23. サカイの夜

 家族ですき焼きを囲みながら、配信の映画をテレビで見ていた日曜の晩。

 母が鍋を片づけたあとも居間にのこって、姉のスマホをのぞきこんでいた夜の9時前くらいのこと。


 するどく通る鳴き声が、居間のぬるんだ空気ごと、冬の夜空を切り裂いた。


 家族全員はね起きて、縁側サッシに顔を向ける。

 父が長鉈ながなたをたぐり寄せ、兄が木刀を抱き寄せる。


 サッシのむこう、ヒイラギの垣根のかなたの暗い道。

 みどりに繁る葉に隠されて、それでも確かに――なにかが夜道をねてゆく。

 見定めることもできなかったが、私とおなじ大きさをした、ぶよけた肉色のなにかだった。


 四日前、クリスマスの夜、食卓にでた鶏の丸焼き。

 首をおとされ翼をむしられ足を斬られ、無残なに成った生きもの。

 あれとそっくりな塊が、つんざく悲鳴をあげながら、巨大なボールであるかのように、こごえる夜道をねていった。


 救急車のサイレンのように、悲鳴が揺れつつ遠ざかり去っていったのち。

 母はあわてて雨戸を閉め、祖父は一階、兄は二階の戸締りを見に。祖母は隣のたたみ部屋の仏壇をあけて燈明をつけて。

 父はスマホになにやら怒鳴りかけていた。相手は自治会長さんのようだ。


「あんたも聞いたか」

「どこの莫迦ばかだぁ分からんが、禁界ざかを超えてあちらへ踏み込みやがって」

りにもよって年の瀬に。あれに釣られて綾衆あやしゅうどもが這い出てくんぞ」

「男手を集めてくれ。おれも健太と爺さんと、両隣さん連れて出るから」


 大きな声と物音と、冷えた空気が居間のなかを荒れ狂い、私と姉とは炬燵こたつにちぢこまっていた。

 動画アプリを閉じた姉は、地図を開いて見つめていた。

 この家をさす赤いアイコン、北東へおよそ200メエトル、そこから先は地図が切り落とされたかのように、ただ真っ黒に染まっている。

 姉の顔を覗きこむ。地図にむける姉の視線は、家ではなく、禁界ざかの先でもなく、その間のどこかを指しているように、そう思えてならなかったが。


晴香はるか! 芽依めい! お前らぁ寝れ!」


 兄の大声に二人して、炬燵こたつ布団から叩き出された。




「姉ちゃん」

 姉は黙ってこたえない。

「さっきの、後藤先輩じゃないん?」


 閉めた雨戸のすきまをとおしてオレンジの灯が、古い天井にゆらりゆらりと踊っている。

 家の外には自治会の男衆が、手に手に得物をそろえながら、夜闇をにらんでいるのだろう。


「あのさかの先にあるって、そういう話、あったっしょ。

 さかこえて、讃梵さんぼん泉のむこうの岸には、供壽珠ぐずだまが咲いてるとかいう話。

 こないだ姉ちゃんの見てたサイト。私も見たけど、そんな話、投稿してる人いたっしょ」


「いっつも人のスマホのぞいて、やな娘」

 姉の声は、むしろ怒られて泣いている娘のそれだった。


「後藤さんとこ、お盆過ぎに金目きんめ綾衆あやしゅうに襲われて、店、壊されて、今年でもう店じまいって言うてたし。一家みんなで乾府けんぷの親戚のところへ引っ越すって、学校でもだれか言うてたし。

 でも供壽珠ぐずだまの一個でもあれば、店じまいしんで良いってかし、ちゃんと進学もできるよねぇ。姉ちゃんとおなじ学校へこのまま進学できるよねぇ」


 姉はやっぱりこたえない。

 返ってきたのはえらく力ない嗚咽おえつだった。


 いまびる気にもならなくて、そのまま天井を見つめる。

 黒ずんだ天井板にはもうオレンジの灯のひとつも踊っていなかった。

 もう男衆は隊列組んで、夜道をってしまったのか。父も兄も、日がな寝てばかりいる祖父までも、凶器をたずさえ、脅威の来るのを迎え撃とうと冬の夜道をったのか。


 姉の嗚咽をくぐり抜けて、どこからか、あのかん高い悲鳴が耳に聞こえてきた気がした。

 あの肉色の塊は、やっぱり後藤先輩が変貌し果てたものなのだろうか。

 あの優しげな顔した頭も、白い手も、長い足も、何んにもかもを失って。

 この年の暮れの暗くて寒い夜の町を、身を裂く悲鳴をあげながら、どこまで跳ねていったのだろうか。

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