ACT2

 しかし先輩氏は『探偵料ギャラ 通常の三倍、いや四倍は約束する。』と言う条件エサをぶら下げられては、万年金欠探偵のこの俺としては断る訳にもゆくまい。


 そんな理由わけで俺はこの仕事を引き受けることにした。


 中近東にあるその国までは羽田から直行便が出ている。


 虫眼鏡でしか見えないようなちっぽけな国だというのに、オイル・マネーの威力は流石さすがだ。


 しかし、それ以外の扱いはどうにもしかねた。


 同行者は選手である藤堂さつき、それからジムの会長がマネージャーとして就き、この俺が臨時のトレーナー兼ボディーガード。


 つまりは彼女以外たった二人のスタッフしか許されない。


 おまけに座席は最初エコノミークラスだった。


 これから試合をしようという彼女に、これではあんまりだというので、こっちが余分に料金を支払うということで、ビジネスクラスに移して貰った。


 早くも『中東の笛』が鳴り響いているようだな。


 飛行機が羽田を離陸して、日本の領空を出ると、英語のアナウンスで、


(誠に申し訳ございませんが、当機はこれから先、アルコール類は一切お出し出来ませんので、予めご了承くださいませ・・・・)


 ときた。


 覚悟していたとはいえ、狭い座席に縛られて、これから帰国するまでの間、俺は一切のアルコールを絶たされるわけだ。


(・・・・・これじゃ拷問に等しいな)


 仕方ない。俺はノン・アルコールビールでも頼もうかと、座席のスイッチを押したが、黒髪の目鼻立ちの整ったCAはすまなそうな顔をして、


(申し訳ございません・・・・ノンアルコールでもビールはお出し出来ませんので)


 ときた。


 俺はぐっと唾を飲み込み、炭酸入りのアップルジュースで我慢をすることにした。



 それから約10時間、俺達三人はやっとのことで目的地に着いた。


 砂漠の真ん中とはいえ、そこはさながらオアシスのような場所だ。


 入国手続きを済ませ、ゲートを潜っても、そこにいるのは、例の足首まで届くあの長い服に、アラビアのロレンスの時代と殆ど変わっていない、頭巾のようなものを被り、顔中髭だらけの男ばかりだった。


 女なんて殆どいやしない。


 さつきもこっちの風習に従って、身体の線が見えない、ゆったりしたパンツに袖まですっぽりと隠す上着、そして頭は紺色のベールで髪を出さないように覆っている。


『ホテルの中はともかく、外に出る時はこの服装を維持するように』


 迎えに来たのは、クラーク・ゲーブルの出来損ないみたような髭を生やした男(新国王の右腕、今回の大会の事務局長だそうだ。しかし何故か彼だけは普通のビジネススーツを着込んでいた)が、やけに尊大な口調でそう言った。


 宿泊先のホテルは、従業員を除いて、客は全て外国人ばかり、ここには地下にトレーニング施設があるという。

(試合まではここから一切外出しないように、必要なものは全部揃えてある)

 相変わらず奴は俺達を見下すような物言いでそう告げた。


 俺と会長、そしてさつきは、隣り合わせのシングルとダブルの部屋が二つ用意されてあった。


 食事はホテル内のレストランで摂れることになっていたが、俺達は会長が持参したレトルトの日本食ですませた。


 そりゃそうだろう。


 ここはいってみればなのだ。


 食事にだって何を細工されるか分かったもんじゃない。


 会長が一つ重そうなスーツケースを持っていた理由がこれで分かった。

 

 


 



 




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