34. 風葬


「どんな滅び方がいい?」

 死神がそう訪ねて来たのに応えて、私はこの風の館を選んだ。


 死ねばすぐ、死者のおもむく先へと去る、そういうものでもないらしく。

 未練、怨念、妄執、悔恨、生の残滓。そうした類をすべて振るい落とした果てに、初めてこの世から去りける、そういうものだということだ。


 ――怨霊となって現世に復讐してまわる。

 ――暗闇と虚無と孤独のなかで心まで朽ちるのを待つ。

 ――疑似世界で幸福な人生をやりなおす。

 ――業火と硫黄と灼熱に焼かれ短期間で浄化される。

 ――灰色の細胞の海に放たれてゆったり同化されけゆく。


 実に多様な選択肢を提示してもらったものだが、私が最後に選んだのが、この風の館での風葬だった。


 館と言ってもまともな家では無論ない。

 色までも白く風に洗いさらされ、果てなく広がる廃墟とでも言うべき場所だ。

 廃墟といっても元がどんな姿だったやら、巨大生物の亡骸なきがらをどこか思わせる堆積物。

 壁はこぼたれ、屋根は崩れ、窓はすべてが穿うがち壊され、無数にひらいた傷口から、ただ風だけがえ回る。




 私もずいぶんながいあいだ、ここにこうして、吹きすさぶ風にさらされている。

 自分がどうなっているのか。まだ人に見える姿なのか。他にもこうして過ごしている死者がどこにどうしているのか。

 ――そんなことは知るよしもない。

 はしり狂う風と時とにひたり続け、すべてが白く晒され果てたその先に、この館から放たれて、死者の世界へ飛ばされてゆく。それをるだけだ。

 ――否、体を洗う風の冷たさ、そのうなり声、崩れた館の有様などは感じ取れるから、どういう仕組みか知らないが、五感は残っているのだろうか。意識を上の側へと向ければ、空の様子を知ることもできる。




 巨大な廃墟の主たる風どもが降りくる空。そここそは究極に洗い晒されたごとき世界だった。うす灰色の、のっぺりとした曇り空がただどこまでも広がっている。

 これだけ風がたけっているのに、あの雲が裂かれることはないのだろうか。それとも太陽も月も青空も、夜闇さえも、風にすり減り吹き飛ばされてしまったのか。

 冷たく激しく、白と透明にぎ落された風の世界。


 その中に。

 わずか一点、黒いものが舞うのを見た。


 ほんの小さな点なのに、見据えたとたんにはっきりと見て取れたのは、やはりこの視覚が生者のものではないせいか。

 荒れ狂う風にあおられながら、一羽の鳥が舞っている。

 ――否、鳥そのものの翼と羽毛を備えようとも。鳥には人の顔はない。人を思わせる肩も胸もない。

 空舞う鳥の羽持ちながら、智慧と心を宿した目も。


 いつかこの身が完全に朽ち、魂のみが風に吹かれて彼岸へ飛んでゆくときは、

 が迎えに来てほしい。とともに宙を舞いたい。と並んで空を往きたい。

 そう思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る