラスとスパイダーマンのコミックスで防御して、見ないふりで監視をしてた・・・・と言う訳だ。
クールダウンといったって、そこはやっぱり熱心な彼女のことだ。
50メートルのプールをもう二往復はしてるだろうか。
こんなところでも鍛錬を怠らないのは流石だと感心している。
俺はプールから上がったさつきに、タオルを投げてやった。
『ありがとう』
にっこり歯を見せて彼女が笑う。
なんてことはない。これも金・・・・いや、酒の為だ。
試合は翌日の夜の開催だった。
ホテルから歩いても行ける距離にあるスタジアム。本来はサッカーなどの球技専用らしいのだが、そこを改造し、さながら古代ローマの
床より少し低いところに鳥小屋の金網のようなものを立て、床はハードラバーを
敷き詰めてある。
こんなところで女同士の戦い《キャットファイト》を眺めようというのだ。
世辞にもいい趣味とは思えないが、まあ他に娯楽のない国だから、仕方ないんだろう。
『パンとサーカス』て格言を現代に
とりあえず試合のルールは以下の通りだ。
・1ラウンド5分を3ラウンド。
・決着がつかない場合、3分1ラウンドの延長戦を、決着がつくまで行う。
・オープンフィンガーグローブを着用し、足は裸足。
・勝敗はどちら一方がタップをするか、カウント10でのKO。セコンドのタオル投入で決まる。
・眼球への攻撃、
まあ、基本ありきたりな総合格闘技のルールを踏襲しているが、しかし昨日見たようなGMのあの物言いを聞いていると、こんなルール、あってないようなものだと俺は思った。
試合開始1時間前、俺達は会場に入った。
選手は2ブロックに分けられ、トーナメント方式で闘う。
さつきはBブロック。また控室は全員一緒だ。
ここでもオイルマネーが十分に発揮されている。
選手たちは白、黒、黄色、赤と、肌の色は様々だ。
『リラックスしていけ!』白いスポーツブラにスパッツ、それに赤いオープンフィンガーグローブを身に着け、黒い髪を結い上げて、更衣室から出てきた彼女の肩に、そう言って会長がタオルをかけてやった。
彼女は全身を軽く揺さぶり、にっこりと笑って俺たちの方を見て
気負ったところは何処にもない。
さあ、試合だ。
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