29. まきば


 もふもふ

 もふもふ

 もふもふ

 もふもふ


 白く、やわらかく、あたたかい草むらのなかにうずもれていました。


 もふもふ

 もふもふ

 もふもふ

 もふもふ


 天使の髪よりやわらかい

 天の雲よりまっ白い

 母の胸よりあたたかい

 そんなしあわせな草むらに埋もれ、わきあがる幸福しあわせを、ただひたすらにむさぼっているのです。


 もふもふ

 もふもふ

 もふもふ

 もふもふ


 幸福しあわせをむさぼるのにもいささかきて、顔をあげて周りを見渡します。

 そこかしこに、多くの人が、白い草むらにうずもれています。

 がりがりにせこけて、文字の通りに完膚かんぷなきまでに傷ついて、見開いた目をギョロつかせながら、そんな有様で、がつがつと幸福しあわせをむさぼっているのです。


 そんな他者の姿を目にして、むさぼった幸福しあわせに影がさし、

 と同時に、頭上からも、大きな影がさしました。


 幸福しあわせをむさぼることから気がそれていたせいでしょうか。

 いつもなら白い草むらに顔をうずめてやりすごす影、その大もとへと、つい顔をあげてしまったのです。


 顔をあげたその先には、やはりもふもふが、視界を覆うかのようにそびえていました。

 真っ白く、やわらかそうで、あたたかそうなそのもふもふは、しかし、おおきな目がぎょろりと開いています。

 その下には伸びた鼻づら、その先にある濡れた鼻からふんふんと息を吹き、

 そのさらに下にはざっくり開いた大きな口、そこにはずらりと、白く、硬く、つめたそうな、するどい牙が並んでいます。


 そ、その鼻づらがまるごとこちらへ下りてきました。

 とがった吻先くちさきは、白い草むらに近づくと、そこにうずもれて幸福しあわせをむさぼっている人びとを、むさぼり始めたのです。


 がつり、がつりと、巨大な口は、自分の背中に埋もれた人びとを、遠慮会釈も容赦ようしゃもなく、憎むふうも蔑むふうすらなく、ただがつがつとむさぼり喰っているのです。


 と、そのおおきな黒い目が、じろりとこちらを向いています。

 白く、硬く、つめたそうな牙を見ながら、逃げることなど思いつかず、このあたたかい草むらから離れることなど思いつかず、

 ただぼんやりと、この背中もふもふのはるか奥にあるであろう腹のなかはもっとあたたかいのだろうかと、ただそれだけを思っていました。

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