32. 月光


 銀色のライトのような月あかりの中。

 白く照り返すスレート屋根を舞台にして

 猿が一匹、踊っている。


 餌を探しているふうでもなく

 まわりを探っているのでもない。

 スレートで足をすべらせ右往左往している訳でももちろんなく。

 二本の足をひょこひょこ動かし、

 時にはね上げ、時には回し、

 時にはひょいと、屋根の上、月光の中に体全体を飛び上がらせて、

 あるいはそこからくるりと返り、二本の長腕で屋根をつかみ、逆立ち姿にわって、

 それでもその場を離れることなく、

 いつまでも、屋根の真ん中でただひたすらに踊っている。


 あれは夜曳よひきと呼ぶもんだ、と。

 子供のころ、ちょうどこんな風に満月の中、

 一緒に屋根を見上げていたお婆ちゃんから聞かされた。


 あの時と同じ。月光の中、猿のすがたは黒ぐろと、影が踊っているかのようで。

 その顔は、どんなに踊れど、決して見えることがなかった。




 三日して、その屋根の家に、黒白の幕が張られていた。

 学校ではいつもクラスの中心にいた大島さんが急死した話で持ちきりだった。

 葬儀は家族だけで行われ、告別式に押し掛けた友達も、死に顔を見せてもらえなかったという話だった。

 家の中には、妙に長い毛があちらこちらに散っていたとも。




 一月たつと大島さんの死もすっかりと忘れ去られ。

 高井さんのグループがクラスの権力を握っていた。


 相も変わらず、私をさげすおとしめ続けるSNSを閉じてから、地図のアプリを開いてじっくり高井さんの家を確かめた。

 高井さんの家はマンションだが、入り口にロックはかかっていない。

 大島さんの時のように、屋根によじ登る必要まではなさそうだ。


 私は、お婆ちゃんに教わったように、

 大島さんにそうしたように、

 血のように真っ赤な猿寄柿さるよせがきに、タカイミア、と名を刻んだ。




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