bearfoot angel

冷門 風之助 

ACT1

 俺はさっきからデッキチェアに寝そべって、サングラスとマーヴェル・コミックスと言う二重のバリアで顔を隠し、プールサイドで彼女の方をさり気なく眺めている。


 日本だったら、盗撮でもしない限り、ホテルのプールで水着姿の女性を眺めていたって、さして問題にされないのだが・・・・。


 彼女はひと泳ぎしてプールから上がると、スイミングキャップを脱いで頭を振った。


 黒い、艶やかな髪がさっと水を切り、照り付ける日差しに弾けた。


 白いワンピースの水着が、しなやかでいて、どこか引き締まって見える肢体を包んでいる。


 ああ、何という至福の時よ。


 これが休暇と言う奴なら、どんなに有難いことだろう。


 しかし俺は私立探偵、これは仕事だ。


 おまけにここは日本ではない。


 中東の砂漠のど真ん中なのだ。



 話は二週間ほど前、まだ梅雨の真っ盛り。じめじめと雨の降りしきる新宿の俺の

仕事場オフィス乾宗十郎探偵事務所いぬいそうじゅうろうたんていじむしょ』に一人の男がやって来た。


 彼は俺の自衛隊時代の先輩で、退職した今では都内で総合格闘技のジムを経営していた。


 その彼のジムに現在売り出し中の女性格闘家がいる。


名前は藤堂さつき、歳は22歳、幼いころから柔道、空手、そしてブラジリアン柔術などの才能に長け、彼のジムには高校一年の16で入門し、18でデヴュー。国内の試合を総なめにした実力の持ち主である。


 その彼女に、ある海外のプロモーターから、


『中東の某国で開かれる大会に出場しないか』と言う誘いが来たという。


 何でもその国では今度新しく即位した若い国王が無類の格闘技好きで、王太子の時代から国内で度々格闘技の試合を催している。

 

 そこに是非彼女に出て欲しいという訳だ。


『中東の某国』と聞いて、それほど格闘技ビジネスに詳しくない俺でも、嫌な予感がした。


『中東の笛』と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?

 

 中近東ではジャンルを問わず、あらゆるスポーツ大会で、その国の王族や貴族が主催者や統括団体の会長を務めているケースが多い。


 すると、他国の選手と自国の選手が闘うと、どんなに相手が強くても、無理な強権が発動されて、自国の選手の勝ちとなってしまうのだ。


 ある球技の大会では、敵チームがゴールをしたのに、グラウンドになだれ込んできた統括団体の会長であった王子の抗議によって、判定がくつがえり、ゴールが無効にされ、結局自国チームの勝ちが宣せられたという露骨なケースさえあった。


 これをスポーツジャーナリスト(特に日本の)の間では、


『中東の笛』と呼んで皮肉っているのだという。


 彼女が招待を受けた格闘技大会もご多分に漏れずで、これまで4度開催されているのだが、ことごとく、某国選手の勝利が続いており、中には明らかに不可解な試合があったという。


だが、ギャラはいい。


 格闘技に真面目に取り組んできたさつきにしてみれば、そんな大会には出来れば

出場したくないところなのだが、そうも出来ないがあるのだという。


 彼女には年齢としの離れた弟と妹がいるのだが、妹の方が心臓に難病を抱えており、手術と治療のためにかなりの大金が必要になった。


 父親に早く死に別れているとあって、一家の大黒柱的存在であるさつきには、何としてでも妹を救ってやらなければならない。


 そこで自分の信念を曲げてでも今回の大会に出場する気になったのだという。


 先輩にしてみれば、たとえ勝負は見え見えだとはいえ、試合を終えて無事に帰国するまで身の安全だけは守ってやりたい。


 そこでこの名探偵である後輩の俺、乾宗十郎に白羽の矢を立てた。と、こういうわけなのだ。


 まあ、確かにボディーガードは探偵のやるべき仕事じゃないとは思うが、俺だって金は欲しいからな。


 しかしもう一つ困ったことがあった。


 場所は中東・・・・・つまりは約一か月『酒が呑めない』ということだった。


 俺から一か月も酒を取りあげるのは、ガソリン無しでパリ~ダカールラリーに出ろと言ってるようなもんだ。


 

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